「文学少女」シリーズの野村美月は、エロゲ「仰せのままに☆ご主人様」のシナリオライター村中志帆だった
エロゲのシナリオライターとラノベ作家はそこまで遠い関係ではない、と思う。だから、自分が好きな作家が別名義でシナリオを担当したエロゲを知らず知らずのうちにプレイしてた、なんてこともまああるかもしれない。でも、そっち方面の数をさしてこなしてるわけでもない自分が、あの野村美月の数少ない担当作をプレイする確率ってのはどれほどのものなんだろう。
あとがきに書いた「✖︎✖︎はダメ!」と言われた企画は、これまた別名義で書いていたゲームで提出したものでした。ゲームのお仕事は最初から最後まで一気に書けるのが気持ちよくて大好きでした。こちら↓のお話は特に思い入れがあります。 pic.twitter.com/D4EESHGa3P
— 野村美月 (@Haruno_Soraha) 2018年8月17日
ずっと、こちらのノベライズをしたいと熱望していたのですけれど、メーカーがすでに解散していたり、シナリオをフロッピーディスクで保管していたのをうっかり全部処分してしまったりで、無理そうです😣 ちなみにゲームは年齢制限有りなので18歳以下のかたは検索NGですよ。
— 野村美月 (@Haruno_Soraha) 2018年8月17日
野村美月は2001年に『赤城山卓球場に歌声は響く』で第3回ファミ通エンタテインメント大賞*1小説部門〈最優秀賞〉を受賞してデビュー。その受賞作に始まり、初手からいきなり3ヶ月連続刊行(それも全部別のシリーズ)と彼女の船出は華々しく、売り出す側の期待の高さが伺われた。しかし、それに反して売り上げは伸びず……2006年、ガラリと作風を変えた*2「文学少女」シリーズでようやくブレイクする。著者曰くどのシリーズも1巻は売れるんだけど2巻目以降がダメだったのが、「文学少女」は逆に右肩上がりに伸びていったそうだ。このシリーズはタイトル通り古典文学への入門ラノベとして唯一無二の地位を築いている。公共図書館、学校図書館が率先して購入するラノベは本作かキノかってくらい。多分*3。
今回、野村がシナリオ担当作として挙げたのは【桜月】というレーベルの「仰せのままにご主人様」。エロゲー批評空間のデータベースによるとシナリオライターとしてクレジットされているのは【村中志帆】のみなので、これが野村の別名義ということで間違いないのだろう。村中のキャリアは以下の通り。
発売年月 | レーベル | タイトル | 備考 |
---|---|---|---|
200611 | Princess Soft | 保健室へようこそ(PS2) | コンシューマ移植版。牧ひろあきと共同 |
200609 | 桜月 | SilveryWhite ~君と出逢った理由~ | 御子石大郁、織田濃子と共同 |
200605 | BunBun | 保健室~マジカルピュアレッスン♪~ | - |
200511 | 桜月 | 仰せのままに★ご主人様! | - |
200407 | Princess Soft | 3LDK ~幸せになろうよ~(PS2) | 御子石大郁と共同 |
200403 | DEEPBLUE | DEEPBLUEファンディスク 11人の胸キュンLOVE! | 同レーベルの二作のゲームの外伝を収録。御子石大郁と共同 |
200312 | ソフガレノベルズ | 3LDK(1) 日菜&のえる編 | ノベライズ |
200306 | DEEPBLUE | 3LDK | 御子石大郁と共同 |
デビューから二年後~「文学少女」で人気が出てブレイクする直前くらいまでに集中している。この間、表名義での仕事が殊更に減ってたってわけでもないのだが*4、糊口をしのぐというか別の業界で活路を見出すみたいなところはあっただろうか。
中でも評価が高いのが「仰せのままにご主人様」だ。私が本作をプレイしたのは発売からしばらく経った頃。確かよさげなメイドゲーを探してて、これに行き当たったんじゃなかったかな。
