岩倉玲音が(レインが)(れいんが)(lainが)好き
インターネットがようやく普及しだした頃。常時接続すらまだまだまだおぼつかない時代に、今日のWebの――特にSNSのあり方を予言したアニメが「serial experiments lain」だ。物語は、「ワイヤード」と呼ばれるネットワークに覆われた近未来社会で、人々の繋がりのありかたを問う。ホラー風の演出にサイケな映像、突然宇宙人がどうこうといった方向に突然話が飛ぶ濃ゆ~い内容*1は多分にカルト的。ではあるものの、高い評価を受け、名作として語り継がれてきた。
今年は放送20周年! ということで、有志によるクラブイベント*2やインターネット同時視聴会、脚本担当小中千昭による当時の回顧録など、大いに盛り上がった。
かく言う私も同時試聴会に参加し、数年ぶりに全13話を観返した。「lain」という作品の魅力はいくつか挙げられる。
- ガチギークなスタッフによる、ツボを心得たハードウェア(作中では「NAVI」)やネットワークの描写。
- 登場人物はいずれも妙に実在感が強く、キャラが立ちまくっている。
- 生々しさを追求した音響が、登場人物の痛みや恐怖、不快感をダイレクトにこちらに伝えてくる。バーチャルYoutuberの鳩羽つぐちゃんがしばしばlainっぽいと言われるのは、同じ音響へのこだわりを感じられるからっていうのはあると思う。
- 番組終了後には、その後放送される天気予報「ウェザーブレイク」と絡めた提供イラスト「お天気こわれてる?」が映される。こういったものに象徴されるような遊び心は、難解な内容にどっと疲れた視聴者をほっとさせてくれた。
- 「lain」は現実が善で虚構が悪だなどという単純な二項対立を描かない。既に両者は混じり合っていて境界線など存在しないのではないか、という視点が全編を貫いている。
- にしてもネットワークに神様が潜んでる、というのはいかにもまだ「アングラ」が存在してそうだった当時の発想だよなあ。今、私の見てるネットで「神」といったらエロ画像をアップしてくれる人のことだ*3。でも、普及率ということに関して言えばあの世界のWIREDのが、現実のインターネットよりずっと高そうなのに、そういう部分がまだ残ってるってのが不思議と言えば不思議。余談。
などなど。魅力も多いが、情報量も豊富……豊富すぎるとも言えるのが「lain」という作品である。1クールとは思えない濃密かつゼンエイテキでジッケンテキな内容は、初視聴者を「あ、これ俺向きじゃないわ」と思わせるに十分だろう。ストーリーは混み入っていて、私自身理解できてるとは言い難い。それでも最初に視聴した時、挫折することなく最後まで辿り着けたのは、ひとえに主人公・岩倉玲音に魅了されたからだ。
玲音と、レインと、れいんと……。彼女は作中で様々な顔を見せる。内気な女子中学生としての顔。口は悪いけど、曲がったことには義憤を覚える人情家の顔。慈母のような、ワイヤードの神の顔。ワイヤードの悪意そのものの顔。熊パジャマだったり地味なブレザーだったり派手なキャミソールだったり、ファッションも違えば清水香里の演技もまるで別物だ。
彼女たちが玲音の別人格の表出なのか、それぞれが独立した全く違う存在なのかは終盤まではっきりしない。作中での役割も、視聴者同様ワイヤードのことにまるで無知な物語の先導役であると同時に、全てを見通す支配者然と振る舞うこともあり、作中最大の謎でもある。
映像はアバンギャルドな演出の中でも、彼女の魅力を引き出すことを忘れない。安倍吉俊が*4生みだし、アニメスタッフが育てる玲音は、目ぢからが強い。随所で瞳孔の収縮が強調されることによって、視聴者は何が起こるんだと姿勢を正してこれに注目し、彼女の瞳に、彼女という存在に引き込まれていく。そして視聴者の彼女に対する感情は、アニメ本編の内容ともシンクロしていく。
いずれにせよ、「lain」というアニメの全ては彼女に集約されていく。このアニメにハマるかどうかは「lain」というキャラにハマるかどうかと同じことだと言って過言ではない。「れいんを好きになりましょう」「れいんを好きになりましょう」「れいんを好きになりましょう……」。言われるまでもない。全13話を観終わる頃には、視聴者たちの中で彼女は特別な何かになっている。
作中でタロウくんというおませな小学生が、玲音に不意打ちのキスをかます。実況掲示板では玲音を愛し信奉するファンによって、*5罵倒コメントが多数書き込まれた。思えばあれは、私がオタクのそういうアレなメンタリティを垣間見た、最初の出来事ではなかっただろうか。
「哲学やSFなど一般的に小難しいとされるお話と、小さな女の子の組み合わせはなんかスゴイ」と言ったのは『ソフィーの世界』の訳者だっただろうか(言ってません)。本作はアニメの中で、その一番と言ってもいい成功例だ。