魔術士オーフェンはぐれ旅 第一話「追憶の呼び声」 あえて古さを強調したかのような映像演出に戸惑う
せっかくなので、場面ごとに逐一振り返っていく感想にしたいと思います。思いましたが、えっらい時間かかったので次からはやらないかも。
五年前:《牙の塔》
「見ないで!」
だが彼は見ていた――というより、身体がマヒしてしまったように身動きがとれない。(部屋の入口に立ち尽くして、)彼はただぼうぜんと彼女を見つめていた(見下ろしていた)――
()部分はアニメでは削られた、修正された部分です。
これは原作「魔術士オーフェンはぐれ旅」第一巻、「我が呼び声に応えよ獣」の冒頭部分だ。今回のアニメは「見ないで!」と叫ぶアザリーとそれを呆然と見つめるキリランシェロ、倒れているチャイルドマン教師を映しつつ、「だが彼は」以下の地の文をナレーションが読み上げるという形で幕を開けた*1。朗読はチャイルドマン役の浪川大輔。原作の最大の特徴である文章の味を伝えたかったのだろうか……?
魔術士養成機関の最高峰《牙の塔》。その構内にある礼拝堂*2で、《天魔の魔女》アザリーはひそかに古代魔術の実験を行っていた。ところが、実験は失敗。魔術武器《バルトアンデルスの剣》が暴走したアザリーは、化け物の姿になってしまう。突然現れた化け物にも動じず、放たれる魔術士たちの攻撃。「我は放つ光の白刃!」しかしその時横合いから光熱派が放たれ、他の魔術を妨害。
アザリーは同窓生たちに見送られながら、悠々と飛び去っていく。その手助けをしたのはキリランシェロ。アザリーを姉としてこよなく慕う少年だった。
現在:《牙の塔》からのトトカンタ
OP/CMが明けると、アバンから五年後。あれからずっと、《塔》でお姫様のような格好で眠っていたらしいチャイルドマンが目を開ける。原作では五年間アザリーをずっと追っていて、そもそも《バルトアンデルスの剣》の実験にも居合わせなかったチャイルドマンだが、これは今後の展開の鍵になるのだろうか。
一方その頃、商都トトカンタでは、かつてのエリート魔術士キリランシェロが《地人》*3兄弟に罵声を浴びせていた。借金取りに身をやつし、貸した金を返さない《地人》兄弟を追う、彼の今の名はオーフェンという。
追いかけっこの途中、オーフェンは派遣警察官*4の女性と遭遇する。彼女は大陸中で悪さをして回る地人兄弟を追っていたのだとか。名前こそ出ていないが、彼女は原作のコメディリリーフ的外伝「無謀編」のヒロイン:コギー。「はぐれ旅」にはかなーり後にならないと登場しないのだけど、今回はファンサービスのためかしょっぱな特別出演となった*5。はぐれ旅一話に無謀編を繋ぐというのは以前、私も書いている。
なんやかんやあって警官の手助けをしたオーフェンに、コギーは言う。「でも役に立つもんね、こんなところにいる魔術士崩れが」。オーフェンはこの台詞に、胸元の《牙の塔》のペンダントを見ながらも今の我が身を顧みてしまう。
その後、定宿にしている「バグアップズ・イン」にて。オーフェンは金欠のあまり宿の主人の息子マジクに「魔術を教わる気はないか」と勧誘していた。「母さんが魔術士の血を引いていて……」というマジク。魔術士の才能は純粋に遺伝でしか発現しないというのが一応の設定だ。だから魔術士の血を引いてない者は絶対に魔術は使えない。
「純粋で真摯な情熱。それが力ある魔術士の条件だよ」オーフェンはうそぶく。原作ではこれに対して主人が「だったらあんたが力ある魔術士なわけはないな」と返すのだけど、アニメとあと舞台版では削られてるので、当人大真面目なのに滑ったみたいな印象に。でもその場では単なる魔術士ジョークで終わった純粋で真摯な情熱云々は「獣」を通して読むとなるほど、と思ったりします。「純粋で真摯な情熱は報われるとは限らない」という話なのですねあれは。
現在:《牙の塔》
