周回遅れの諸々

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TVアニメ「魔術士オーフェンはぐれ旅」2020年版第1話を妄想する

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魔術士オーフェン」新作アニメは2020年1月から放映と発表された。企画が発表されたのが2018年3月。それから1年以上ほとんど何の音沙汰もなかったのでハラハラし通しだったけど、今回声優も発表されてるし、さすがにもうポシャることはないだろう。多分。

舞台版からの着想


オーフェン」は過去にもアニメ化されている。その時の内容は、一期は原作をベースにしつつオリジナル、二期はほぼ完全にアニメオリジナルというものだった。今回は、まあこのご時世だし、明言こそされてないものの、原作に寄り添った形になると思う。ただ、既に原作が完結しているからこそ*1、エピソードの順序などを再構成するという手はあるかもしれない。


……というのは、先日アニメより一足先に上演された舞台版「オーフェン」を観て感心したからなのだけど。


オーフェン」には大きく分けて三つのシリーズが存在する。時系列順に並べると、

  • オーフェンの少年時代、魔術士養成学校《牙の塔》を描いた「プレ編
  • 行方不明の姉アザリーを探し、数年放浪した果てに流れ着いた商都トトカンタ。そこでの騒がしい日々を綴るドタバタコメディー「無謀編
  • トトカンタにて、意外な形で姉と再会。その後紆余曲折を経て、弟子のマジク・ワガママお嬢様のクリーオウを連れて再び旅に出る本編「はぐれ旅


となる*2。それぞれに毛色が違うということもあり、従来のメディアミックスでは別々に展開されていたが、舞台版では「はぐれ旅」の随所に「プレ編」のエピソードを挟んでいる。これによって物語は一層の盛り上がりを見せていた。


sube4.hatenadiary.jp


舞台版はアニメとキービジュアルをかぶらせたりしてるし、PVを視聴しても、アニメの構成は舞台とそう変わらないのではないかと予想している。のだけど。いっそのこと、これに「無謀編」も接続してしまったらどうかなと。具体的には「無謀編」連載最終話「これで終わりと思うなよ!」を【第零話】的に一話目に持ってきたら、という思いつきが浮かんだ。この短編は「無謀編」の〆であると同時に、「はぐれ旅」の前フリとしての側面も持っているからだ。


まだ見ぬ新作にアレコレ想像を膨らませることができるのは今だけだし、ちょっと妄想してみたい。

モラトリアムとしての「無謀編」


「プレ編」と「はぐれ旅」だけを読むと、オーフェンは五年間、アザリーだけを一心に追い求めて流離ってきたようにも読める。そうではない。彼は迷い、寄り道を繰り返してきた。時には旅先で出会った農家の娘といい感じになったり、眼鏡美女といい感じになったり、武装盗賊団のお頭といい感じになったりした。「無謀編」では、トトカンタの宿屋に半年から一年ほど居候。姉を探すための行動を起こすでもなく、くだらない厄介事に巻き込まれながら、なんやかや平和な日常を送っていた。


「無謀編」は色々ぶっ飛んでて、「はぐれ旅」で構築された作品世界をぶっ壊しかねない。だから読者はそれはそれこれはこれの精神で読む。しかしオーフェンという人物は「はぐれ旅」も「無謀編」も同じオーフェンだ。そうなると、アザリーを一心に求めてた主人公と、自堕落な日々を送ってた主人公でどう整合性を取るのかって話になる。


「はぐれ旅」で怒涛のシリアス展開に入る前の、モラトリアムとしての無謀編。作者もそういった位置づけを自覚している。オーフェンもこのままではまずいと感じている。だから後半では「あーこんなことしてる場合じゃないのになーいつまでもここに留まってるわけにはいかないんだよなー」といった、じりじりとした焦燥が覗くようになっていく。「はぐれ旅」ではあんまし描かれてないけど彼にはこんな自堕落な時期もあったんだよ、としてみせたわけだ。


このオーフェンの一側面を今度のアニメ「はぐれ旅」でもフィーチャーするため、「これで終わりと思うなよ!」は最適だと思うのです。イメージ的には「トライガン・マキシマム」の1話。つまり過去に色々あったすげえ奴が再起するエピソードだ。



モラトリアムの終わりは、直接には描かれない。「これで終わりと~」はタイトルとは裏腹に、終わった後の話だ。

「これで終わりと思うなよ!」とエリッセ・スカイランド


いつも一緒に騒いでた連中が故郷に帰って、オーフェンは時間を持て余していた。公園でぼんやりしていたところ、ガタイのいい男に追われていた女性を助けることに。エリッセと名乗った彼女は行きがかり上、オーフェンと同じ宿に滞在する。彼女が怪我をしていたので、当初はDV的な問題だと思われたが、しかしそれは勘違い。これは後になって判明するのだが、実はエリッセは売出し中の女性ボクサーで、自分の職業に嫌気が差しジムから逃げ出していたのだった。彼女を追っていた男も単なるトレーナーだった。


かつての師に追われる(強い)女性を助ける、と書くとなんだか「はぐれ旅」第1巻「我が呼び声に応えよ獣」の再現――時系列的に言えば予行演習のようにも思える。とはいえこれはオーフェンがそういう生き方をしてきただけではあるだろうが。


