漫画版「オーフェン無謀編」 矢上裕が描き出すトトカンタ。それと大暮維人の「化物語」
いよいよ「オーフェン」新作アニメが現実のものとして迫ってきた。20年執着してきた原作の再アニメ化。しかも過去には一度(一度?)失望を味わった作品だ。怖くないわけがない。でも、今回のアニメ化を機に矢上裕の描く「オーフェン」が読めるだけでも僥倖かな。そう考えるとちょっとだけ気分が楽になる。矢上オーフェン、今までのメディアミックスの中でも抜群に出来がよい。
トトカンタの現出
「魔術士オーフェン無謀編」は、小説本編である「魔術士オーフェンはぐれ旅」の外伝。元はエリート魔術士だったのに貧窮に負けて金貸しになったオーフェンの、無軌道で自堕落で騒がしい日々が綴られる。連載時のキャッチコピーは「言葉のナイフが肺腑を抉る! 悪口雑言ファンタジー」。言うだけあって、オーフェンたちの罵倒台詞の応酬は実に秀逸だった。その原作を、矢上は見事に自分のものにしている……今まさにしようとしている。
第1話では、オーフェンがヒロイン・コギーと初対面の握手を交わす。指先でちょんと触れるだけの握手。これは原作の地の文にある描写なのだけど、今までファンに特に言及されていたものではなく、そこを拾って大コマで描くとは思わなかった。しかし相手から見て体の向きを横にしてかっこよさげにしながらも警戒心丸出しに「ちょん」と触れる主人公氏のなんと可愛いことよ。このページが目に入った瞬間、私は勝利を確信し、思わずガッツポーズを取ってしまった。
この漫画は漫才の面白さを第一としてはいないように読める。矢上はバストアップの構図をあまり使わない。一歩引いたカメラでオーフェンやコギーの身振り手振りの躍動感、巻き起こされる騒動のやかましさを強調する。限られたページ数の中で、原作の小ネタ――問答無用調停装置「エドゲインくん」に書かれた「平和への祈りを込めて」というフレーズなど――は言葉で説明せず、できるだけ絵の中にさりげなく*1放り込もうとしている。ここぞという場面ではさらに一歩引き、舞台であるトトカンタ市とそこで暮らす住民たちを描き出す。
オーフェンが借金取りとして働こうとする数少ないEP「俺の仕事を言ってみろ!」では、原作からオチが改変されている。詳しくは述べないが、しかしそこまで違和感がないのは、あの街の住人ならいかにもやりそうだからだろう。トトカンタは奇人変人の巣窟だ。そこに住む人々はモブであってもキャラが濃ゆい*2。この漫画を読んでいると「ああ、あの人外魔境が今まさに漫画として再現されつつある……」とそんな感慨を覚える。菊地秀行の魔界都市<新宿>や内藤泰弘の生んだヘルサレムズ・ロット同様、トトカンタという街もまた、我々が一度は訪れてみたい(でも死にそうだから住みたくはない)と願ってやまない虚構の都市であった。「血界戦線」のように見るからに魑魅魍魎百鬼夜翔な連中は存在しない。しかし矢上トトカンタの広大さはその隙間におかしな奴らがうようよいることを予感させる。
矢上は仕事依頼を受けてから「オーフェン」を読んだようなことをゆってたと思うが、にしては原作理解がものすごい。あと純粋に漫画力が高い。さすが秋田同様、キャリア20年以上のベテラン。思えば代表作「エルフを狩るモノたち」も、「異世界から日本に帰るため、呪文の紋様を体に書かれたエルフを脱がしまくる」というアレな設定とは裏腹に、キレイなオチのつけ方にしばしば感心させられたなあ。
大暮維人「化物語」の原作再現と絵の強さ
同じ漫才小説原作なのに*3矢上オーフェンとは全く逆のベクトルなのが、大暮維人の「化物語」だ。
原作:西尾維新の文章は言葉遊びを多用し、韻を踏みまくるのが特徴で、厨二マインドにビンビン来る。でありながら、その手の作品にありがちな難解さ、読みづらさとは無縁である。実は西尾の文章は平易で、一度リズムに乗ってしまえばスラスラ読める。地の文と会話文の掛け合いもシームレスにつながっていて、およそ読んでいて詰まるということがない。言葉を追うこと自体の快感を求めて西尾維新を読んでるって人は多いんじゃなかろうか。
大暮はその快感を言葉として直に漫画に持ち込んでいる。あれだけの分量の原作だから当然削られているし、逆にこの漫画オリジナルの言い回しというのもあるものの、傍目にはほとんど見分けがつかない。アニメでも声優が頑張ってたけど、やっぱり西尾のあの文章はメディアミックスに当たっても聖域みたいなところはあるのだろうか。アニメはとにかく、このコミカライズでは改めて原作の言葉運びの面白さを実感させられた。
じゃ原作だけ読んでりゃいいじゃん漫画でやる意味ないじゃんという意見もあるかもしれない。大暮のダイナミックな構図、手の触れられる距離にキャラクターがいるかのような存在感は、そんな批判を弾き返す。俺の絵は西尾維新の文章の横に並べても負けない強さがあるぞ、むしろこの文章と絵の殴り合いを見ろ、というような絶対的自信を感じる。
大暮の緻密な絵と比べると、矢上版「オーフェン」の絵は粗い。というかなんか所々ふにゃっとしている。でもあれはあれでいいんだ多分。「無謀編」はそもそもオーフェンがふにゃっとしてた、モラトリアム期のお話だから。原作イラストの草河オーフェンは「無謀編」であっても後半はなんかシュッとした感じになっていったのだが*4、この漫画ではいい具合にみすぼらしさが出ていると思う。
コミカライズ「無謀編」はまだ続く
話は戻って。「オーフェン無謀編」連載は現在も続いている。今後、全60回の原作からどの短編が漫画化されるのだろうか。私としては、本人も空手家である矢上には、格闘描写が見どころの「マジになってもいいんだな!?」(【鉄の柳】の話)を是非描いてほしいところだ。あと、まあ、もうちょいページ数が多いと……