ここで舞台は《牙の塔》へ。キリランシェロ=オーフェンのもう一人の義姉ティッシは、チャイルドマン教室の同窓生フォルテに呼び出されていた。長く待たされたティッシの不満を、フォルテは読心術で看破する。この無作法のせいで、二人は言い争いになる。
彼女を「死の絶叫(キーニング)」と呼ぶフォルテに「その二つ名ってやめられないかしら。楽屋で芸の見せっこしてるみたいでみっともないと思わない?」と返す。このパートは全て原作五巻から前倒しで挿入されたものだが、厨二厨二*6言われる作品がむしろこういう「二つ名とかダッサ」というアンチ厨二な価値観を持ってるんだよ*7と示す意味で一話に持ってきたいのは理解できるし、それに対して平然と「効果があるなら虚勢も必要だ」と返すフォルテもやりおる。
現在:トトカンタ近くの森
さて、フォルテがティッシを呼び出したのは五年ぶりに姿を見せた怪物=アザリーのことについて話すためだった。《牙の塔》は魔術の実験に失敗したアザリーを汚点として亡きものにしようと、既に動いていた。討伐隊の隊長はチャイルドマン。他に彼の生徒であるコミクロン、他教室のウオール・カーレン教師やハイドラントらの姿もあった*8。
攻撃する魔術士たち。全く堪えないアザリー。そのさなか、チャイルドマンとアザリーの目が合い、何かが起こった……かのように見えた。しかしその場では何も起こらず*9。アザリーは翼をはためかせて去っていく。彼女が向かう先にはトトカンタがあった……。というところでCMへ。
現在:エバーラスティン家
Bパート。オーフェンは身分を偽り、トトカンタでも有数の大富豪*10エバーラスティン家の屋敷にいた。地人たちはどこからか、この家の長女とオーフェンの縁談を持ち込んできたのだ。お見合いをしていたエバーラスティンの母親と令嬢は途中で中座。二人がいなくなった後でオーフェンは結婚詐欺じゃないかと文句をつけるが、地人はどこ吹く風。無事結婚に漕ぎつけられれば自分の借金などチャラになるとうそぶく。
押し問答が始まった時に現れたのはクリーオウ。エバーラスティン家の次女だった。外で聞き耳を立てていた彼女は、オーフェンたちが結婚詐欺を目論んでいることを知りながらも興味津々。色々問い詰めてくる。
オーフェンはその場の流れで自分が魔術士であることをバラしてしまう。クリーオウはこれにも食いつき、死んだ父は魔術士と交流があったと言った。五年前にも魔術士が訪れ、何か大事なものを預けていったのだと。それまであしらうように対応していたオーフェンは、何か心当たりがあるらしく、口調が真剣なものに変わる……
ここで再び出番が回ってきたチャイルドマンら討伐隊がトトカンタに到着。この街の魔術士同盟支部に配属されている、チャイルドマン教室のハーティアが出迎えている。
エバーラスティン家では、怪物:アザリーが倉庫を急襲していた。倉庫には結婚詐欺師を撃退するため、武器を取りに行っていた*11母親と姉がいる。クリーオウは急いで駆けつけ、オーフェンもそれに続く。そこで、オーフェン:キリランシェロは五年ぶりにアザリーと邂逅した。「彼女」は倉庫にあった剣を口に咥えている。それこそは《バルトアンデルスの剣》。オーフェンにとっても、見覚えのあるものだった。アザリーはそれを狙って襲撃してきたのだ。
目的の品を手に入れて再び飛び立とうするアザリー。追いついてきたアザリー討伐隊がそれを食い止めようとする。オーフェンは割って入り、次々と魔術士たちを殴り倒していく。魔術とステゴロ、形こそ違うがその様はまるで五年前にアザリーが《塔》から逃げ出した時の再現のようだ。1話のアバンとラストで過去と現在を対比させるこの手法はうまいなと思った。「魔法使いなのかと思ったら謎の拳法で戦う奴」という主人公の特徴も強く印象づけられる。構えを取るオーフェンにチャイルドマンたちは彼が誰であるかを思い出す。「我は放つ光の白刃!」アザリーを消し飛ばそうと放たれた魔術を、オーフェンの光熱波が再びかき消した――。
