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周回遅れの諸々

90年代にオタクとしての青春を過ごした人のブログです

野村美月「SとSの不埒な同盟」 「俺の嫁」持ち同士のオタカップルの幸せ 

​上のように書いたけれど、「SとSの不埒な同盟」(全2巻)の主人公もヒロインも別にオタクじゃない。この作品は、好きな人がそれぞれ別にいて、お互いの恋の成就のために同盟を結んだ男女が段々と惹かれあっていくという、大まかなあらすじだけ聞けば「とらドラ!」や「おまえをオタクにしてやるから俺をリア充にしてくれ!」に似たタイプのラブコメだ。野村のファミ通文庫での新シリーズ「楽園への清く正しい道程」も、この変種に当たる。

 

 

ただ、二人共がタイトル通りサディスティックな性癖を持っていることが、上記の作品と「SとS~」を一線を画すものにしている。

 

芸術音痴でありながら、美術部に入部した真田大輝。美術部員は仮の姿。
美術室から見える合奏部の美園千冬を鑑賞するのが真の目的。非公式な部活動、 鑑賞部員なのである。
そして、美術部にはもうひとり、絵が激烈下手な美少女の部員・ 藍本ルチアが…。
ルチアも鑑賞部員ではないかと、大輝はルチアに話しかけるが…。
ドS主人公と、ドS超然美少女が繰り広げる、ピュアラブストーリー!!

 

大輝とルチアは生粋のドSだけれど、しかし自分達の性癖があまり一般的でないことを自覚していて、好みの異性を見つけても欲望をぶつけたりせず、ひたすら遠くから見つめて膨らませた妄想を楽しむだけだった。それを部活動化したのが「鑑賞部」だ。

 

この部活の中で、初めて出会った同好の士として、彼らは大いに自分の趣味を語らう楽しさを知る。鑑賞部はやがて「対象を遠くから眺めるだけ」から、余計な邪魔者が入らないようにするため「対象を自分のものとした上で思う存分鑑賞する」と活動内容を路線変更を迫られる。互いにステディな相手ができることを意識した二人は、自分達の間にあるものが友情か恋愛感情か分からなくなっていく。しかし彼らはドS同士で、当然その性的欲求を満たしてくれるのはおどおどしていて、繊細で、弱い相手であることが望ましいのだから、異性としてお互いに欲情することはできないはずで……。

 

ダッシュエックス文庫から刊行されたこの作品は、ファミ通文庫の「部活アンソロジー」という競作企画に収録された短編を出発点としている。

 

 

このシリーズ物としての第1話は、美園千冬が、ずっと自分に熱い眼差しを向けてきていた真田大輝に告白され、でも彼はルチアのことが気になってきているので告白しただけで満足してしまい、「実は自分も大輝のことが好きなのにどうして諦めるのか」と詰め寄って、でもやっぱりフラれる、というところで終わっている。

 

この短編を初めて読んだ時の自分の感想は、「女の子を理不尽に振る展開だーいすき!」だった。ハーレムものの終盤で、一人を選んだ主人公がヒロイン候補たちに次々ごめんなさいしていく流れに、倒錯した喜びを覚える人は多いはずだ(断言)。2話以降で諦めきれない千冬が大輝に二度、三度と告白してはまたフラれる、という言わばフラれ芸が定着していく辺りは流石野村美月といった感じなのだけれど、1話時点で既に、ああ、これはそういう「恋愛の理不尽」を題材にした作品なんだな、と思ってはいた。逆に、「鑑賞部」「ドSの主人公とドSのヒロイン」はあのラストに持っていくためのギミックに過ぎないんだな、とも。

 

それが長編化すると、「性的な趣味が同じで、お互いのことをよく理解しているけど、だからこそ異性としてはまるで欲情しない相手」と「自分の性的欲求を向ける対象としてはこれ以上ない理想の相手」のどちらを選ぶか、という展開になっていったのは、物語の形式の必然的な要請というやつだったんだろうか。

 

さて、こういった作品の落とし所はどこだろう。趣味が合っても恋愛対象にはならない、だろうか。性的嗜好はあくまで性的嗜好であって、そんなものを越えたところに真実の愛はある、だろうか。あるいは、お前の性的対象として理想の相手なんてのはどこ探しても実在しないんだよもっと現実見ろよ!だろうか。

 

※以下物語の核心に触れてます

 

驚くべきことに、この小説の主人公カップルはどれも選ばない。自分たちの性的嗜好を――つまりは他の、ドS欲求を満たしてくれるような異性に相手が欲情するのを容認し、それを語らうのを楽しみながら、恋愛していく。なんだか続きがあったらスワッピング物にでもなりそうな勢い。あ、いや、でも、欲情する対象がアイドルや二次元キャラであるならば、そんなに珍しくもないのか。だからこその「鑑賞部」か? ……という感じで記事タイトルに繋がるわけです*1

 

ライトノベルでは今も昔も数多の性的嗜好が描かれている。それとは別にプラトニックな恋愛も、そこからセックスにまで踏み込んだ作品も存在する。けれど個々人の性的嗜好と恋愛のつばぜりあいを真正面から描いた小説というのは、案外珍しいのではなかろうか。こういう作品が出てきたというのは、少なくともある一面においてはジャンルが成熟したという証なのかな、なんて偉そうなことを感じたのでした。

 

 

 

*1:必ずしも「俺の嫁」=性的欲望の対象ではない、当然

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