周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

「ひだまりスケッチ」 萌え4コマ的日常の中で描かれる成長

ひだまりスケッチ」第10巻を読んだ。実に4年ぶりの新巻だ。その間に私の読書環境は紙の書籍から電子版中心に変わり、今巻もkindleで購入した。時の流れって本当あっという間ですね。漫画の中では、ゆのっちと宮ちゃんは3年秋の文化祭を終え、いよいよ美大受験が近づいてきている


「ひだまり」を簡単におさらい


この漫画は「まんがタイムきららキャラット」で2004年から始まった。作者は蒼樹うめ。当時のインターネットでは、エロゲーメーカー「ねこねこソフト」公式サイトの4コマ漫画「諸葛瑾」の担当として認知されていたように思う。「ひだまり」は2007年には新房昭之・シャフトによってTVアニメ化。後に続く「きららアニメ」の礎ともなった。この作品の縁がなければ「魔法少女まどか☆マギカ」も生まれなかっただろう。


ひだまりスケッチ Blu-ray Disc Box

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  • 発売日: 2012/07/25
  • メディア: Blu-ray


ストーリーは、主人公ゆのっちの高校入学から始まる。彼女が選んだのは「美術科」のある「やまぶき高校」。親元から離れて一人暮らしを始めたのは「ひだまり荘」というアパートだった。美術科の中でも変わり者が集うという噂のここで、親友の宮ちゃんや先輩の紗英さんヒロさんと出会う。


……「変わり者が集う」とは漫画内のキャッチコピー(?)だけど、実のところ漫画キャラとしてはそこまでぶっ飛んではいない。変わり者成分の7割くらいをコスプレ好きの吉野屋先生が担ってるんじゃなかろうか*1。高校の美術科という変わったところに通う子たちはどんな生活を送っているのか。森見登美彦が京大をオモチロおかしく描いたような、そんな読み味を期待するとパンチが足りなく感じるかも。

一風変わった「美術科」に進学した普通の女の子


ゆのっちは、中でも普通の子として描かれている。小学生に間違えられるくらいちっこいのが特徴だけど、それ以外はきわめて普通の女の子だ*2。絵の才能も、やまぶきではそこまで飛び抜けてはいない。


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人とは少し違う進路を選びながら、ゆのっちにはこれといって志望動機がない。「明かされていない」が正解か。やまぶきは昔から憧れだったと言っているし、授業態度からも向上心があることは伺える。ただその核となる部分が見えない。


多分、この漫画は芸術で何かを成し遂げたり失ったりする物語として始まったのではないのだろう。「美術科」もあくまで日常を彩るスパイスの一つに過ぎない。序盤はそんな印象を受ける。


……それがシリーズを読み進める内、ゆっくり、ゆっくりと印象が変わっていく。

やまぶきでの数々の出会いと成長


一番最初にそれに気づかせてくれたのは、資材置き場に捨てられた、菜の花の絵の存在。それは親御さんの仕事の都合でやまぶきをやめざるをえなかった生徒の置き土産だった。こんなにうまい絵が描ける人なのに、どうして……それに比べて自分は……。思わずゆのっちは我が身を顧みてしまう。しかし、やまぶきをやめても絵の道を諦めたとは限らないはずだと宮ちゃんに諭され、わたしも頑張らなきゃ……と自分を鼓舞する。


たとえば、今は映像方面に進んでいるOBに「あなたの夢は?」と聞かれて、自分の中にはっきりとした夢が存在しないことに気づく。身近には、既に小説家としてプロデビューしている紗英もいる。「自分の小説は挿絵も自分で描きたい」『本当にイメージ通りのものは自分にしか描けないから」という夢のために美術を勉強している彼女の存在は、ゆのにとって大いに刺激になってるだろう。


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文化祭の個人展示は自由課題だったけど何に取り組むか決められず、締切ぎりぎりに。徹夜で仕上げようとするも間に合わず、中途半端な出来の自作が展示されてるのを否応なく目の当たりにさせられる


ある日のデッサンの授業ではモチーフが多すぎてうまく行かず、「自分は何のために描いてるのか」「趣味で描くなら誰とも比べられる心配はないのではないか」とぐるぐるエンドレス自問自答に陥ってしまう。元々、自分の才能がないことを自覚し、それについてアレコレ悩んでしまうゆのっちではある。その度、周りの人たちに助けられてきた。


学校生活では色んな人との出会いがあり、イベントが、課題があって。その一つ一つに、時に凹んで、笑って、泣いて、調子に乗って。彼女は絵を描くことと向き合い、成長していく。

萌え4コマ的成長論


この手の「萌え4コマ」には、「終わらないモラトリアム」「成長が描かれない」という批判が頻繁に寄せられる。「けいおん!」大ヒット直後は特にそうだった。また起伏ありまくりの「まどマギ」の大ヒットは、同じキャラデザの「ひだまり」の「何も起こらない日常」感を強調する結果となった。「あのほのぼの漫画ひだまりスケッチ蒼樹うめのキャラがこんなひどい目に!」という風に*3



だが、少なくとも「ひだまり」に関しては、変わらない、成長が描かれてないなんてことないと思う。一歩進んで二歩下がって、を地で行くような作品と主人公なので気づかれにくいかもしれない。でも、みんな確実に変わっていく。


