『スレイヤーズ!』ファンタジア大賞準入選と、ファンタジーとしての評価 「スレイヤーズ」をおさらいする 2
長編第1巻『スレイヤーズ!』は、富士見書房が主催するファンタジア長編小説大賞の、記念すべき第一回準入選作*1である。この時の審査員は田中芳樹*2、岬兄悟、火浦功の三名。神坂一と、彼とともに長くレーベルを引っ張っていくことになる冴木忍。第一回からいきなり大当たりの二人を引き当てたことで、自社で発掘した新人にほとんど専属に近い形で長く書いてもらう、というのがファンタジア文庫の方程式の一つとなった。
近くて遠いところではコバルト文庫なども新人賞を主催していたとはいえ、ファンタジア大賞の成功でこの流れは加速し、スニーカー、電撃他にも波及。毎年何十人もの新人がデビューする業界の盛況さを生む。
ファンタジア大賞入選作品電子化リスト
以下は第20回までのファンタジア大賞入選作品の一覧*3。長いので非表示にしています。
私は昔もっぱら新人賞出身者びいきで、アニメ脚本家やライターからの転身組なんて邪道だ、という謎の選民思想を持っていた。だからファンタジア文庫大好きマンだったのに「天地無用!」も「セイバーマリオネット」も「ヤマモトヨーコ」もリアルタイムではちゃんと読んでいない。だからなんだってわけでもないですが、ここで懺悔しておきます。
神坂一の投稿歴
さてそれでは新人賞が今ほど活発に主催されていなかった頃、作家志望者はどうしていたのか。アニメ脚本家や大学SF研会員といった、編集者と何らかの繋がりがない場合、漫画と同じように持ち込みしたり、許可を得て個人で原稿を送るということもあったそうだ。
実は神坂もそういった経験を持っている。「ザ・スニーカー」2000年2月号のロングインタビューによると、高校時代は早川書房のSFコンテストに応募したこともあるが、かすりもしなかった。そこで出版社の住所を調べ、返信用封筒を同封して、新人賞を主催していない二社にも投稿したそうだ。その二社を選んだのは「当時好きだった新井素子さんの作品を出していたからではないかと思うのですが(笑)」。めっちゃ好感が持てる理由だ。
それぞれスペース・オペラとエスパー物を送って、前者は「マンガやアニメで見たようなシーンばかり書かれています」と辛口な批評が返ってきたけど、後者は「もう一作書いてみてほしい」と好意的な意見をもらったという。結局他に何も思いつかなかったので、その時はそれっきりになったそうだけど――そこでもう一作書いていたら、ライトノベルの歴史は今とは全く違ったものになったかもしれない*5。
『スレイヤーズ!』の評価
『スレイヤーズ!』を神坂が執筆、応募したのはサラリーマン時代。高校卒業後、デザイン系の専門学校「アートカレッジ神戸」*6を経て就職してからのことだ。
手元不如意で盗賊のアジトからお宝を盗んだ「あたし」こと魔道士のリナ=インバースは、ひょんなことから一緒に旅をすることになった剣士のガウリイと共に、世界を揺るがすような事態に巻き込まれることになる――。私はTVアニメ一期から原作に入っていったのだけど、最初に読んだ印象は「意外とリナが活躍しない!」というものだった。竜波斬(ドラグ・スレイブ)を必殺技ポジションに据えていたアニメと違い小説のバトルは結構地味だ、と感じるのは誰もが通る道だろう。
にしても、『スレイヤーズ!』のリナは特にぱっとしない。演技とはいえ危ないところをガウリイに助けられ、【あの日】で強い呪文を使えなくてゼルに攫われて、卵を産まされそうになり、ドラスレの披露は三流のゾルフに先を越され……。最後の章題が「見せましょう! あたしの実力今度こそ」なので、作者も分かっててやってたんだろうとは思うけど……今なら、序盤にリナのすごいところを一発描写して、【あの日】中との落差を演出したりするのではないだろうか。神坂一という人は仕事を重ねるにつれてプロット重視になっていくけれど、この一巻目だけは本人も認めるように行き当たりばったりな感は拭えない。
すごい力を持ってる主人公が序盤はそれをうまく発揮できないしようとしない、っていう話運びはまあある。最近だと漫画「はねバド!」なんかがそうだ。でもあの作品は節々でこの主人公は凄いやつだ、という演出がなされていた。リナについては語りが本人の一人称ということもあり、本人だけが自分の実力を知っている状況で*7――正直、展開が歯がゆく、私もゾルフ同様に彼女のことを過小評価してしまったところはある。
じゃあつまんなかったかというと、やっぱり面白いんですよ『スレイヤーズ!』。それはリナが大火力だけではない戦闘者だってことも当然あるんだけど*8、どっちかというとこの作品自体が主人公に依って立つばかりではない、って方が大きい。巻末で編集部はこう解説している。
