周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

「ライトノベル傑作短編アンソロジー」をちょっと本気出して編んでみた

一般にライトノベルは短編が少ないとされている。書き下ろし長編のシリーズ物がメインというのがその主な理由だろう。ドラゴンマガジン電撃文庫magazineに掲載されるのも、シリーズ物の外伝短編が多い。でも、たまにミステリのアンソロジーとか読むと結構シリーズ物の1作品が収録されてたりするし、よほどそのシリーズの根幹を成す作品で他の奴も読んでないと分からないとかじゃなければ、別に問題ない気がする。ということで、自分がシリーズ、ノン・シリーズ物問わず好きな短編を挙げてみる*1。シリーズ物でも基本的に1話完結のやつを選んだつもり。

野村美月「鑑賞部の不埒な倫理」

美術室の窓から見える音楽室でいつも練習している、吹奏楽部のあの人を好きなだけ眺めるたに。真田大輝と藍本ルチアは、今日も今日とて絵を描きもせず美術室に居座っていた。見ているだけで満足で、決して告白はしない。自らの決めたルールを遵守する二人の間には、次第に奇妙な友情が芽生えていき……。


野村美月にとって、恋愛とは理不尽を受け入れることである。この短編では、端的にそれが示されていて、端的だからこそ破壊力がある。『部活アンソロジー2「春」』に収録。後にこの短編を第1話とするシリーズ「SとSの不埒な同盟」なる長編も生まれた。


田中ロミオ人類は衰退しました 妖精さんの、ひょうりゅうせいかつ」

現人類の文明が衰退し、摩訶不思議な力を持つ新たな人類「妖精さん」が台頭している世界。両者の仲を取り持つ調停官の「わたし」は、増えすぎた妖精さんと共に移民した新天地で一から国を作り始める。


文明の誕生から国家としての急速な発展、衰退から滅亡までをコミカルに描く。『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンドも絶賛したとかしないとか。F先生の「すこしふしぎ」な作品群が好きなら。『人類は衰退しました 4』に収録。


神坂一スレイヤーズすぺしゃる 歌姫の伝説」

山の中にある遺跡から聞こえてくる女の歌声。近くの村から謎の調査を依頼されたリナが出会ったのは、乙女ちっくなリビングメイルのナタリーだった!?


約20年連載され続けた外伝短編の大御所からはこの回を収録。CRPG的なお約束をパロったキャラクター、軽快なアクションの中に光る駆け引き、ラストのオチなどこれぞ「スレイヤーズすぺしゃる」だ、とゆえる一本。「スレイヤーズすぺしゃる10 破壊神はつらいよ」「スレイヤーズせれくと 3」に収録。


それと神坂はラノベ作家としては珍しく『O・P・ハンター』というノン・シリーズ物の短編集を出している。石油が枯渇した遠い未来、お宝として高い値がつくプラスチック製品をめぐる戦いを描いた表題作とか好きだった。行き過ぎた妹文明が人類に反旗を翻したりするナンセンスコメディ短編集「DOORS」も好きな人は多い。


田中哲弥「ミッションスクール ポルターガイスト

学校の中で、「ちんこでかくなっちまったっ」「さっき生理になっちゃったのっ」など自分が恥だと思う音が増幅され、また恥だと思っていることを絶叫してしまう謎の現象が起こる。事態は時を経るにつれ加速していって……。


かつて「電撃文庫magazine」の前身「電撃hp」に連載されたものの、アンケートではぶっちぎりで「一番嫌いな作品」に選ばれ三話目にして打ち切られ、ハヤカワに拾ってもらったという連載の2話目。……という経緯は田中哲弥の言うことなので話半分に聞いているのだけど、もしそれが本当ならストーリー展開が不条理だとかより全体から漂うおっさんくささがアレだったのでは。『ミッションスクール』に収録。一本の短編集としては『やみなべの陰謀』を推す。


土橋真二郎「クリスマスM&A」

恋人たちが浮かれるクリスマスイヴ。中学生の斎藤真一は、街を盛り上げるためのゲームに参加することになる。クリスマスイベント関連の商業施設全てが管理下に置かれたこのゲームの勝利条件は、プレイヤーの中で一番に資産を増やすこと―――。