一話を振り返って
原作は古い。25年前に始まったのだからそりゃそうだ。特にギャグのノリや主人公の服装*12なんかは古くさく見えてしまうだろう。しかしそれ以上にアニメ演出の……画面作りのセンスが古さを強調している。いやあれは古いで済ませていいのか。センス*13が迷子と言った方が近いのかな。
特に顕著なのが魔術の描写だ。あの世界の魔術士は音声魔術と言って、「声」を媒介とした魔術を使う。効果範囲=声が届く距離で、持続時間も長くない。だが逆に声さえ出せれば(あと精神集中が乱れなければ)魔術は発動する。したがって身振り手振りは全く必要ない。魔術士を無力化するには殺すか喉を掻っ切るしかない、と言われる所以だ。手から何かエネルギー的なものが出るわけではないから、実は手をかざす必要すらないわけだけど、なんで主人公は特撮ヒーローの変身シーンばりにポーズを取ってるのか*14。ばっ! ばばっ! と手が風が切る音が聞こえてくるようだ。
逆に古代の魔術士=天人が扱う魔術は「沈黙魔術」といい、文字を媒介とする。これを応用して武器に魔術文字を刻んだ魔術武器というのがあり、《バルトアンデルスの剣》もその一つ。使用法を知っていれば(ただその使用法の解析がべらぼうにめんどくさい)誰でも使えるというのが利点だ。にも関わらず、冒頭のアザリーはなぜか呪文のようなものを唱えている。それともあれは魔術文字を読み上げているだけなのだろうか。
大仰な構えを取らないはずの主人公が格闘シーンでもばっちり戦闘態勢を取るのは、謎の拳法の使い手であることを示してて分かりやすいとは思うのだけど、この魔術の描写を見てると、どうも作り手のセンスを優先させただけのように見えてしまう。
それと、あの世界の魔術発動の手順に「構成を編む」というものがある。魔術は大げさに言えば世界を作り変えるもので、その設計図が「構成」だ。「構成」は術者によって精緻だったり大雑把だったりと特徴が出るとも言われる。プログラミングに喩える人もいただろうか。
この表現は作品の成功の可否を握るものだけど、今回のアニメは空中に平面的な魔法(方)陣が投影されるという、お決まりのパターンを踏襲したものだった。「魔方陣なんてのは迷信、古代魔術士の使う魔術文字を真似たまがい物に過ぎない」といったことを書いてる原作で、なんでストレートに魔方陣を出してしまうのだろう。また魔術士でない者にはあの「構成」は見えないという設定なのだけど、どう見ても物質化してるとしか思えない。
この表現はアニメでは「リリカルなのは」辺りから流行してきたように記憶してるが、あのアニメが今年15周年だから既に「最近の流行」ですらない。この「構成」の視覚化に関しては、はっきりと旧作「Revenge」の謎の幾何学模様が後ろに浮かび上がる形のほうが優れていた。
原作小説「オーフェン」は映像映えがしにくいとよく言われる。設定の一つ一つに(屁)理屈がついてて妙に現実的なのだ。(屁)理屈だからつっつけば「穴」は見つかる。奈須きのこ程度には穴がある。しかし、この作品が好きな人の多くはその(屁)理屈に惹かれたわけで。秋田禎信のアフォリズムめいた語り口も、与太話を「言われてみればそうかもしれない」程度に納得させられるものに見せかけていた。
そうでなくとも、アニメ的に映えるための改変っていうのは二〇年前に散々やってるし、今回は原作通りに、と謳っているのだからそこは徹底してほしかった。しかもその結果が散々古くさいだの昭和だのと言われてしまう始末。いや「この古くささがいい!」という人もいるようだけど……
他にもOP・劇伴のメロディーや使いどころ、お姫様のように眠るチャイルドマンなど、作り手のセンスに疑問符が湧いてしまうところは多々挙げられる。これが前回のアニメに倣ったというならまだ理解はできるが、そうでもないので本当に謎だ。
