周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

「エヴァ」の話しようぜ2021

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同世代多数と同じく、エヴァに触れてオタクになった。それまでもアニメや漫画は好きだったけど、関連グッズを買ったり副読本で背景事情を掘り下げたり、いかにもオタクらしい楽しみ方を教えてくれたのが「エヴァ」だった。

旧劇


旧劇については「グロい」「なんかすごいものを観た」「でもよく分からん」が初見の感想。とはいえさして批判的でもなかったと思う。


……というか、世間でよく言われる「オタクは現実に還れ」なるメッセージにピンと来てなかったんだな。TVシリーズ全話をちゃんと観たのは「EOE」合わせテレ東全話再放送というにわかファンだった*1から数日後に「EOE」を観た時点で当然そこまで思い入れてなかったし、いまだオタクの自覚も皆無。「せっかくアニメを好きになってくれたのに(あんな風に突き放されて)可哀相じゃねえか」元スタチャの大月Pは「ナデシコ佐藤竜雄にそう語ったけど、こっちは当事者意識に欠けるので、どんなエグい内容でも「裏切られた」的な感覚は希薄だった。主人公のシンちゃんも「理不尽な目に合ってるなあ」と同情しながらあまり感情移入できず、どこか他人事のような気持ちで見ていた。



そういう意味では私はリアルタイム世代とは言えない。むしろ「EOE」上映後世間の熱がスーッと引いていく一、二年くらいが最も「エヴァ」に触れてた時期だったかも。


TVシリーズ読解の友こと公式フィルムブックも「EOE」では欄外に注釈をつけてくれず、語り合うような友達もいない。どこまでも個人的な作業だった。でも楽しかった。その間にあの幕切れも【前向きに他人と生きていこうとしてもやっぱり色々大変なんだけどそれでもやっぱり生きていく】んだという、どっちかというとグッドエンド寄りのものとして受け入れた。



受け入れてその数年後、完結したはずだった「エヴァ」の【リビルド】こと新劇場版が始まった。

これまでのヱヴァンゲリオン新劇場版


旧作派と新劇派に分けるなら自分は前者だろう。「序」から「Q」までは、私が旧作のどこが好きか再確認する過程だったと言っていい。それまで見たことのなかったアバンギャルドな映像表現やメリハリのききすぎた圧倒的なテンポ。そういったものを新劇に見出すことはできなかった*2。どっちかというとシン・ゴジラ」の方に「エ」ヴァみを感じていた。


またエヴァを監督の私小説と見る向きには賛同しないけれど、庵野秀明個人にフォーカスした作品では「監督不行届」がメチャクチャ面白かった



閑話休題。「自分が楽しんだ映像表現とやらは時間と予算がないのを誤魔化す演出に過ぎない」「思い出補正じゃないか?」 そうかもしれない。25、26話は流石に擁護できない。それでも私は旧作の映像が好きだった。省力化が目的であっても、それは別に面白さと両立しないとは限らない。どちらか一方しかないのがおかしい。


新劇にも「序」の滅多矢鱈と変形するラミエルや「破」序盤の水飲み鳥こと第七の使徒戦、「Q」ラストで真っ赤な大地を歩き出す三人など、見どころは少なくない。でも、根っこの部分でnot for meな気分は拭えなかった。

シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇


そんなだから今回の「シン」も期待してなかった。初日に観に行ったのは、これを逃すとしばらく「もういいや」ってなりそうだったからだ。


はたして、新宿TOHOシネマズで観たフィルムはQまで同様驚きやワクワクとは無縁だった。アバンのパリ戦とラストの突入戦では空中グルグルバトルがかぶってて退屈だったし、言いたいことを直接キャラクターに語らせる脚本にも首をかしげた。


にも関わらず私はこのぶきっちょな映画を憎めない。碇シンジの死と再生のため、第三村パートに沢山のものが費やされたからだ。


傷ついた少年が再び立ち上がるのに画期的な何かが提示されたわけではない。タメになる人生訓とか他者との触れ合いはもはやシンちゃんの心に響かない。時間をかければ解決する? その前に野垂れ死ぬ奴だっているだろう。ただみんなが――製作者も含めて――寄ってたかって自分なりにシンちゃんのことを考え、時間をかけて行動した。もしくは行動しなかった。


自分が一番自分を許せないシンちゃんはそういった優しさの一つ一つが逆に辛かったりするんだけど、でも彼らの「まごころ」は伝わり、回復していく。


「EOE」について、「るろうに剣心和月伸宏は「作った人が作品もキャラクターも愛していないことが伝わってきて、少し不快」と書いている*3。私はそうは思わない。思わないがしかし観客がみんな和月のような感想を持ったのだったら、やり方を変えて伝え直そうという……新劇はそういうシリーズだったと思っている。



