周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

「オーフェン」新シリーズの発端「あいつがそいつでこいつがそれで」10周年に寄せて

以下の文章は、筆者がコミックマーケット94で発行した同人誌「秋田禎信1992-2018」のために執筆したものです。ブログ掲載に当たり一部加筆修正をしています。


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秋田禎信全著作レビューを書こうと思い立った時、ふと、「全」とはどこからどこまでを指すのか悩んだ。商業ラインに載ったものだけか、特典の類いはどうするのか、シリーズものは何冊出てても一作としてまとめるのか。結果的には、商業出版物オンリーで、シリーズものについてはこれはここまでで区切れるだろうというような、筆者の恣意的な区分けになってしまったわけだけど……例外的に、このレビューだけはどうしても書いておきたかった。  


「あそこそ」は、「魔術士オーフェンはぐれ旅」新シリーズ一作目「キエサルヒマの終端」の、初出時のタイトルである。作者のサイトでひっそりと始まった本作は書籍化され、TOブックスでの新展開に繋がり、やがては再アニメ化までたどり着く。この新シリーズについてはまた別に書いているので、レビューの対象範囲が一部被ることになる。だからこれは作品自体というより、それを私たち読者がどう受け止めたかというような体験談だ。


この小説の構想自体は第二部のエピローグとして、旧シリーズの完結当時――2003年時点から存在したという。結局書かれずじまいだったそれは、富士見書房二十周年企画として執筆され、でも今度は企画の方が流れてしまい、原稿がお蔵入りになってしまう。紆余曲折を経て、2008年、秋田が公式サイト「モツ鍋の悲願」の雑記で無料公開することになったのは、最近あんまり雑記を更新できてなかったのでその穴埋めに、ということだそうだ。「モツ鍋」自体は更新されなくなって久しいが、現在も「あそこそ」は当時の形のまま読むことができる。


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 http://www.motsunabenohigan.jp/oldnote/oldnote.htm (2008.09~2009.04)


キエサルヒマ大陸を覆う結界を魔王の力によって取り払ったオーフェンは、大陸の外に出ることを決意する。目的は、借り物のの力を本来の持ち主である魔王スウェーデンボリーに返すこと。旧シリーズのラスト、病院でオーフェンの旅立ちを見送ったクリーオウは彼を追い、他にも何やら懐かしい面子がたくさん彼の周囲に集まってくる。次々に明らかになる新事実、クリーオウのネオ相棒としての覚醒、無謀編のヒロイン・コギーやキースまでがはぐれ旅の流れに合流するなど、見処満載の作品になっている。


内容以外のポイントは二点。まず、毎日連載だったこと。内容自体が既にお祭りと呼ぶに相応しい作品だったことに加え、連日投下される情報に界隈は沸き立ち、半年間話題が継続した。流行の移り変わりが激しいインターネットにおいては、これは大したものだと思う。まだ「小説家になろう」のようなネット小説が今ほど猛威を奮っていない当時、それはとても新鮮に思えた*1


次に、キャラクターの名前がタイトル通り「あいつ」「こいつ」「そいつ」といった代名詞に置き換えられていて、一種のクイズ形式になっていたこと。これは版権の問題もあったのだろうけど、恐らくは本人も予期しない効果を生む。当時旧シリーズ完結から五年が経過していた。内容の記憶が薄れ、誰が誰やら分からない読者は、同好の士が集う掲示板などを訪れ、新設定の考察も含め、情報を吸収する。ああでもないこうでもないと意見を戦わせ、推しの結婚妊娠が明らかになると、仲良く阿鼻叫喚した。日付が変わると同時に更新されるので、毎日00時ちょうどに! ファン運営のものとしては驚異の情報量を誇るwikiサイト「オーフェンペディア」もこの流れで開設されたのだろう。管理人さん御本人に確認したわけじゃないけど、多分。 


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 魔術士オーフェン百科事典 オーフェンペディア


重要なのは、担当編集者などが介在せず、秋田自身がこういった形式を選んだという点だ*2。それまで自分は、秋田がファンサービスというものから遠い作家だと思い込んでいた。「火の粉」や「エンハウ」などのようなテーマ性の強い作品にこそその本質があり、どちらかというと自分のやりたいことを追求するタイプなのだと。「あそこそ」はそういうイメージを根底から覆すものだった*3。「あそこそ」を「秋田禎信BOX」として書籍化し、書き下ろしのプレ編*4を付け足そうという話になった際にも、どういった話を書いてほしいか読者からアンケートを募ってたりしていた。



今まで挙げたような形式は単なるエンタメの一要素、ファンサービスにとどまらず、ファン同士を結びつける役割を果たす。その中には人生に影響を与えるような大切な出会いもあった。「あそこそ」の第一回がモツ鍋に掲載されてから、今日で10年。あの熱に浮かされたような半年間は既に過去のものとなりつつあるが、私は今も当時の繋がりのなかで生きている。


*1:「ソード・アート・オンライン」の書籍化がちょうど「あそこそ」連載の完結した2009年04月から

*2:多分

*3:実際は「シャンク!!」のキャラクター募集などそれ以前から読者参加型の企画みたいなこともやってるのだけど

*4:オーフェンの少年時代を描く前日譚