二人はなんだかんだいい雰囲気になっていく。その中で、オーフェンは「知人女性の捜索」という旅の目的を告げている。これは注目すべき点だ。「無謀編」ではそれまで、誰にもこのことを話していない。無能警官こと「無謀編」のメインヒロイン・コギーにも、宿屋の主人バグアップにも。彼らの方も、聞きはしなかった。「無謀編」以前に一時同棲していた農家の娘・ハルにも、そのことを告げたのは別れ際だった。


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このハルとの会話と、エリッセのそれの違いは興味深い。

「姉を捜さなければならないんだ。行方不明のね。ぼくはそのために《塔》を出て旅をしている。事情があって、魔術士同盟もあてにできないけれど……さしずめ、はぐれ旅ってところかな?」
「行方不明人の捜索なんて、警察の仕事でしょう?」
なじるように言ってくる彼女に、笑みを漏らす。
「普通の場合だったら、そうだろうけど……特殊なケースなんだよ。ぼくが彼女を捜さなければならない。本当なら、一刻も無駄にできないんだ」

「……人を捜してたんだけどな。正直、もうあきらめてる。五年も捜し回って、手がかりひとつない」
「人捜しなんて、そんなもんじゃないですか?」
「もう彼女は死んだことにされてて、俺のほかは誰も捜そうともしてない……多分」
風を感じられれば空は必要ない。彼は目を閉じて、あとを続けた。
「たまに、自分のほうが間違ってるって思うこともあるよ。彼女は死んでいるか、死んでいるのと大差ない状態に――こう言うと突拍子もなく聞こえるかもしれないが、本当に人間じゃなくなってるかもしれない」
触れられるような風の感触が、暖かく重くなってくる。
「もしそうなら、それを認めたくなくて逃げ回ってるんだ、俺は」


ハルと別れた頃はまだ、姉を見つけ出すという断固たる決意を崩していない。自分に言い聞かせている面もあるかも? 


一方でエリッセに対しては見ての通りあきらめかけ、弱い自分をさらけだしている。エリッセは、チャンピオンからベルトを奪うというやるべきこと、周囲に期待されていることから逃げ出した。エリートの地位をなげうって《塔》を出奔したオーフェンは彼女に自分を重ね、共感を覚えている*3。だから「隙」を見せてしまった。


寄りかかろうとする素振りを見せた男に対して、エリッセはどうしたか。彼女は「オーフェンさんはずるい」「(そんなことを聞かされたら)とりあえず慰めてあげるしかない」「そうなるとわたし、もう逃げられないですよね」と返す。「アザリーはもう死んでるかもしれない」というオーフェンを「そんなことない」「彼女はきっと生きている」「くじけずがんばれ」とでも慰めたら、同じ境遇の自分も頑張るしかないから、ということだろう。続けてこう言う。

「じゃあ、いっしょに逃げちゃいましょうか。わたしたち。新生活」
耳元に聞こえてくるそのつぶやきに――
答えられる言葉も、ひとつしかなかったのだが。
「……いいや」
「ほら、逃げてない。逃げられないんでしょ、多分。オーフェンさんは」
エリッセはそう言って、すっと立ち上がった。感じていた温もりがなくなり、風がただの風にもどる。その風が重かったのは、彼女の匂いだったのかもしれない。


この主人公に対する圧倒的理解度。この回で初めて会ったとは思えない。そう、オーフェンは一度自分の決めたことから逃げられない人なのだ。結局、エリッセが試合に負けたら、オーフェンが人探しをあきらめたら再会することを約束して二人は別れた。


とはいえ……とはいえ、だ。オーフェンの見せた弱さも決して嘘ではないだろう。五年間の放浪で疲れ切ったから、ではない。むしろ「無謀編」の、今はもう終わってしまった安穏とした記憶が、彼を容易にを立ち上がらせないでいた。


ここでエリッセが「寄りかかってきてもいいんですよ」とでも言えば、二人は幸せなキスをして終了。「はぐれ旅」は永遠に始まらなかったかもしれない。しかしそうはならなかった。エリッセはオーフェンに好意を持ち、相手からも好感を持たれ。お互いに共感を覚え、しかし理解しすぎたゆえに別れるしかなかった。コギーや「はぐれ旅」のヒロイン・クリーオウとも、そして何よりアザリーとも違うタイプの女性だった。……

新作アニメの行く末は


新作アニメで「これで終わりと~」を第一話に持ってくることによりどうなるか。視聴者はまず、二話冒頭、《塔》で実験に失敗し目の前で怪物の姿に変貌していくアザリーが彼の探していた女性であることに驚く。姉を守りかつての師や同級生と対峙するオーフェンが、その直前まで束の間の平穏を弄んでいたことを想い、やるせなくなる。


そして何より「はぐれ旅」は、その第一巻である「獣」は喪失の物語である。後にオーフェンは「五年間探し回ってようやく追いついたアザリーの言葉を聞いて、俺が感じたものだって間違いなく失望だった」と述懐している。その失望の苦さは、「はぐれ旅」に入る前に差し伸べられたエリッセの手が柔らかければ柔らかいほど、彼女がオーフェンのことを理解している魅力的な女性であればあるほど、いや増す。過去の選択をやり直すことはできない。分かってはいても、視聴者はどうしてもその可能性を考え、後悔してしまう。その失望と後悔の先は――新作アニメで描かれるとしたら、恐らく二期以降になることだろう。


*1:なんかまたぞろ新作が出るという報もあるけれど

*2:めんどくさいので新シリーズは省く

*3:というかオーフェンがエリッセのサボタージュについて批判したら逆に「あなただって同じでしょう?」と返してきたのだが