主人公神谷欧介は、若くして大企業を率いる財界のプリンス。頭脳明晰、容姿端麗、運動神経抜群と何をやらせても一流だが、その性格は傲岸不遜の一言。ある日、彼はパーティーで出会ったお大尽たちに、「地位ある者はデキるメイドを抱えてこそ、でなければ一流とは言えない」と笑われる。ずっと一人で生きてきた欧介だが、この言葉に憤慨し、高原に建てられたお屋敷でメイドを募集することにした。
最初にプレイした当時、野村名義の作品に触れてたかどうかは覚えてない。でも今ははっきりと分かる。これは紛れもなく野村美月の作品だ。
メイドたちを一流に育て上げようと息巻いていた欧介は、ファーストコンタクトでいきなり鼻をへし折られる。相手がご主人様だと分からなかった暴力メイドには痴漢呼ばわりされてモップで殴られ、無表情ロリはこちらの言うことをまるで聞かず悠々と森に絵を描きに行き、中には仕えた相手を絶対に「いい人」に変えてしまう伝説のメイドなんてのもいて、彼女に笑顔を向けられると何故か強く出られない。それでも欧介はくじけず、サウンド・オブ・ミュージックばりに事あるごとにメイドたちを笛で呼んで、ふんぞり返る。犬猿の仲として始まった欧介とメイドたちの関係は振り回し振り回され。しかし、日々の喧騒の中で徐々に縮まっていく。ドタバタコメディーとハートフルなストーリーの合わせ技は、著者が「一番肩の力を抜いて書ける自分らしい作品」と語っていた「ドレスな僕~」辺りを思い起こさせる。
本作は、主人公の成長に主眼が置かれている。序盤で明かされる、昔、学生の頃に付き合っていた未亡人が妊娠して、若さゆえに親になることが怖くて「堕ろしてくれ」といってしまうエピソードなんてかなり引いてしまう。まあそういうところも「文学少女」シリーズの野村美月らしいと言えなくもないのだけど……そんな彼が変わっていくのが一つの見どころである。未亡人が遺した娘・野々花の存在が、主に欧介を柔らかくしていく。
ハートフルな作風に似合わず、この手のシナリオゲーにしては、エロも結構ガッツリ。主人公の性格が性格なので基本的に攻め攻め。ティーンズラブ系少女漫画的なムーヴ。でも男装女子を女性だと気づかず押し倒しておいて「前立腺が見つからないな」はないと思う(男だと思ってたので、BL本で事前にあれこれ勉強していた)。
さて、野村美月と言えば物語を終わらせる事にあたって余り物のキャラを残さないことで有名だ。自作のカップリング厨であることに関しては、読者の追随を許さない。彼女はただ自分が生んだキャラクターに幸せになってほしい一心なのだろうとは思う。そんな彼女がガチのハーレムエロゲを書くとどうなるのか。その答えがここに作品として既に存在する。これでハッピーエンドで終わったと思ったら、さらに一歩踏み込んだエピローグは一見の価値があるだろう。
……一時期は月刊野村美月というくらいにハイペースな刊行を続けていた野村だが、この2年くらいはアンソロに一本短編を寄稿した以外は半隠居状態が続いていた。twitterであげているスイーツ店のレポは、「なるほどこの人は遠子先輩の生みの親なんだなあ」と納得のいくものではあるけど*5、新作は遠そうだ。そんな状況で発表されたこの別名義、ファンの人は食いついてみてはいかがだろうか。「3LDK」「DEEPBLUEファンディスク」「仰せのままにご主人様」「SilveryWhite」は幸いなことにダウンロード販売もされているようだ。村中名義の他に、今井楓人名義で発表されたラノベ「救世主の命題」は今、ちょうどkindle版が半額。それと「3LDK ビジュアルワークス」にはスタッフインタビューが載ってるそうなので、そこで何らかの新情報が得られるかもですね。⇒10/10追記:読みました。この時点でエロゲはシナリオ書くどころかプレイしたことすらなかったけど、きみづか葵先生の原画に惹かれて依頼を快諾したそう。