「EOE」当時、私にとって碇シンジは赤の他人だった。オタクの自覚もない、あと多分思春期以前の「何も知らない子供」でもある私は作品世界の蚊帳の外に置かれていた。


それが二十年経って知識や行動量はともかく気質だけはいっちょまえのオタクになって、人生の中で凹んだり凸ったり何もしなかったりを繰り返して、周囲の優しさに生かされてることに気づいて……。大人になった、成長したとは全く思わない。でも当時よりはほんのちょっとだけ色んなことを知って、ようやく、本当にようやく! あのアニメで描かれることを身近で切実な問題として受け止めることができた気がする。


だからこそシンちゃんが優しくされて立ち上がって、魚が釣れなくて不貞腐れてる屈託ない様子を見られたのがこんなにもうれしいんだろう。

最後に


最後に、エヴァンゲリオン」を現在進行系の物語としてギリギリのところで繋ぎ止めてくれた役者として葛城ミサト三石琴乃の名前を挙げたい。


彼女がこの二十年以上第一線に立ち続け、どうやっても代表作のとこにタイトルが載らなさそうなアホなアニメにも出演して、私たちオタクが年取ってもアホなアニメを観るのと並走し続け、その上でミサトさんを演じてくれたからこそ「エヴァ」は2021年になってもプレゼンスを維持し続けることができた。そう思ってる。長いことありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

*1:TVシリーズリアルタイム視聴はちょくちょくしてて「シト新生」も友達に連れられて観には行った

*2:TVシリーズでもアスカ登場からの「明るいエヴァ」はそういう観点では普通のアニメだった

*3:JC「るろうに剣心」17巻収録

秋田禎信「魔術士オーフェンはぐれ旅 まだ遠くはない夜にて」

アニメ「魔術士オーフェンはぐれ旅 キムラック編」BD・DVDに付属する特典SSのネタバレ感想です。これを書いている時点で筆者は「キムラック編」を視聴していないので、仮にあちらに絡めたネタがある場合気づかない可能性大。


本文11ページ。時系列は恐らく本編第一部「我が塔に来たれ後継者」と「我が遺志を伝えよ魔王」の間。登場人物はオーフェンマジククリーオウとレキ。


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まだキムラックは遠く、どちらかというとタフレム郊外に近い場所で野営していた夜。マジクは魔術士としての自分の至らなさ、【お師様】や母親の武勇伝との差に悩んでいた。


クリーオウはそんなマジクに対し、「マジクは駄目な魔術士なんじゃなくて単にまだ魔術士でもなんでもないんだから凹むのは筋違いだ」と諭す(?)。マジクは一応納得して、自主練をすると言って去っていく。


と、そこで寝たと思っていたオーフェンがクリーオウに声をかけてくる。どうやら二人の会話を聞いていたらしい。これ幸いとクリーオウは「マジクのように悩みはないのか」(それを話してはくれないのか)と聞くが、彼はいつものようにはぐらかすだけだった……。


レキを除いた登場人物の三人ともが自分の思っていることを言わず、聞きたいことは聞けない。秋田作品の定番ディスコミュニケーション話だ。

  • マジクは今の自分ができるようになったと喜んでいる程度のことお師様はもっと幼い頃にできるようになったのだと思い込んでいるが、こと魔術に関しての成長速度はマジクのほうが圧倒的に早い*1
  • クリーオウはオーフェンが自分の過去を話そうとしないはぐらかしてると思っているが、何も隠そうと思って隠してるんじゃなく、彼にとってはそういう付き合い方が普通なんじゃないか(もっとタチが悪い)。
  • マジクになにか言ってあげたら、と言うクリーオウにオーフェンは「マジクの母親のことを何も知らない自分が何を言ってもしょうがない」と返すが、本気で言ってるとしたらラブコメの鈍感主人公ムーヴかよ。

オーフェンもいつかは何でも話してくれるようにならないか。これはクリーオウ自身「今はまだ無理」だと半ば諦めていて、「今はまだ」と言われると逆に将来への可能性を感じさせるが、でも約20年後に夫婦になっても「何でも話してくれる」とまではいってないよなあ人間関係ってそんなもんだよなあ。


*1:「機械」参照

「ミュークルドリーミー」一年目から好きなエピソード九選

激動の二〇二〇年度を共に駆け抜けてくれたアニメ「ミュークルドリーミー」の一年目が無事に終わったので、印象に残った回を挙げていきます。一〇選にしようかと思ってたんだけど絞りきれませんでした……

