周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

「スレイヤーズ」をおさらいする 1990年当時「スレイヤーズ」は新しかったのか? それ以前の状況は?

スレイヤーズ」は、元号が「昭和」から「平成」に変わった年に姿を現しました。著者はこれがデビュー作の神坂一。80-90年代にかけて本邦のアニメゲーム漫画界隈を席巻した「剣と魔法のファンタジー」の代表的作品の一つであり、現在の「ライトノベル」に直接繋がるマイルストーンと評価されています。シリアスな長編は1990-2000年にかけて全15巻(第一部8巻第二部7巻)が、コメディータッチの短編は1989-2011年にかけて、単行本全35冊分が月刊ドラゴンマガジンで連載されました。シリーズ累計発行部数は2000万部超。刊行開始時期は、ちょうどパソコン通信において「ライトノベル」という言葉が生まれた頃でもありました。

西暦 出来事
1989 長編第一作「スレイヤーズ!」が第1回ファンタジア長編小説大賞準入選、外伝短編第一作「白魔術都市の王子」が月刊ドラゴンマガジンに掲載
1990 スレイヤーズ!」刊行
1991 短編集第1巻「白魔術都市の王子」発売。またドラマガでは八回の読み切りを経て、「スレイヤーズすぺしゃる」として連載化。初表紙&巻頭カラー特集
1992 原作イラストレーター・あらいずみるいによる漫画版「スレイヤーズ」が連載。単行本全一巻
1994 PC-98版「スレイヤーズ」、SFC版「スレイヤーズ」発売。それまで一話完結方式だった「すぺしゃる」が前後編形式に
1995 長編ベースのテレビアニメ第一作、短編ベースの劇場アニメ第一作放映。前者は三年連続*1、後者は四年連続。長編第二部開始
1996 長編11巻「クリムゾンの妄執」で初版最高部数を記録
2000 長編第二部完結。ここまでで全15巻
2001 秋田禎信との合作「スレイヤーズVSオーフェン」発表
2001 長編ベースの劇場版第五作「スレイヤーズぷれみあむ」上映
2008 TVアニメ第四期「スレイヤーズREVOLUTION」放映。分割2クールで翌年「スレイヤーズREVOLUTION-R」放映。長編全15巻新装版発売。「すぺしゃる」単行本は30巻で終了。ナンバリングを一新し「すまっしゅ。」と名を変え再スタート。途中から再び1話完結方式へ
2011 スレイヤーズすまっしゅ。5 恋せよオトメ」で、外伝短編が一旦終了したことが発表される
2013 SANKYOがTVアニメ版を「CRフィーバースレイヤーズREVOLUTION SP」としてパチンコに
2015 スレイヤーズ25周年あんそろじー」発売。神坂本人に加え秋田禎信橘公司らが参加した
2016 ソーシャルゲームグランブルーファンタジー」とコラボ
2018 18年ぶりの長編最新刊「スレイヤーズ16 アテッサの邂逅」発売


そんな超有名な小説ですが、他人様の「スレイヤーズ」の話を聞いているとしばしば噛み合ってないなあと思うことがあります。これは、それぞれの話者がいつ、どのような形で、どれくらいジャンルに関する事前知識を持って「スレイヤーズ」に触れたのか、どこまで作品を追いかけたのかも関係しているのでしょう。別に「スレイヤーズ」に限った話ではなく、長く続いたビッグタイトルならそんなもんだと思います。


ライトノベル評論本などを読むと、「スレイヤーズ」の特徴として挙げられているのは

  • RPGや既存のFTのパロディを盛り込んだユーモア・ファンタジー
  • リナ=インバースの大火力かつ破天荒なキャラクター
  • 下半分メモ帳などと揶揄される軽い文体、擬音の多用


といった点で、これらが刊行当時いかに新鮮だったかを論じています。一個人の体験としてなら頷くしかありません。またライトノベルの歴史の中で個別の作品を取り上げるなら、新奇な点を推すのも仕方ないのかも。上の要素が「スレイヤーズ」を形作っていたのは否定出来ないところです。ただし、全巻読んでいるようなファンからすると、そればかりじゃないんだよ、とも言いたくなるのです。「ライトノベルめった斬り!」で、ライトノベルにあまり詳しくない大森望三村美衣が早口で解説する姿なんかは涙ぐましいものがあります*2

三村 でも《スレイヤーズ》はそんなメタメタなギャグじゃないよ。RPGをネタにしたギャグのノリがきついのは、むしろ《フォーチュン・クエスト》の方で。《スレイヤーズ!》は、たしかにパロディ要素が入ってるし、ズレみたいな部分を楽しむのもあるけど、少なくとも本編はそれだけじゃない。《スレイヤーズ!》で世界が変わったといっても、《スレイヤーズ!》のまんま追随ってそんなに出てないんだよね。真似ると亜流になってしまうし、実はものすごく計算された文章なのでなかなかね。