映像演出以外に目を向けてみよう。キャラ作画はシーンごとにブレはあるが原作イラストにかなり寄せていて、特にクリーオウは挿絵からそのまま飛び出してきたかのような可愛さ。またアクション作監を立ててるだけあって、決めるところはビシッと決めていた。旧作はキャラデザが重いので、アクションシーンでも殆ど動かせず。OPだけが神OPだと称賛されたけど、本編の殺陣の面白みってほとんどなかったので、この点はうれしかった。
ストーリーについては決して原作そのままというわけではないが、時系列をいじってるだけでほとんどのエピソードは原作から持ってきている。原作の「獣」の先をやりたいがための改変ということで、おおむね意図は理解できた。
原作のどこまでいくか
散々文句は言ったが、二話以降も視聴することは確定している。そこで気になるのはやはり、原作のどこまでやるか、ということだろう。
OPでは砂塵吹きすさぶ中にそびえる神殿が一瞬映る。これは原作第一部完結編「我が神に弓引け背約者」の舞台、キムラックだ。これと、あと同じくOPでチラ見せしている登場人物を根拠にキムラックまで行くのでは、という意見が根強いが、原作ではここまで10巻かかっている。アニメは現時点で発表されている話数が14話(未放送話1話含む)。どう考えても尺が足りない。舞台版が計五時間ほどツメツメにやって三巻分をやっと消化したことを考えると、あまりに無謀だ。獣(トトカンタ)⇒暗殺者・後継者(タフレム)⇒血涙・背約者(キムラック)と飛ばし飛ばしでいけばなんとかなるか……? あるいは出版社も放送枠も同じ「本好きの下剋上」のように分割2クールなのか。キムラックの街は単なるイメージで、後は人気次第ということなのか。
私は巻き巻きで第一部完結まで行くくらいなら、タフレム編を一旦クライマックスに持ってきてほしいと思います。本来タフレムで登場するはずのウオール教師やハイドラントが一話から登場してるのも、その伏線なんじゃないかな。
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*1:多少削ってるけど
*2:原作世界の最大宗教である「キムラック教」は魔術士とは犬猿の仲なのだけど、あの礼拝堂は一体……
*3:身長130cmほどの種族。キエサルヒマ大陸の先住民
*4:派遣警察官とは非正規の警察官ではなくインターポールのようなものを想像してください
*5:無謀編は本編以前のオーフェンを描いたもので、今回「はぐれ旅」時系列で二人が初対面のような対応をしてたことによって無謀編がなかったものにされたと寂しがる人もいるけど、実はこのコギーとの出会いと後のシーンは一年飛んでてその間に「無謀編」がある……と思うことにしよう
*7:でもやっぱり二つ名つける
*8:この二人も原作では五巻目からだがアニメでは前倒しで登場
*9:原作読者には言うまでもなく、この時、アザリーとチャイルドマンが白魔術で精神を入れ替えている。怪物の中にチャイルドマンの意識が閉じ込められ、アザリーはチャイルドマンとして活動することになる。原作ではここまで決定的な場面は描かれなかったが、このアニメは「獣」のどんでん返しのインパクトはあえてスルーして、もっと先を描くということだろう
*10:とはいえ敷地広すぎ
*11:原作ではお色直しで中座した二人だったが、するとアニメではマリアベルがオーフェンにひと目惚れした設定はなかったことになるのだろうか
*12:これは当時から既にツッコまれたけど
*13:この言葉って思考停止に直結するしあまり使いたくないのだけど
*14:読者の中には、精神集中を乱さないために微妙に長い呪文を唱えるオーフェンだから、同じく精神集中のために変なポーズを取っても不思議ではないという人もいた