この作品が選ばれた最大の理由は、やはりキャラクターの個性の強さでしょう。
主人公の強烈な個性は、読者を、そして物語自体をぐいぐい引っ張り、細かい欠点などものともせず一気に結末まで運んでしまいます。
また、読み終わった後で、ストーリーなどは忘れてしまったとしても、個性的なキャラクターは読者の心に残ります。
類型的なヒーロー、ヒロインの作品が多かった中で、この作品の、リナ=インバースを始めとする、個性的で、なおかつそれなりの存在感と説得力のある登場人物たちは目を引きました。
また、既存のいわゆるファンタジー世界をそのまま持ち込むのではなく、それを消化し、自分の作品世界として再構築している点も評価できます。
さらに、大きな欠点や破綻がなく、きちんと一本の独立した作品として完結しているということも、この作品が最後まで残った理由です。
もちろんこの作品にも欠点はあります。
プロの作家である選考委員が思わず目を見張るような新しいイメージをひとつでも描くことができていたら、『スレイヤーズ!』は大賞に輝いていたかもしれません。
世界設定にしても、プロットにしても、まだまだ甘いところはいくらでもあります。
それでも、それらの欠点をおぎなうだけの個性とパワーとおもしろさをこの作品は持っているのです。
(念のため書いておきますが、第二回以降この作品と同傾向の作品があった場合、よっぽど優れた作品でないかぎり入賞はむずかしいと思ってください。応募者のみなさん、自分の個性を大切にして、自分にしか書けない作品づくりが大切ですよ)
まず何よりキャラクター。ストーリーや世界構築はまあ及第点かな、くらいの言いようだ。挙げ句は、神坂先生本人まで後のあとがきで「ファンタジーではなく娯楽小説のつもりで書いてる」と言い出す始末*9……。ストーリーは一時置いとくとして、ファンタジーとして「スレイヤーズ」は、さてそんなにありきたりだろうか。
「スレイヤーズ」の世界では原初から在る《混沌の海》に無数の杖が立ち、その上にリナたちの住む平面世界が乗っかっているという構造だと説明されている。それぞれの世界では神々と、世界を虚無に導く魔族が覇権を競い終わらない戦いを繰り広げているようだ。作品の舞台では赤の竜神(レッドドラゴン)スィーフィードと赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥ*10が、神々と魔族の象徴的存在。主にストーリーに関わってくるのは魔族の方で、彼らは精神生命体であるため、物理攻撃が全く通用せず、普通の人間にとっては全く敵わない脅威的な存在だ。ドラゴンやエルフも、純魔族との間には絶望的な力量差が開いている。リナが得意とする黒魔術は、そんな魔族の力を借りるものである。……
これらの世界設定はマイケル・ムアコックの「エターナル・チャンピオン」シリーズやクトゥルー神話の影響下にあるとされている。そういう意味では、上のような設定にオリジナリティがあるとは言い難いかもしれない。
私が「スレイヤーズ」をファンタジーとして評価している点は、上のような創世神話をとことん俗に噛み砕いて説明してくれる痛快さにある。世界に対して、すごくとっつきやすい。
誤解されることも多いけど、「スレイヤーズ」って全く理屈もなしに手から破壊光線が出るような世界観じゃないんですよ。ただ、作中で世界を語る言葉が神秘性や小難しさみたいなものとはほとんど無縁なだけで。
例えば、魔族は基本的に根性で生きている連中だとか。例えば、魔族が他の存在の力を借りた術を使わないのは、精神資本の魔族にとってプライドが傷つくことは即死に繋がるから、つまり「サラリーマンが無理難題を押しつけられて、最初はやってみせますと豪語するんだけど、結局自分だけでは解決できず、上司の力添えを頼み、仕事が終わった後に首を切られる」みたいなもんだから、だとか。人間に寄生して宿主の体を守りながら徐々にその体を食い、成長していくザナッファーを「『僕がきみを守ってやる』なんて甘いことを言いながら女に近づいてぼろぼろになるまでさんざん利用した挙げ句ポイ捨てする、悪逆スケコマシヒモ男」なんて表現したり。読者を世界に馴れ親しませるための喩えがいちいち巧みだった。それは聞き役のガウリイがおバカだったから噛み砕いて説明しなきゃいけないっていうのもあったし、あとがきという場がそうした設定を披露する空間として機能していたこともあるだろう。
壮大なファンタジー世界を用意しておいて、「それってこれこれこういうことだよね」と登場人物に身も蓋もない解説をさせてしまう*11。それは結果的にファンタジーの神秘性を解体することに繋がったわけだけど――【あの日】に女性の魔道士のパワーが落ちるのはその間処女性を失い普通の女になってしまうからだっていうのがあの世界一般の解釈だけど単に精神集中が難しくなるからだろ、っていうのもそうですね――私にとってはファンタジー世界が身近に見え、魅力的に映った。ここらへん、心理学用語やらなんやらを引用しまくり、難解に見えるように作っていた「エヴァ」とは対極の存在だった。
