周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

『魔術士オーフェン アンソロジー』 この企画の実現をずっと待ち望んでた

魔術士オーフェン アンソロジー 魔術士オーフェンはぐれ旅

魔術士オーフェン アンソロジー 魔術士オーフェンはぐれ旅


ファンタジーラノベ魔術士オーフェン」の25周年を記念して発売された公式アンソロジー。各編の扉絵は原作イラストレーターの草河遊也が担当している。面子は


の五名に、解説は水野良(「ロードス島戦記」「魔法戦士リウイ」)全員の総発行部数を足したら5000万部くらい行きそうな、ラノベ界隈ではきわめて豪華な作家陣をどうやって揃えたのだろう。私としてはライトノベルの外から誰か呼んでほしいという気持ちもあったものの、それはまあ贅沢というものだろう。かくして奈須きのこが「オーフェン」の影響を受けているかは今回も明かされなかったのだった……


前提として原作シリーズにはシリアスな本編「はぐれ旅」、コメディーの「無謀編」、過去編「プレ編」の三つの軸が存在するが、今回は五作品中プレ編四無謀編一という非常に偏った結果となった。

香月美夜「天魔の魔女とバルトアンデルスの剣」


トップバッターは「オーフェン」と同じく、TOブックスから「本好きの下剋上」シリーズ(⇒感想を刊行している香月美夜。アザリーがバルトアンデルスの実験を焦ったのは、チャイルドマンと子供を作るという噂が立ったマリア・フウォンに嫉妬していたから。凶暴で理不尽な姉にしか見えない彼女は、その実とても繊細な恋心を抱いていたのです。……というあらすじ以上のものを見いだせなかった。残念。

神坂一「少年と歯車様と老人と」



不遇の人気キャラ、コミクロンが信仰する「歯車様」の謎に迫るストーリー。三編みおさげや白衣、治癒魔術が得意といった、本編1巻で死んだが故に後の過去編で盛りに盛られた色んな要素をさらさらと回収してく手際が鮮やかで、さすがベテラン。


作者は言うまでもなく「スレイヤーズ」の神坂一その人であり、「オーフェン」の秋田禎信とは何度か共作もした仲。この短編では、約20年前の合作「スレイヤーズVSオーフェン」では叶わなかった、秋田禎信の文体を意識した神坂テキストに触れられる。でいて秋田本人も神坂先生のオリジナル作品でも恐らく出せない妙味を味わうことができた。神坂一という作家が作品によって文体を使い分けるタイプではないことも含めて、貴重な一作。

河野裕「ゴースト処理の専門技能」

サクラダリセット(角川文庫)【全7冊 合本版】

サクラダリセット(角川文庫)【全7冊 合本版】


私は現在の秋田禎信という作家に、あまり「オーフェン」を優先してほしくない。出されたものは美味しくいただく。が、昔のように年に四冊出せるならいざ知らず、そうでないなら新作の方を強く望む気持ちがある。この十年間の仕事で言うなら、「オーフェン」第四部より「ベティ・ザ・キッド」や「巡ル結魂者」のほうに軍配を挙げる。一方で「オーフェン」世界にはまだまだ遊べる余地があるとも思っている。だから秋田以外のプロの手になる「オーフェン」を長いこと熱望してきた。


河野裕のこの短編はゴースト現象やネットワークから遡って「魔術」の意味に迫る、独自の解釈で作品世界を拡張せんとする意思に溢れている。主人公はアザリーとキリランシェロが塔を去った後のハーティア。彼が「森の中の小屋で読むものといったら詩集」という思考に至ったりだとか、コミクロンが肉と豆をちまちま取り分けたりだとか、そういう登場人物の解釈も楽しい。作者は「サクラダリセット」「階段島シリーズ」を読めば即分かるくらい業界随一の秋田禎信ファン*1であるから、あの文体を完全に自分のものにしているのだが、今回は感心を通り越して嫉妬すら覚えてしまう。やっぱり河野先生なんだよなあ……(⇒河野先生に対する秋田読者のお気持ちテキスト

橘公司「しょうらいのゆめ」


今回、最も評価に困った作品。チャイルドマン教室の面々が天人の遺産である鏡を使用してそれぞれの未来を見る、というもので、ファンフィクションとしてはわりとウェルメイドな作品ではあるのだけど……。橘公司は90年代ファンタジア文庫で育ち今はファンタジアの看板作家。そんな氏の二次創作としては、『スレイヤーズ25周年あんそろじー』に収録の「冥王フィブリゾの世界滅ぼし会議」が文字通り反則級の面白さだったので、比べるとだいぶ大人しいかな、というのがまず一つ(⇒感想)。


