上遠野浩平『パンゲアの零兆遊戯』 強靭な意志と固い信念が試されるジェンガ
上遠野浩平の新作は、ノン・シリーズ物のゲーム小説。講談社ミステリーランドの一作として刊行された『酸素は鏡に映らない』以来のハードカバー単行本となる*1。同じく祥伝社の、これはノベルスとして出ている「ソウルドロップ」シリーズと僅かながら繋がりがあるようだけど、そちらをちゃんと追っかけてない私でも楽しめた。今年初めに出た『
特別感受性保持者―Especially Sensitivity Totally Bringerの頭文字から“エスタブ”と呼ばれる超人たちによって争われ、その勝者の“予言”が世界経済の流れを決定すると言われる“パンゲア・ゲーム”。タワーの如く卓上に積み上げられた777個のピースを移動させ、誰が崩すかで勝敗を決する一見単純な遊戯だが、“未来視”ができる者たちが戦うとどうなるのか?この究極の戦いの場に、かつて前人未踏の連勝記録を打ち立てたあと消息を絶っていた伝説のプレイヤーが復帰、息詰まる死闘の幕がいま上がった!『ブギーポップは笑わない』の著者が贈る、究極の頭脳&心理戦!
この手のゲームを取り扱ったフィクションの醍醐味の一つは、それぞれのプレイヤーの人間性がむき出しになることだろう。そして、強靭な意思を持ち、固い信念を貫き通した奴が何よりも強い。しかし、本作ではピースをひとつ引き抜く度、その信念は本当にお前を強くしているのか? 慢心の元になってるだけじゃないのか? と問いかけてくる。
生瀬亜季は、伝説的なシンガーソングライターの
彼女には未来視の能力もなければ、固い信念もない。宇多方玲唯から受けた影響だけが唯一の拠り所だ。序盤で見せた復讐心には凄みが感じられたが、それも宇多方玲唯同様に相手を死に追いやりたいようなものか、と覚悟を問われると、「でも玲唯さんは本当はそんなことを望んでなかったんじゃないって」とお決まりの逃げ口上を口にして萎えてしまう。
一方で零元東夷は、最初からいかにもこの手の作品の強者という感じの変人として登場し、その後一切ブレない。最初のパンゲアゲームから三連続でパスするなど*2トリッキーなプレイで周囲を翻弄し、折に触れてゲームにまつわる人生訓のようなものを口にする。生瀬亜季とは全く逆の存在のように見える絶対的な強者の、自我とは、信念とは何なのか……? その辺りは直接本作に触れて確かめてもらいたいが、なんとなく、著者に「
上遠野作品の登場人物は、二種類に大別される。何らかの固い信念を持って説教する方の人間と、「ううううう……」ってうなりながらそれを聞かされる方の人間だ。前者では特に、既に死んだ人間が強い。何しろ死者に対しては反論することができないからだ。中でも
この些細な違いが、自分にとってはとても決定的なものとして自分には映った。つまるところ本作には、確固たる自我でもって強者であることを貫き通した人間など一人も、「ううううう……」とうめいて終わり、という人もいない。でもそれは、ある作品で悟りきったようなことゆってるキャラが別の作品では全然迷ってばっかり、ということが頻繁に起こる上遠野サーガを語る上では、実は今更の話だったかもしれない。