それに、最初はどこかで見たことあるような世界でも、物語を重ねていけば自然、色んなエピソードが付加されて、唯一無二の世界になっていく。『スレイヤーズ!』では盗賊からぶんどった普通の宝石を一度粉末状にし、地水火風の呪文を封じ込め宝石の護符(ジュエルズ・アミュレット)を作成するシーンなんか、創作者としてのセンスを感じる。釣りの時に使うことで釣果が増す「入れ食いの呪文」なんかも一度は使ってみたい。こうした設定は時にストーリーとは無関係に、時に意外な形で関わり合い、「スレイヤーズ」の世界としか言いようがない舞台が構築され――やがて本編第一部最終巻『死霊都市の王』で、リナたちは世界の根幹と対面する。あの時感じたものは、まさにファンタジーの醍醐味としか言いようのないものだった。
二巻以降の第一部の流れ
こんな風に「スレイヤーズ」シリーズはドラマガでの短編連載とともに2巻以降も順調に巻数を重ね、世界は拡張され、人気作へと成長していく。
- 第2巻『アトラスの魔道士』は舞台が町中という事でリナお得意の大火力が使えない中でリナがどう立ち回るかが試される。設定がまだ固まりきってないので、ドラスレが使えなくともあの呪文があるだろ! とツッコみたくなるのはご愛嬌。またミステリーっぽい雰囲気にグロい邪法とかも出てきて、じめっとした人間ドラマが展開される。陽性のイメージばかり取り上げられる「スレイヤーズ」だけど、今後はこういった路線も一つの軸となっていく。
- 第3巻『サイラーグの妖魔』は、TVアニメ一期のラストにも採用された名エピソード。1巻での赤法師レゾとの因縁が新たな戦いを呼び、いやが上にも盛り上がる。
- 第4巻『聖王都動乱(バトル・オブ・セイルーン)』は魔族との戦いが本格化する、シリーズの節目。魔王シャブラニグドゥを倒したリナだけど、反則技である重波斬(ギガ・スレイブ)を使えなければ中級魔族の相手も覚束ないという絶望的な事実が明らかになる。また短編第一回に登場したフィリオネル王子と、彼の娘アメリアが登場。ちなみにアメリアの名前の由来は「いつでも自分が正義の国、アメ○カ」からだそうです*12。
- 第5巻『白銀の魔獣』で、ようやくリナガウゼルアメの仲良し四人組が勢揃い。一方では謎のプリースト・ゼロスから魔血玉を強奪……もとい取引したリナは、魔力のキャパシティが大幅アップ。神滅斬(ラグナ・ブレード)を使用できるように。以降は接近戦がさして得意ではないリナがどうやってこの虚無の刃を相手に当てるのか、というのが戦術の肝となっていく。ザナッファーの攻略法がめっちゃ絵になる。ゼルに「主役がいなきゃ話にならん」とまで言われてるのに、ラストバトルではリナのラグナブレード初お披露目にいいところを持っていかれたガウリイが不憫といえば不憫。
- 第6巻『ヴェゼンディの闇』は終始ギスギスギスギスしてて、読み返すのが一番つらいエピソード。暗殺者ズーマはかっちょいいけど、「超あとがきRX」*13では「こんな風にしか生きられなかったから、と駄目な犯罪者丸出し」と身も蓋もない評価をされてたりも。
- そして第一部は、第7巻『魔竜王の挑戦』、第8巻『死霊都市の王』の二本で〆られる。ラーシャートは思いっきり「前座」で可哀想。
そして、95年にはTVアニメ化&劇場アニメ化という快挙を達成する。次回はこのアニメと比較する形で、原作の魅力を解明してみたい。キミの瞳を影縛り(シャドウ・スナップ)!
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*1:旧ファンタジア長編小説大賞の席次は大賞の次が準入選
*2:後に田中は「薬師寺涼子の怪奇事件簿」シリーズで「ドラよけお涼」という「スレイヤーズ」の「ドラまたリナ」をパロった通称のキャラクターを登場させます
*3:出版されたもののみ
*4:「リアルバウト・ハイスクール」続編がファンタジア文庫から刊行予定
*5:似たような例として「ブギーポップ」の上遠野浩平は結構投稿歴が長くて、第3回ファンタジア長編小説大賞の二次選考通過者に名前があったり
*6:話を聞くと結構オタク寄りの授業もあったそうで、神坂先生というと全くの在野から出てきた作家というイメージがあったわけですが、そういう経歴の持ち主でもあるわけです
*7:ゼルは気づいてたかな?
*8:ゴブリン相手に無双するのではなくさらっと躱してみせたのなんか好例だ
*9:これを見る度、多くのファンタジーは娯楽小説だと思いますという重箱の隅つつきをしてしまいそうになる
*12:新装版4巻あとがき参照。いやほんとか?