周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

あざの耕平「Dクラッカーズ」 おクスリキメてラリった挙句が熱血スタンドバトル

90年代後半から00年代前半のオタク文化というと、セカイ系だったり泣きゲーだったり少年犯罪だったり何かと根暗なイメージがある。実際に個々の作品を当たってみると案外そうでもなかったりするんだけど、逆にそんな時代だからこそ、健全な価値観の作品が「こんな時代なのに!」と評価されていた気もする。


あざの耕平Dクラッカーズ」も、ドラッグ・カルチャーという根暗な題材を扱いながら、シリーズ通して読むといたって健康的な価値観のラノベではあった。

通称・カプセルと呼ばれるそのドラッグには、不可思議な噂があった。曰く―飲めば、天使や悪魔が出てきて願い事を叶えてくれる、と。7年ぶりに日本に帰国した姫木梓を待っていたのは、陰を持つようになった幼なじみの物部景と、彼がカプセルを常用しているという事実。「僕は自分の意志でここにいる」記憶の中と同じ声で、でも記憶の中とは違う瞳で景は梓に囁く。「君は関わっちゃいけない」カプセルの真実の効力、それに秘められたキーワード。王国、悪魔、そして無慈悲な女王―。“鍵”がかみ合った時、梓の前に姿を表す世界とは…!?孤独な魂が疾走する、ネオ・アクション・サスペンス開幕。

ホラー色の強い龍皇杯参加作


本作の初出は1998年。「龍皇杯」という、読者が連載作を決める競作企画の一環として、月刊ドラゴンマガジンに掲載された短編だ*1。これは著者のデビュー作で、後のシリーズ全体から見ると学園ホラーとしての色が濃い。ラノベでこの種のものは珍しかったこともあって*2、結構新鮮に映ったのだけど、一方で読み切りとして完結してて、「連載したらこの後どう続けるんだろう……」と思いもした。


結局、この時連載決定したのは榊一郎の「スクラップド・プリンセス」だったのだけど。あざの初の単著である「ブートレガース」を経て、2000年、「Dクラ」はシリーズ化される。ファンタジア文庫の姉妹レーベル、富士見ミステリー文庫の創刊ラインナップの一つとして。


 禁酒法時代のアメリカを舞台にしたコメディ色の強いガンアクション。後年、緒方剛志イラストによる新装版が出たけど、私は旧版のほうが好きです。

かっこよすぎるくらいにかっこよく~シリーズ全体を通して

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シリーズ化に伴い本作は、怪しげで退廃的な雰囲気重点のホラーからストーリー重視のアクション物へと、大きく舵を切った*3。舞台は、摂取すると【悪魔】を召喚して使役することのできるドラッグ【カプセル】が蔓延している地方都市、葛根市*4。普段は根暗なメガネ男子だがその実態は伝説の悪魔使い【ウィザード】である物部景は、ある目的のため必殺仕事人ばりに他の悪魔持ち(オーナー)を狩っている。彼とバディを組むのは、軽薄なお調子者だけど情報通の水原勇次。【ウィザード】の最大のライバルは、一見粗野なヤンキーそのものだが実は頭がキレる甲斐氷太。また、景の幼馴染である姫木梓*5は景を止めるため、「葛根東のミス・ホームズ」を自認する海野千絵はカプセル撲滅のため、真っ当な人間サイドから事態に関わっていく。


見所の一つは、スタンドバトルじみた悪魔戦。物理的な力を持っているがカプセルを飲まなければその姿を確認することすら不可能。容易いことで暴走する。自分の悪魔を倒された者は精神が崩壊してしまう。個別の悪魔にも制限があり、例えば景のそれは影がなければ召喚できない……などなど、前提となる初期条件を考慮して、景と水原は他の悪魔持ち相手に時にこそこそと、時に大胆に知能戦心理戦を繰り広げる。だが景もまた一介のジャンキーである以上、ドラッグの副作用や戦闘に熱狂するのは避けられず……。そういった熱さと冷徹さのギャップにも虜になった。


アクション物として序盤のピークは、富士ミス版3巻。顔を隠して生きる孤高のヒーローの仮面がついに敵に剥がされる、というシチュをこうもかっこよく仕上げるとは。作者はハッタリとケレン味たっぷりのバトルを描くのが本当にうまい。例えば、カプセルタイプの薬ってって噛み砕く必要ないと思うんだけど、そういうツッコミをものともせず、かっこいい方を選ぶ強さも作者は持ち合わせている。二つ名とかのネーミングセンスに関してはベルゼブブとかベリアルとかケルベロスとか使い古されたものではあるんだけど、内容次第でいくらでもかっこよく聞こえる、というのがこの小説でよく分かった。