10年近く、ゲーム小説だけを書き続けている作家の新境地。モテない男の悲哀、奮闘、恋愛のデジタル化……。後の名作『OP-TICKET GAME』への布石となった短編。『電撃コラボレーション サンタクロースは見た』に収録。この文庫は、元は電撃文庫magazineの付録だったもので、電子版もBook Walkerでしか配信されていないのが残念。


bookwalker.jp

秋田禎信魔術士オーフェン・無常編 天使の囁き」

受験戦争が終わって大学に入学してみると、待っていたのは退屈な日常だった。日々、自堕落になっていくのを自覚していく中、鬱屈は積もりに積もっていく。ある日、毎年恒例の家族で過ごす誕生会を弟が持ちかけてきたものの、その弟のスケジュールが合わない。いい加減そんな年でもないし、と一度は断るが……


受験戦争云々は嘘だけど、まあおおむねこんな感じに、日常の中で誰からも顧みられていないと感じている女性のアンニュイな感情を描いた短編。秋田の短編では「誰しもそうだけど、俺達は就職しないとならない」、「パノのもっとみに冒険」や「オーフェン」ならヒュキオエラ王子回なんかも好きだけど、あそこら辺はどれか一つに絞りづらくて……。『魔術士オーフェン・無謀編8 それはいろいろまずいだろ?』『魔術士オーフェン しゃべる無謀編4』に収録


秋山瑞人イリヤの空、UFOの夏 無銭飲食列伝」

ドラマチックな出会いを果たした綾波系美少女と、意地っ張りの同級生。二人のヒロインが、主人公をかけて中華料理店で大食い対決を繰り広げる。


それ以上に、なんの説明もいらない。読者は二人の恥も外聞もない女の意地に、ただただ圧倒される。「セカイ系」というシリーズに対する区分が何の意味もなさない傑作。『イリヤの空、UFOの夏3』に収録。


小林めぐみ食卓にビールをメビウスの輪篇」

女子高生の「私」が友達とライブに行った帰りに乗った武蔵野線は、宇宙人の作った循環空間に繋がっていて……。


現役女子高生幼妻物理オタク作家によるナンセンスSFコメディー短編集の一作。毎回奇想天外な展開と飄々とした主人公の組み合わせが魅力で、これがっ!っていう作品は選びづらいシリーズではあったのだけど、日常と非日常の繋ぎ方に感心した本作を。『食卓にビールを』に収録。


竹宮ゆゆこ「ゴールデンタイム列伝 AFRICA」

岡千波は四六時中いちゃつく友人カップルを尻目に、バイトと演劇とカメラと遊びに精を出す大学生活を送っていた。そんなある日、嫌な先輩に、カップルの彼女の方を合コンに連れてこいと命令されて……。


竹宮ゆゆこという作家は、いかにも「ラノベ」らしい躁的なコメディ描写と、女の子のどろどろだったり陰鬱だったりする心情を描く「ブンガク」っぽい内面描写の落差がウリなのだけれど、この短編では特にそれがよく出ていた。男友達に小動物を愛でるように或いはセクハラちっくに可愛い可愛いとちやほやされる岡千波の胸中にあるものとは。『ゴールデンタイム列伝 AFRICA』に収録。


また、同性の先輩大好きな女の子が、クリスマスに彼氏に久々に会うというのを阻止するためにケータイを隠しちゃう「ワルキューレの騎行」もよいです。こちらは『電撃コラボレーション サンタクロースを見た』に収録。


ろくごまるに封仙娘娘追宝録奮闘編 雷たちの饗宴」

元仙人の和穂が、普段は人間の姿をしている刀の宝貝・殷雷とともに世界中に散らばった欠陥宝貝を回収していく。その旅の最中、二人は殷雷剣や殷雷槍など、無数の殷雷*2が平行世界から召喚された森のなかに紛れ込んで……?