外見を描写する文章を原作からそのまま持ってきてる意図が分からない、というのがもう一つ。「腐りかけたドラゴンと灰色熊と異種交配して断崖絶壁から落としたところに巨大なザリガニが群がり、十六色くらいの絵の具を混ぜ合わせた濁り水をぶっかけたら、ああいうふうにもなるかと思える」このアザリーが変貌した姿の描写は『我が呼び声に応えよ獣』からそのまんま持ってきている。ファンサービスなのかもしれないけど、前後の文章の流れから浮いてて違和感があるのですよね。それとも鏡で見る未来の、つまり原作本編での姿というものを文章そのまま持ってくることで寸分違わずイメージさせたかったのか。


そして最後。これは橘先生には多分責任はないのだけど、帯やtwitterなどで出版社が今回のアンソロを「全て書き下ろし」と謳っておきながら、「しょうらいのゆめ」は元々月刊ドラゴンマガジン2018年7月号に掲載された短編だ、というこれが一番の理由。そして公式は発売までそのことを伏せ、現在に至るも一言も触れていない*2。本書には初出情報は載ってないので、このことを知らない読者も多いだろう。「オーフェン」シリーズがドラマガを刊行する富士見書房KADOKAWA)から現在のTOブックスで刊行されるようになり、約10年。しかしその間にも「スレイヤーズVSオーフェン」が復刊したり、また「パズル&ドラゴンズ」で「ファンタジア文庫レジェンド」コラボとしてスレイヤーズフルメタと共に「オーフェン」のキャラクターが実装されたのは記憶に新しい。両者の関係は別に悪くないと思っていたのだが、今回は何か権利関係がこじれたのだろうか? ちなみにドラマガ掲載時には先行掲載とかそういった類の記載は皆無だったし、そもそもこのアンソロ自体発表されてなかった。


私は「オーフェン」を橘先生が書くと聞いた時、「スレイヤーズ25周年あんそろじー」の記憶から期待していて、でもドラマガで読んだ「しょうらいのゆめ」はいまひとつだったので、今回のリベンジに賭けていた。また河野先生のところでも書いた通り、このアンソロをずっと心待ちにしてたし刊行を心から祝福したかったので、こういう形で版元に対しケチをつけることになってしまったのはとても残念です。

平坂読「いろいろ無謀すぎるだろ!?」

妹さえいればいい。 (ガガガ文庫)

妹さえいればいい。 (ガガガ文庫)


このアンソロの中で唯一の無謀編に挑むのは、「僕は友達が少ない」「妹さえいればいい」の平坂読。「オーフェン」シリーズを愛読していたということで、以前秋田と対談したことがある。


どこかで見覚えのある街の奇人変人どもが集結してトトカンタ市警春の大運動会再び。原作「無謀編」では基本的に単発ゲストキャラの再登板がないので、こういうお祭り企画でないと実現しなさそうなネタではある。ギャグの嵐の中で、地人に懐いてるミスト・ドラゴンの名前の由来をさらっと入れてくる手管がとてもスマート。「まるで泣いているような声に溶け殺される」がつんく♂さんのリリックだと何人が分かっただろうか。なんで「愛 just on my love」じゃなくて「君は魔術士?」だったのか……

水野良による解説

ロードス島戦記 誓約の宝冠1 (角川スニーカー文庫)

ロードス島戦記 誓約の宝冠1 (角川スニーカー文庫)


ロードス島戦記」「魔法戦士リウイ」の水野良は秋田本人直々に解説を頼まれたという。この文章では、秋田禎信の文章をその伝染性の高さをもって評価している。水野先生は「エンジェル・ハウリング」の冒頭を読んだ時の印象を「一字一句があまりにも緻密に構成されているので、私の脳内で再生されるイメージは秋田氏が伝えようとしているそのままではないかと思えたのである。まるで秋田氏本人がパラサイトとなって、私の脳内に侵入してきたかのようだった」と語る。非常に納得いく感覚で、これがプロ・アマ問わず自分でも文章を書く人だと文体に大きく影響を受けてしまう。


今回のアンソロも皆多かれ少なかれ秋田文体を――多分みんなが秋田文体といってイメージするだろう時期のやつを――意識していたように感じられた。それはそれで嬉しいのだけど、全く普段のその作家の文体のままの「オーフェン」というのも第二弾で読んでみたいですね。

*1:オーフェン」に限らず

*2:橘先生の発売当日のtweetをRTするのは触れてる内に入るのでしょうか……?