「ライトノベル☆めった斬り!」より


また上に挙げたような要素がどこまで新しかったか、ということ自体にも私は懐疑的でして。日本におけるFTブームの起点はともかく、「スレイヤーズ」の前には、ファンタジーのお約束を茶化すということで言えば、漫画なら「BASTARD!!」とか、菊地秀行が「幻夢戦記レダ」でもやってるし、ライトなファンタジー小説なら「ルナ・ヴァルガー」「異次元騎士カズマ」「魔群惑星」なんかもあったやんと思うし。そうそう、ゲームの世界を小説に持ってきたということでは、ベニー松山の「隣り合わせの灰と青春」も「スレイヤーズ」に先行してますね。あと私は門外漢ですが、グループSNEの「ソード・ワールドRPGリプレイ」とか。



そして、嵩峰龍二が「最近のファンタジーRPG感覚そのまま持ち込みすぎ」と批判し、それら軟派なFTに自らお手本を見せてやると言わんばかりに執筆した「雷の娘シェクティ」は1988年に開始しています。奇しくも「スレイヤーズ」と同じファンタジア文庫の、ローンチタイトルの一つでした。氏が言うようなRPG感覚のFT小説が当時そこまで氾濫していたかというと、それは逆にちょっと盛り過ぎではないか、とも感じるのですが、少なくとも、RPG感覚のFTだから新しかった、というのもあまり……と思ってしまいます。



そもそもRPG感覚だ既存のファンタジーのお約束をネタにしているだと言いますが、ネタ元になりうるような「正統派」のファンタジーってのも、一作品としては実はあんまり見当たらなかったりするんですよね*3。あの時代のライトファンタジーは300万のファンを抱える「ドラクエ」とどう差別化していくかが課題だったと言えますが、当の「ドラクエ」も随所で「正統派」から外れるところありますし。それは「ロードス島戦記」もさらに遡って「指輪物語」もそうだし。「スレイヤーズ」についてよく評されるところの「最初からLV.99」にしたところで、多くの場合LV.1から始まるCRPGという観点から読むから珍しく感じるのであって、小説ではそこまで特筆すべき要素ではありません。私たちが「王道」だとか「お約束」だとか呼ぶものとは案外そういうものなのでしょう。


……何が言いたいのかというと、ライトノベル評論本で挙がるような「スレイヤーズ」の諸要素は小説に限ってみても、全く新しいものだったというより、当時色んな所で同時多発的に生まれてたRPGブームの諸産物の一つに過ぎないもので、先人が作った下地があったからこそ受け入れられたのだ、という感じです。全く新しくないとは言わないけど、何の前触れもなく登場したものでもない。それはイコール「スレイヤーズ」がつまらないことを意味しません。私たちは「スレイヤーズ」を現在に連なるライトノベルの第一号とすることで、それ以前の歴史から切り離してはいないでしょうか。


また「スレイヤーズ」を語るに当たり、神坂が愛読書として挙げている高千穂遙新井素子夢枕獏火浦功――「スレイヤーズ」をライトノベルの起源とするならプレ・ライトノベルとでも言うべき時代を生んだ作家たちに触れられないのが気になるところです。読む人が読めば、リナ=インバースの破天荒なキャラ造形は高千穂の「ダーティ・ペア」から、下半分メモ帳などと揶揄される歯切れのいい文体は新井や夢枕から、軽妙さは火浦から受け継いだものだとこじつけることも可能でしょう。神坂一という才能は偉大ですが、ライトノベル史において、全くの無から登場したわけではないのです



さて、今回は「スレイヤーズ」がいかに新しくなかったかについて語りました。「スレイヤーズ」本編18年ぶりの続編! ってことで、以降何回かに分けて、色んな側面から「スレイヤーズ」に触れていこうと思います。「スレイヤーズ」はRPGパロとかリナの破天荒なキャラづけだけじゃないよ、ってじゃあ何があんのよ? という疑問に応えていければいいのですが。どうぞよしなに。キミのハートに竜破斬(ドラグ・スレイヴ)!


sube4.hatenadiary.jp
続きです。



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*1:四年目に同じ枠で放映されたのは同じ神坂原作でスタッフも共通の「ロスト・ユニバース

*2:本気で大森望ラノベに詳しくないとは思わないけど、あの本は両者にそういう役を与えていたとは思う

*3:私が読んだ中では清水義範の「ランドルフィ物語」が一番それっぽかったです。なお1巻のみ読了済み