  • 第2話「ユメシンクロで仮入部」
  • 第6話「はじめての中間テスト」
  • 第10話「雨ふりねぶそくゆめちゃん」
  • 第12話「オレっちが先に見つけるにゅい」
  • 第16話「私はやっぱりチアっちゃお!」
  • 第17話「恐怖のプチトマトマン」
  • 第19話「お誕生日ゆめちゃん合宿中」
  • 第28話「まいらマイラブ♥」
  • 第41話「バレンタイン和菓子配っちゃお!」
  • あとは……

第2話「ユメシンクロで仮入部」

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序盤にお約束の主要キャラ顔見せ回。なんだけど、とにかく台詞が途切れない。一人が喋ってる後ろでまた別の誰かが喋ってる。ツッコもうと思っても画面は既に先に進んでる。脇道に逸れたら戻らない……。


桜井弘明監督が二十年前の「赤ずきんチャチャ」で発揮した【早さ】を、御年六十を超えても維持し続けるどころかむしろ加速してるように感じる麻薬的テンポ。「ミュークル」がどういうアニメか、二話目にして知らしめた。

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「クッキングパパ」を1000話まで読んだ時の感想

1000話無料の時に読んだので今さらながら。アニメは観たことなくて、原作漫画は「モーニング」に載っててもおおむね素通り。そんな私がこの作品に持っていたイメージは「コワモテだけど優しいお父さん・荒岩一味が料理で日常の諸問題を解決していく、心温まるホームドラマだった。そして読み始めてしばらくはこのイメージが覆されることはなかった。

サザエさん時空を採用しないがゆえに


転機は40巻に入った辺り。ちょうどアニメが放送されていた辺りの巻数で、おや? と思った。定年退職、転職、失恋からのUターン、近親者の痴呆症……。いずれもポジティブとは言い難いエピソードが目立つようになってきたのだ(初期からそういうネタもあったけど自分の目につかなかっただけかも)。


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クッキングパパ」のキャラは普通に歳を取る。この手の長寿漫画にしては珍しく、サザエさん時空を採用していない。連載開始当初小2だったまことが1000話時点では大学生として寮生活を送っている。これだけ時間が経てば人生いろいろ。出会いあり別れあり、成功も失敗も嬉しいことも悲しいこともあるだろう。


本作は基本的にほのぼの漫画だけど、そんな人生における山や谷も無視しない。時に厳格に、時に優しく、真正面から描く。だが決して悪いようにはならない。


752話「肝汁でお疲れさん!!」は荒岩の上司である大平課長のエピソード。彼は定年退職後、蕎麦屋の道を選ぶ。開店当日の朝、まだ見ぬ一人目の客を待ち店の入口をじっと見据える大平夫婦の背中……という構図は、セカンドキャリアへの不安と期待その他諸々の入り混じった感情を見せつけられ、作者の漫画力の高さを実感した。1000話まででベストEPを挙げろと言われたら私はこの回を推す。

特に印象深いエピソードは


以下に羅列していく。


単発回ではないけど、明るく元気で仕事もバリバリこなすけいこちゃんが仕事と家事子育てなどの両立に悩み何かと曇らされる系EPも好きです。あと種子島ちゃんが遠恋で色々黒いものが溜まっていってる気がしなくもないので工藤くんは早くプロポーズしろって思いました(100話以降でしてるらしい)。

多彩なエピソード群を支えるものとは


……上に挙げた通り「クッキングパパ」のお話はバリエーション豊富だ。巻が進むにつれてますます多彩になってきた。ではその多彩さを支えてるのは何かというと、料理に対するハードルの低さなんだろう。


マチュアである荒岩が店の厨房に入って調理を始めても誰も咎めない。旅行先でもどこでも美味しいものに出逢えばそれを再現してみようとする。そうして習得した調理技術を家族や友人同僚、哀中の会(哀愁の中年の会)や老人料理教室でおすそ分けする。すると今度は習った側が彼らの友人知人家族に料理を振る舞うエピソードが生まれる。振る舞われた側も料理を始める。長年の連載でそうした流れが出来上がっている。


依然荒岩家が話の中心にいるとは言え、既に「クッキングパパ」は荒岩一味だけではなくなった。作中で料理をする彼彼女全員にゆるい繋がりがあり、主題はあくまで日常の諸々ではあるものの、「ホームドラマ」というにはちょっとものすごい相関の規模になってきている。長年連載を続けた先にしかたどり着けない空間がそこにはあった。


しかしいくらハードルが低いとは言え、残業の合間を縫って家に帰って料理、旅行に行っても料理、休みの日も料理ってバイタリティすごいよね。料理は体力、という言葉をこの漫画を読んでいてつくづく実感します。


綾波レイ可愛さランキング令和最新版

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「シン・エヴァンゲリオン」のネタバレ含む。順位付けは「シン」を観て一週間経った俺基準。綾波は好きだったと思うしシンちゃんも嫌いではないけどLRSは興味ないのでくっついたとかくっつかなかったとかはどうでもいい人です。4位から6位辺りは結構真面目に悩んだしなんなら今も悩んでる。

