周回遅れの諸々

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なつかしの異世界転生・召喚:カレーは異世界より強い 矢上裕「エルフを狩るモノたち」

東京都千代田区神田神保町。「本の街」として知られる彼の地が、「カレーの街」でもあることを知ったきっかけは、漫画「エルフを狩る者たち」だった。という同世代は案外多いんじゃなかろうか。


「エル狩る」は今はなき「電撃コミックガオ!」で、1994年から2003年にかけて連載されたギャグ漫画。空手家の淳平、サバゲーマニアの女子高生律子、日本人初のオスカー女優愛理。異世界に召喚された3人が日本に帰るために必要なのは、女性エルフの体に貼り付いた「呪文のかけら」を回収すること。かくして、エルフを脱がしまくる奴らの珍道中が始まる。 彼らをファンタジー世界に召喚した、エルフのセルシアを道連れに……。2013年から連鎖されてた続編「エルフを狩るモノたち2」も、無事完結した。


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……一見して外道な内容だと思っただろうか? 実際、やってることは外道だし、そのために作中でも彼らは多くのエルフに嫌われている。でも「女性を脱がす」という設定とは裏腹にいやらしさは全くない。絵柄もさることながら、「志村けんのバカ殿様」みたいな、笑いのためのエロっていうか。でも、やっぱり設定が設定なので、二度のTVアニメ化の際にはどちらも深夜帯に放送されている。時に1996年。深夜アニメの先駆けであった。

  • 猫の幽霊がとりついた74式戦車がファンタジー世界を蹂躙する。たまに鳴く
  • ファンタジーなのに決め技がカカト落とし
  • ガリレオ・ガリレイのドキュメンタリーをテレビで観て感動したので、天動説が事実として罷り通っているファンタジー世界を憎んでいる男
  • トイレットペーパーにきわめて似たものを排泄するファンシーキャラ


など、この作品の魅力はたくさんある。破天荒なキャラクターがファンタジー世界で大暴れする、というのがまず第一だけど、意外に雑学めいた部分も多かったり、お話の作り方がきわめて論理的だったり。2017年現在でも全然色あせていない。


でも、なんと言っても印象に残るのは、カレーにかける情熱だ。淳平は事あるごとに「神保町のカレーが食いてえ!」と叫び、カレーのないファンタジー世界を憎む。彼が日本に帰りたいのは大切な人がいるとか20世紀日本に比べて危険だからとかではなく、カレーを食べたいがため、ということに尽きる。向こうでも度々カレーにありつこうとして、「見た目はカレーだけど味はいちごジャム」といったハズレばかりを引いている。


淳平や作者の思い入れはともかくとして、なんでカレーなのか。私はやっぱり存在感のでかさかなあと思う。でろっとしたスープと銀シャリによる鮮やかな色彩、むせ返るほど濃密な香辛料の香り、スプーンでかっこんで食う時の童心に帰るような感覚。そして、明らかに日本の食文化の外にあったものが、100年ほどですっかり日本ナイズされて定着しているという事実……。


神保町は、カレーの聖地として作中で度々名前が挙がる。淳平は、実在するお店では、特に老舗の「欧風カレー ボンディ」がお気に入りらしい。本編完結後には、神保町がまるごと向こうに召喚されてしまうなんていう外伝も発表された。



異世界に渡る以前の「現代日本」「20世紀日本」の象徴、というと「魔法騎士レイアース」の東京タワーが思い浮かぶ。しかし東京タワーが、東京どころか日本を代表するランドマークだったのに比べると、神保町はいかにも地味だ。本の街とゆわれても、当時地方民だった私には、いまいち具体的なイメージが浮かばなかった。


それがカレーの街とゆわれると、途端に強烈な存在感を放つようになる。具体的な情景は浮かばなくとも、あのエスニックな匂いが漂ってくる。異世界までも届く、その強さを見る度、「カーチャンの作った味噌汁が飲みたい」というような湿っぽい郷愁はこの作品には似合わない、と思わざるをえない。理屈じゃない。カレーこそが、何度異世界に召喚されても日本に帰りたいと願う「エルフを狩るモノたち」(正確には淳平だけ)の原動力なのだ。



この文章は、書評サイト「シミルボン」に投稿した記事を加筆修正したものです。