周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

なつかしの異世界転生・召喚:神坂一「日帰りクエスト」 遊び人LV.1、週末は異世界で

この素晴らしい世界に祝福を!」について、担当編集者が「現代版『スレイヤーズ』」と評したことがある。なるほど、ファンタジーRPGのお約束をとことんいじるという点で言えば、「このすば」を始めとしたなろう系の作品群は、1990年代に一世を風靡したライトファンタジー「スレイヤーズ」(正確にはその外伝)に通じるものがある。でも私はそれを聞いて、「同じ神坂作品でも異世界トリップだったらスレイヤーズより日帰りクエストだろ!?」と思ってしまった。



「日帰りクエスト」全4巻は、1993年から1995年にかけてスニーカー文庫から刊行された。「スレイヤーズ」「ロスト・ユニバース」に比べるとやや影が薄いけど、神坂作品のベストに挙げるファンも多い。


主人公は、ごく普通の――平凡な日常に嫌気が差して異世界に召喚されることを本気で待ち望んでたことと、アレな性格以外は――ごく普通の女子高生ムラセエリ。ある日、念願叶って彼女はついに異世界に召喚される。そこは、竜人(ギオラム)と呼ばれる亜人による侵略が進む王国だった。

「これよっ!」
彼女はその場でガッツポーズを取った。
「あたしはこーゆーシチュエーションを待ってたのよっ!」
魔道士は、ただぼーぜんと、そんな彼女を眺めている。
「毎朝の通学ラッシュもっ! 塾も来年の受験戦争も、やがてやって来る就職もっ!親の小言もうっとーしー担任も、これでぜぇぇぇぇんぶさよならよっ!」


ここまで前向きに現実逃避する主人公というのも結構珍しいんじゃなかろうか。その後、これから始まるだろう大冒険や王子様とのロマンスを想像して、胸を弾ませるエリ。しかし実はこの召喚は、「どんなのが来るか分からないから、最初はとりあえず当たりさわりのない奴を呼び出して向こうの世界の話を聞いてみよう」という理由によるもので、彼女は伝説の勇者でもなんでもなかった。このままでは話を聞いたら、即地球に返還されてしまう! そう感づいたエリは、召喚者を舌先三寸で脅して、毎週日曜の決まった時間には必ず自分を召喚することを約束させる*1


自他ともに認める天才美少女魔道士である「スレイヤーズ」の主人公リナ・インバースと違って、エリは最初から最後まで著者曰く「遊び人LV.1」のままで。だからか、本作は神坂の庶民っぽさが存分に出ている。異世界の料理を「全て無添加・無農薬!」と評したり、塩や香辛料は貴重だろうからと日本で購入したものを持ち込み対価として金貨を持ち帰ったはいいものの、一介の女子高生の身ではなかなか換金できなかったり。……無責任な立場で、アクティブに週末異世界ライフを楽しむエリ。けれど、前述した通りここはそもそも亜人と戦争してる国で、彼女の背後にもその影が忍び寄ってくる。


竜人は羽が生えてて空を飛べたり、強い魔力を持ってたり、爬虫類っぽく寒さに弱かったり、人間とはまるっきり生態が異なる。「羽が生えた二足歩行生物はどうやって寝るのか」とか、彼らの描写に神坂はとても力を入れていて、ちょっとした亜人ブームの今ならアニメ化ワンチャン、と思えてくる。2巻で竜人との共同生活を送るエリとか、ほとんど「魔法使いの嫁」ですよ。



……一方で、知的生物としての竜人の思考回路や感情は、我々とほとんど変わらない。著者によると竜人のモデルは「人間そのもの」だという。お互いを劣等な種族だと見下す異世界の人間たちと竜人。彼らという鏡を通して、エリは、そして私たち読者は人間の愚かしさやらなんやらを実感する。この手のファンタジーの醍醐味が現実の一部を反映した寓話であることなら、「日帰りクエスト」はしごく真っ当なファンタジー小説である。以下は、2巻で竜人に捕まったエリが、竜人による「人間の奴隷市」に出された時のやりとり。

「あんなにやせっぽちじゃあなぁ……」
「それにメスだろ……オスに比べて力がちょっと……なぁ……」
「けっこう小マメには働いてくれるぜ……ただ、ちょっとこの値段じゃあな……」
「やっぱり狙い目は、次のオスだな」
「それにやっぱりメスだと、ちょいと油断すると、ぽこぽこ子供産んだりするし……」
「猫かぁぁぁっ!あたしはぁぁぁっ!」
竜人たちの勝手ないいぐさに、エリは思わず声を上げていた。


特に神坂が影の主人公とまで評するベヅァーという竜人が、エリに恥をかかされたせいで転落人(?)生を歩み、彼女への復讐心からじわじわ妄執を募らせていく描写は、実に「人間味」に溢れている。人間も竜人もお互いに異種の個体の区別などつかないのに、ベヅァーだけは何故か無数の群衆の中からエリだけを見つけ出してしまう。その様は、ちょっとしたサイコサスペンス小説の感すらあった。


竜人を相手に、普通人のエリは何ができるのか? 自ら望んで渦中に飛び込む時でも、意図せず巻き込まれた時でも、彼女が戦闘能力を発揮することはない。突如不思議な力に覚醒することもない。ただ、咄嗟の機転とそれを実行できる胆力は図抜けていて、絶体絶命のピンチでもなんとか切り抜けていく。その痛快な姿は、リナの必殺技として名高い「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」など、圧倒的な破壊力を持つ攻撃魔法などなくとも、私達が子供の頃憧れた神坂作品の主人公像そのものだ。


ただ、エリはアレな性格ではあるけど、リナのようには確固たる生き様を決めかねているところはある*2。喜々として異世界に召喚される彼女だけど、本当に現代日本が嫌なら、完全に移住してしまえばいい。しかしそこまで踏み切れないから、週末異世界旅行に甘んじている。ってこういう風に書くとジブリ映画「おもひでぽろぽろ」みたいだな。……3巻で、成績が下がってしまったことに危機感を覚え、異世界に高校物理の教科書を持ち込む姿は、彼女の中途半端な現状をよく示している。

「……さっきからずっと思ってるんですけど……何をしてらっしゃるんです?」
「勉強よ。べ・ん・きょ・う」
「……楽しいですか?」
「楽しいわけないじゃない」
さも当たり前のように言い放つ。
「けど、やんないわけにはいかないから。――でも『おべんきょうしなくちゃなんないから』って、こっっちの世界に遊びに来るのをやめる、ってのも面白くないから、両立させて、こっちの世界でべんきょーしてんのよ」
「…………」
レックスはしばし沈黙し、やがて、
「もう一度お聞きしますけど―――楽しいですか?」
「聞かないで」
エリは硬い声で言った。


地球か、異世界か。4巻ラストで彼女がたどり着いた答えは、一見すると拍子抜けするようなものだ。しかしまあ同時に、「成長」というものに対してとても真摯である、と言えなくもない。その後の人生で、彼女は「遊び人」のままでレベルを重ねていくのか。はたまた「戦士」や「商人」に転職するのか。最早それが語られることはないけど、完結後のエリならどんな道を選んでも自分自身を見失わず進むことができそうな気がする。



※この文章は一年前にシミルボンで執筆したものを加筆修正したものです。

*1:週休二日制が普及してる現代なら「一泊二日クエスト」とかになったんだろうか……

*2:むしろ15歳で覚悟完了してるリナの方がおかしいんだけど