9位:一人目


TVシリーズ第弐拾壱話「ネルフ、誕生」などに登場。赤木博士(母)を煽って首を絞め殺された以外あまり印象にない。自分の中で綾波ってクラスのちょっと大人びた女の子というイメージが強いので、ロリは別に……ってなってしまったかもしれない。

8位:ぽか波


新劇場版「序」「破」「シン」に登場。この記事のネタ考えた時は最下位にするつもりでした。妙に可愛く高い声を出そうとしてる芝居が受け入れがたい。もっとミステリアスであれ。ぽかぽかすんな。味噌汁作るな。こんなのは私のレイではない。……と言いたいところだけど、「シン」のぼさ波には意表を突かれたのでドベ2。髪を伸ばした綾波という新機軸。どうして今までこの発想に至らなかったのか。実際にぽか波とぼさ波が同一人物かは謎。

7位:碇ユイ


一人目と同じく「ネルフ、誕生」などに登場。碇シンジの母にして綾波レイを構成するいち要素。TVシリーズでは男の趣味がちょっとおかしいだけの普通のお母さんだったのが旧劇場版「Air/まごころを、君に」で一転「エヴァで一番ヤベえ奴」の称号を得た。「学園エヴァ」でゲンドウと夫婦漫才やってる姿は嫌いではない。

6位:リナレイ


TVシリーズ最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」で語られた「エヴァ」のもう一つの可能性通称「学園エヴァ」に登場。ギャル波。喜べ男子! 今日は噂の転校生を紹介する~。端的に言って造形の勝利。第壱中学校の膝丈ジャンパースカートもいいけどミニスカも悪くないですね。とはいえ、あのきゃぴるんっ(死語)っとした綾波から林原めぐみ繋がりで「スレイヤーズ」のリナを連想した当時の名付け親には「スレイヤーズ」読者として物申したくはある。あのレイとリナ=インバースでは惣流と式波以上に違うんだよな。

5位:巨大綾波


旧劇場版や新劇場版「シン」に登場。リリスとも。私の少年の日の心の中にいた青春の幻影。なんか変! 真面目な話、旧劇のあのリリスを見せた後に綾波で商売し続けようとする側もそれについていこうとした側もすごいとは思った当時。

4位:霧島マナ


ゲーム「鋼鉄のガールフレンド」にオリジナルヒロインとして登場。綾波レイではない。何故かCVが林原めぐみだったのはリナレイの反響を聞いた製作者がその人気に乗っかろうとしたからなんてまことしやかに囁かれたこともありました。でも俺は那須正幹「ズッコケマル秘大作戦」に登場する北里真知子が好きなのでこの子も結構好き。「鋼鉄のGF」は綾波本人も可愛いところを見せてくれます。

3位:アヤナミレイ(仮称)


新劇場版「Q」「シン」に登場。またの名をそっくりさん。もしくは黒波。「シン」のあの一連の流れ、無垢さを強調するキャラ立ては必ずしも好きではないんだけど、汗をかくアヤナミというこれまでにないインパクトにやられた。血を流さない女が汗を流した!

2位:三人目


TVシリーズ第弐拾参話~旧劇場版に登場。【二人目】が自爆特攻して代替わり。記憶の連続性は認められずシンちゃんのことも最早なんとも思ってないかと思いきや、「ダメ、碇くんが呼んでる」ですよ。他にドラマ的な見せ場はあまりないけど作画には恵まれていた気がする。第弐拾四話「最後のシ者」でカヲルくんと邂逅するシーンのこの子が可愛すぎて「君は僕と同じだね」「あなた、誰?」という言葉のやり取りにNTRを感じてしまったよね。

1位:二人目


TVシリーズ第壱話~第弐拾参話に登場。スタンダード綾波。病的なまでの腰のくびれと、与えられた任務を愚直に完遂せんとする強い意志。多分きっと、あの日の屋上で「非常招集。先、行くから」と彼女が言って去っていった瞬間から何かが始まった。行く先を同じくする同僚でも一緒には行こうとしない。「ミサトさん」「リツコさん」「アスカ」とは呼んでも「レイ」と呼び捨てにはしない。そういう距離感いいですよね。名シーンとして知られる第六話「決戦、第三新東京市」の笑顔は、TV版はちょっと顔色悪すぎ、さりとて総集編の「DEATH」では気合い入りすぎてキラキラしすぎというジレンマ。「序」が一番自然かも。

終わりに


貞本版はちゃんと最後まで読んでないので申し訳ない。でも「シン」観たらもう一度読みたいと思った。その時の気持は本当だと思うから。