4巻以降は人間ドラマというか、それまでに確立したキャラクターがお話を引っ張っていた印象。……というか、キャラが動き出すまでにケレンとハッタリで惹きつける必要があったというか。全てはゼロジャンルになる(c)新城カズマ というか。6巻で他人との距離に戸惑う景ちゃんとか7巻で千絵が過去のために現在の仲間を蔑ろにしてるように見られ亀裂が走る人間関係とか青春小説だわーやるせないわー。


6巻はといえばカプセル封印バトルも燃え燃えだったし、シリーズ最高傑作とゆっていい。元ヒーローが過去と対峙して現在の知人たちがえっお前があのウィザードだって……!?ってザワザワしたりとかベタだけど大好き。


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この帯も、余白部分が大きいことでセリフから静かな決意って感じが伝わってきてシビレた。Dクラはどれも帯のセリフのチョイスよかったな。

メインヒロインの可愛さ←大事


ラノベなので、ヒロインの話をする。作中で一番可愛いのが景ちゃんこと物部景だということに、異論がある人はいないだろう。普段は陰気だけど決める時は決める、中性的なメガネ男子、しかも最強キャラというだけで私の中の女子中学生が喝采を上げるのに、甲斐氷太のようなヤンキーに冷笑的な態度を取ってたかと思いきや、退屈な日常を吹き飛ばしてくれる何かを求めるその姿に共感したり。とある相手が見つけやすいからとか何かさぞかし曰くあるアイテムだと思われてたウィンドブレーカー*6が、単にかっこいいから着てるだけだったり。たかだかイチ地方都市のドラッグマーケットの中でドヤ顔で古参ぶったり。人付き合い苦手なのに場を支配する技術がどうこうとか言い出しちゃうのもたまらない。


唯一不満だったのは、メインヒロインの景ちゃんと主人公のファーストキス*7が外伝短編集のワンオブゼムで披露されて、それが初期の作品だったために半ばなかったことになってないかこれ? って思ったこと。双方ともその後全く引きずらずないってどうなの絶対心臓バクバクだったでしょうに景ちゃんこれだからL・O・V・E!リニューアル*8。以前の富士ミスは!


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……ジャンキー小説だなんだってゆっても、結構L・O・V・E!度数高いよなDクラ。でもそれを前面に押し出さなかったのが、女性ファン獲得に功を奏した気もする。

他作品との比較


本作が刊行された頃と言えば「ブギーポップ」で電撃がイケイケムードだった頃だけど。都市伝説の怪人、ホラー発能力バトル物経由の青春小説、セックスアンドドラッグ、あくまで普通人としての正義の味方女子。刊行当時表面的な要素だけ見て、電撃大賞の後輩たちよりよほどブギポ以降っぽいと思ったなあ。


かどちんが秘めてる熱さを、あざのんは根暗なとこもあるけどストレートに解放してる感じ。能力バトルはブギポというより「メガテン」の影響が大っぽい。同じく富士ミスから発売された「メガテン」のアンソロジーにも寄稿している。「ジョジョ」のことを仄めかしてたりも。



……富士見的には「ブギーポップ」より「ザンヤルマ」か。武闘派幼馴染とその尻に敷かれる男子的な意味で。あずにゃんとの過去は「ヨスガノソラ」を連想した。もしくは改蔵とウーミン。あれを許せる景ちゃんマジヒロイン。あずにゃん米国でも孤独だったみたいだけど、それが現在の明るい姿と結びつかないとこはある。


終盤の展開にはエイエンはあるよ……ここにあるよ……という鍵ゲー的なアトモスフィアを感じたけど、作者の大学時代の卒論が春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』らしいので、こじつけるならそっちかな。

海野千絵の倫理観


さて、龍皇杯版から始まって色々語ってきたわけだけど、シリーズ化にあたり一番でかかったのはドラッグを否定し、古典的な道徳を振りかざす美少女探偵で、彼女の存在が、この作品をセカイ系ならぬ社会系にしていた。


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【カプセル】っていうのは、子供の他愛ない、しかし切実な空想の産物であり、社会からドロップアウトしたヤンキーどもの刹那的な快楽であり、ひきこもりインテリオタクの妄想の果てにあるものだ。また象徴的なのがその三者というだけで、【カプセル】の誘惑は万人にとって抗い難く作用する。


しかし海野千絵は、彼女だけは決然とそれを否定する。登場人物の中で彼女だけがまともな、というか模範的な親の存在が明らかになってるのは分かり易い。この美少女探偵は、健全な社会の申し子だ。しかし今はまだ一人の高校生でしかなく、一見彼女が勝ったように見える終盤の展開も、実はその時点での彼女の限界を露呈している。また社会の寄生虫を憎む彼女こそが、時々積極的に司法を初め社会のお目こぼしに預かってるように見える、まで言うとまあ性格悪すぎか。


一方で古参だなんだと言ってようが所詮ジャンキーと自嘲し、自分の本音を否定せず景ちゃんたちと馴れ合うことをせず姿を消した甲斐の旦那をかっこいいと思ってしまうのは、まあ、うん。