6巻で進路に悩んだヒロさんは、美大に進んで教職取ってあわよくばやまぶきの美術教師になりたいと言い出す。これに「その時のやまぶきには紗英さんもゆのさんたちも居ないけど大丈夫?」と指摘したのは吉野屋先生。「変わりたくない」「いつまでもみんなと一緒にいたい」ヒロさんの内心を看破したこの台詞は、かなりの火の玉豪速球だったと思う。ひだまり荘の精神的支柱であるヒロさんがそうした弱さを持ってることも驚きだった。


一方、同じ巻では、夏休みに自堕落な日々を送っていたゆのっちが宮ちゃんに「何もしないまま夏休み終わっちゃうよー?」と苦言を呈されてたりして。2年生で楽しいことばかりにかまけて向上心が薄れていくのもリアルと言えばリアル。


「ひだまり」の、そしていわゆる「萌え4コマ」の特徴を挙げるなら、これらがあくまで日常の中の一風景に過ぎないということだ。普通のストーリー漫画と違い、重要な分岐点となるイベントであっても、コマ割りの上では他の日常と同じように当たり前に流れていく。


ゆのっちが大恋愛をしてそれが絵に投影されたりだとか、やまぶき高校の代表として全国の学校の美術科と競い合ったりだとか、巨大ロボットのパイロットとなって戦争の中で貴様を殺して人間的に成長したりだとか、そういったことも起こらない。


彼女たちは、あくまで日常生活の中で成長していく。コンクールで高評価をもらってその時は有頂天になっても、夕ご飯を食べて、お風呂に入って、寝てしまえば、また日常が始まる。今までと同じようで、でも少しだけ違う日常が。

15年かけてたどり着いた先


「ひだまり」連載開始から15年が過ぎた。この数年は「がっこうぐらし!」や「ゆるキャン△」など、普通のストーリー漫画も売れている。既にきらら=萌え4コマという時代でもない。


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※きららのアニメ化タイトルをまとめたもの


その間も「ひだまり」は変わらず、小さなコマの一つ一つに日常を描いてきたわけだが……水滴で岩を穿つようなこの物語形式は、描く側としては想像以上に苦しいものだったかもしれない。


10巻が出るのがここまで遅かったのは、つまり休載が相次いだのは、直接的には「まどマギ」関連や「微熱空間」といった他の仕事に手を取られたのが要因だろう。しかし、やまぶき高校でのゆのっちたちの生活をどう締めくくるのか、物語の結末への苦悩も大きいように思える。




萌え4コマブームの起源の一つ「あずまんが大王」は、当時大人気を博しながら、高校生活3年間を全4巻でスパッと締めてみせた。湿っぽさのない、カラッとした終わり方だった。作者が終わり方に悩んだかは一読者には知るよしもないが、少なくとも3年の連載期間を立ち止まることなく駆け抜けていった。……しかし、誰も彼もがあずまきよひこになれるわけではない*4


あずまんが大王 全4巻完結(Dengeki comics EX)

あずまんが大王 全4巻完結(Dengeki comics EX)


ともあれ、4年ぶりの新刊は発売された。この巻の見所は、なんといってもゆのっちが宮ちゃんのへの劣等感を露わにしたことだ。宮ちゃんは、コンテストで自分よりゆのっちのほうが上位で悔しいと口にする。それを嬉しく感じた自分に、ゆのっちは初めて彼女の中にあった感情を自覚する。


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「あのね…宮ちゃんが『悔しい』って言ってくれたの… 私… 『嬉しい』って感じちゃって…」
「私やっと…ちょっと宮ちゃんの近くに来れたのかなって… 一緒…に…」


宮ちゃんについては、連載初期から図抜けた美術センスを持った子として描写されてきた。一方のゆのっちは自分の才能についてアレコレ悩む性質である。同じ学年、同じクラスで実力差を意識させられることも一度や二度ではなかったはず。なんかもう今や当たり前のように同衾している二人ではあるけど、物理的距離が近ければ近い分だけ、彼女の存在が遠く感じられただろう。そして大好きな親友だから、大好きな「絵」という分野で近づけない自分を歯がゆく感じていたのかもしれない。


宮ちゃんは内心を吐露するゆのっちを抱きしめながら、返す。


「ずっと隣に居るのに~ ゆのっちはそう思ってなかったんだ」
「…うん 思えてなかったみたい… …だって…宮ちゃん遠くって…」
「そかー」
「仲間だしライバルだよ~? 一緒に受験がんばろ~?」


「仲間だしライバル」思うに、このくだりが書かれるために15年かかったのかもしれない。特定の誰かに追いつきたいという競争心――。これによりゆのっちは、平和なひだまり世界で、ようやく美大受験という競争への実感を得た。


そして得たからには物語はきっと停滞しない*5。新キャラ:五十嵐さんという新たな戦友も得て、「ひだまりスケッチ」は終わる。今すぐではないけど、きっとそう遠くない将来に終わる……


*1:吉野屋先生別にひだまり荘に住んでないし

*2:お前に普通の女の子が分かるのか、とかゆわないで……

*3:でもゆのっちって結構頻繁に曇るので、あのキャラを俺も曇らせてみたい! っていう願望はむしろわかりみが深いんですよね

*4:その必要もない

*5:いや別に今までも止まってたわけではないけど