短編の名手として名高いろくごまるにの平行世界ネタ。『封仙娘娘追宝録・奮闘編 4』に収録。続編として「雷たちの大饗宴」がある。こちらは『奮闘編 5』に収録。


賀東招二蓬莱学園転校編 香住の中の10万人」

蓬莱学園にやってきた竹中直樹は、転校早々一目惚れをする。しかし彼女は、10万人から成る学園生徒の人格が狐憑きよろしく代わる代わる憑依する精神の持ち主だった……。


男性が女性に抱く幻想というテーマと、蓬莱学園という舞台設定がうまく絡み合ってて、シェアードワールド小説としての「蓬莱学園」短編集の中では一番面白かった。『蓬莱学園転校編 香住の中の10万人』に収録。


時雨沢恵一キノの旅 殺す旅-Clearance-」

若い女性と、彼女を「師匠」と呼ぶ男性の旅人は、ある国に立ち寄るが、そこには二日後に他国が攻め込んでくるという。国長はそれまで聞いたこともなかった国が何故攻め込んでくるか分からないというのだが……?


連作短編とゆえばこれ。社会への風刺と毎度キノさんが顔色一つ変えず事態を切り抜けていく展開が、厨二マインドを捉えて離さない人気シリーズ。ちょっと作為があからさま過ぎてスマートじゃないと感じることもあるけど……。中でもこの短編は悪趣味全開で、当時ややマンネリ気味だと思っていたところにクリティカルヒットした。死人を搾取する側、死んでからも搾取される側の話。『キノの旅Ⅸ』に収録。


石川博品「平家さんって幽霊じゃね?」

変わり者のケンゴウ先輩とカルトゲーム研究会で遊んでいたツカサの前に現れたのは、曽禰みるくという転校生。除霊技官を名乗る曽禰みるくは、ツカサの彼女・及川未来の親友・平家さんが幽霊だというのだが……


ファミ通文庫のアンソロジーから何故か創元の『年刊SF傑作選』に収録された「地下迷宮の帰宅部」はもちろん傑作なんだけど、好きなのはこっち。ライトノベルはキャラクター小説だ、と言われるくらいキャラ立ちが重要視されている。でもキャラクターへの愛着ってのは時間が育てるみたいなところがあって、短編とは相性が悪い。……そんなイメージを、擬古文体で喋るヒップホップ好きの金髪DQN幽霊は吹き飛ばしてくれる。


『ホラーアンソロジー2 “黒”』に収録。後に本作のボツ原稿である長編『平家さんと兎の首事件』が同人誌として頒布されている。登場人物が双六やるだけなのに面白いしお話や世界の説明にもなってる「「双六ネルリの甘美なる敗北」も好き。


安井健太郎ラグナロクEX. GUN CRAZY」

ある女性を別の国まで送り届ける依頼を受けた凄腕の傭兵、リロイ。しかしそれぞれの方面から彼女を狙う刺客が現れて……。


ブコメと同様、バトルはラノベの華だけど、「ラグナロク」シリーズの濃密さ、スピード感は一つの到達点だ。この短編では速さに絶対の自信を持つ三人の男の銃撃戦が描かれる。洋画から影響を受けたアクションはかっこいいの一言。「ラグナロクEX. BETRAYER」に収録。


古橋秀之「ある日、爆弾が落ちてきて 三時間目のまどか」

ルーチンな授業に退屈して、ふと窓の外を見たら女の子の姿が写っていて……。業界きっての技巧派として知られる古橋秀之の作品。ボンクラ男子中学生の一人称も完璧。ボーイ・ミーツ・ガールと時間ネタを題材にした短編集『ある日、爆弾が落ちてきて』に収録。


解説:上遠野浩平


わりと色んな方面にアンテナ張ってて適任かなあという気がしたので。本人の作品を入れるなら「しずるさん」かしらん。


いかがだったでしょうか。軽い気持ちで始めたら結構な分量になってしまった……。実際に発売されるなら多分上下巻ですねこりゃ。しかし、ライトノベルってそもそもSFもミステリもホラーもファンタジーも含むので、特定のジャンルを読みたいっていう人が多いだろうアンソロジーには向かない気も。


ここで取り上げなかったもので近年のベストは『スレイヤーズ25周年あんそろじー』に収録された橘公司「冥王フィブリゾの世界滅ぼし会議」だけど、さすがに求められる原作の知識が半端ないので、ここに載せるのはやめました。あとは連作短編集なら「お隣の魔法使い」なんかも好き。「野崎まど劇場」は買ったはいいもののまだ積んでます。他にはラノベの代表的な短編集というと「ソード・ワールド短編集」なんかもあるけど、そっちは詳しい人が語ればいいと思います。


*1:中篇くらいの長さのやつも混じってるけど気にしちゃだめよ

*2:と和穂