7巻では頑張ってたけどね千絵スケ。――というかあずにゃんが6巻のあのヒキで容赦無く景ちゃんへの想いを忘れたり主人公と心通わせるヒロインの役目を水原が担ったり女王と魔法使いの役割が景ちゃんと逆転してたり色々意表を突かれた。――でも最後の最後であれ、というのは理屈より大事なことがある、ということなのかなんなのか。海野千絵がいつの日か、ディーベートであいつに勝つ日は訪れるんだろうか。

完結後

富士ミス版「Dクラ」は、2004年1月に本編10冊外伝2冊の計12冊で完結した。このシリーズの好評を得て、あざのはファンタジア文庫の方で「BLACK BLOOD BROTHERS」という吸血鬼ものをスタート。イラストが「オーフェン」完結間もない頃の草河遊也という時点で編集部の期待のほどが伺えるが*9、それに応えて人気作に。「ファンタジア文庫の萌えとかないやつ」「ファンタジア文庫の女性読者も読むやつ」的な路線で勝利した。 現在はTVアニメ「K」の原作・脚本などもこなしつつ、「東京レイヴンズ」を刊行中。


これらがつまらなかったわけじゃない。ただ健康的になり過ぎたというか、コメディを描くにしても「ブートレガース」はもうちょっとこう洋画っぽいノリだったというか、自分の中の厨二マインドに響くものがなくて、なんとなく作者買いするのはやめてしまった。「Dクラ」の台詞に「ジャンキーは日に三度の飯が基本」っていうのがあるんだけど、健康か不健康かのギリギリどっちともつかないところを綱渡りしてる感を表してる気がして好きだったんだけど、今は大分健康寄りになった感じ。「BBB」とか、多分読破すればしたなりの満足感は得られるとは思うんだけど……。



一方で、2007年に発売された新装版の末尾に付け足された完全新作「Dクラッカーズプラス 世界-after kingdom-」や、2013年の冬コミで完結後10周年を記念して頒布された「Dクラッカーズ 記憶-the 10th anniversary-」*10にはあの頃自分が感じた、熱さがそのままに描かれている。


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「世界」の方なんか、作品を支えてた【カプセル】という設定を根本から別のものに置き換えてるんだけど、それでもかっこよさは変わらない。そのことがかえって歯がゆくもある。


あ、でもファンタジー世界の音楽家を主人公にした「ダン・サリエル」シリーズはわりとよかった。ライト文芸でお仕事小説書いたら、案外売れるんじゃないかしら。



……今年2016年、中央公論社が創刊したエンタメ系文芸誌「小説BOC」にて、あざの耕平は「ダーティキャッツ・イン・ザ・シティ」という連載をスタートさせた。朝井リョウ伊坂幸太郎茅田砂胡森見登美彦といった他の執筆陣を見ても今までとはやや異なるフィールドの仕事だけど、それだけに一周回って自分の好きな、あるいは嗜好に関係なくとも自分を熱狂の渦に叩き落とすあざの耕平が見られるんじゃないか、とほんのり期待している。


*1:後に短編集に収録

*2:とはいえ当時は「リング」「パラサイトイブ」などで和製ホラーブームが訪れていて、ラノベに限らず角川全体がホラーを推していこうとしていた節はあった、と後に作家の小林めぐみは語っている

*3:先程ホラーについて述べたが、富士ミス創刊時には「謎解きのスリル、手に汗握るサスペンス、身も凍るようなホラー」と一応レーベルの扱う範疇には入っている

*4:主人公たちの通っている高校が「葛根東」で「かっこんとう」と読めるのは偶然だろうか……

*5:中盤以降出てくる彼女は「あずさ2号」っていうダジャレ?

*6:あれは宮下藤花のスポルディングのバッグみたいな日常の中に非日常を見出すアイテムなので、イラストで全然ウィンドブレーカーに見えないとかゆってはいけない

*7:「カプセル」を飲むという設定から、未読の人でもどのようなキスかは想像つくでしょうか

*8:富士見ミステリー文庫は当初レーベル名にある通りミステリー小説の叢書としてスタートしたけど、いまいち売上がふるわなかったのか、キャタクターの恋愛模様を描くことを強化している。これがいわゆる「L・O・V・E!寄せ」である

*9:草河先生のところに富士見の編集が幾つか企画を持ってって、氏がやりたい作品を決めてもらうコンペをして、その結果BBBが選ばれたって話、どこで聞いたんだっけか

*10:「Dクラ」は旧版刊行当時から作中時間と現実時間をリンクさせるということをやっていて、「世界」は完結から4年後の、「記憶」は本編の名場面を別の視点から描くショートショート集なんだけど、少しだけど10年後の彼ら彼女らが描かれている