「クッキングパパ」を1000話まで読んだ時の感想
1000話無料の時に読んだので今さらながら。アニメは観たことなくて、原作漫画は「モーニング」に載っててもおおむね素通り。そんな私がこの作品に持っていたイメージは「コワモテだけど優しいお父さん・荒岩一味が料理で日常の諸問題を解決していく、心温まるホームドラマ」だった。そして読み始めてしばらくはこのイメージが覆されることはなかった。
サザエさん時空を採用しないがゆえに
転機は40巻に入った辺り。ちょうどアニメが放送されていた辺りの巻数で、おや? と思った。定年退職、転職、失恋からのUターン、近親者の痴呆症……。いずれもポジティブとは言い難いエピソードが目立つようになってきたのだ(初期からそういうネタもあったけど自分の目につかなかっただけかも)。
「クッキングパパ」のキャラは普通に歳を取る。この手の長寿漫画にしては珍しく、サザエさん時空を採用していない。連載開始当初小2だったまことが1000話時点では大学生として寮生活を送っている。これだけ時間が経てば人生いろいろ。出会いあり別れあり、成功も失敗も嬉しいことも悲しいこともあるだろう。
本作は基本的にほのぼの漫画だけど、そんな人生における山や谷も無視しない。時に厳格に、時に優しく、真正面から描く。だが決して悪いようにはならない。
752話「肝汁でお疲れさん!!」は荒岩の上司である大平課長のエピソード。彼は定年退職後、蕎麦屋の道を選ぶ。開店当日の朝、まだ見ぬ一人目の客を待ち店の入口をじっと見据える大平夫婦の背中……という構図は、セカンドキャリアへの不安と期待その他諸々の入り混じった感情を見せつけられ、作者の漫画力の高さを実感した。1000話まででベストEPを挙げろと言われたら私はこの回を推す。
特に印象深いエピソードは
以下に羅列していく。
- 396話「グッバイ マイ ラブ他人丼」は「クッキングパパ」ではやたら多い、実らなかった恋を描くホロ苦エピソード。他にこの種の傑作としては729話「 甘くやさしいいとこ煮」、788話「チョコレートボンボンで酔っちゃおう!!」などを推したい。失恋系EPはどれもハイコンテクストでちゃんと理解してるとは言い難いのだけど……
- 401話「愛情たっぷりトリカワギョーザ」はいつも仲の良いい荒岩家とは対称的にサバサバした関係の家族が登場させた上で、こういうのもいいよねと肯定する。決して荒岩家だけを理想の家族像にはしないこの姿勢。
- 594話「(秋のピザ特集3)包みピザ」ではチーズが苦手な父親が、娘が作り孫が美味しい美味しいと言って食べるピザを自身も美味しそうに食べる。でもそれでチーズへの苦手意識を克服したって話に安易に流れないのが好感度高かった。「嫌い」「苦手」を「好き」に変えるばかりが料理漫画ではないんだな。
- 漫画的技巧という意味では「肝汁でお疲れさん!!」とタメ張るのが715話「 母のチュロス」。痴呆症の母親を前にした息子が表情を笑顔から一切動かさず、それでも演出で感情を読み取らせる技巧がすげえの一言。
- 734話「美しくやさしくうまいうのはなあえ」は真っ当に社会人してる父親と違って自由で豪放磊落な叔父に憧れる少年が不意に叔父さんの泣いてるところを垣間見てしまう話で、読んでるこっちもドキドキした。
- 意外と異色の作品だと思うのが873話「うまさびっくり!! シメサバサンド」。本作にしては珍しくプロの料理人としての矜持、譲れない一線が描かれているのが印象深い。
単発回ではないけど、明るく元気で仕事もバリバリこなすけいこちゃんが仕事と家事子育てなどの両立に悩み何かと曇らされる系EPも好きです。あと種子島ちゃんが遠恋で色々黒いものが溜まっていってる気がしなくもないので工藤くんは早くプロポーズしろって思いました(100話以降でしてるらしい)。
多彩なエピソード群を支えるものとは
……上に挙げた通り「クッキングパパ」のお話はバリエーション豊富だ。巻が進むにつれてますます多彩になってきた。ではその多彩さを支えてるのは何かというと、料理に対するハードルの低さなんだろう。
アマチュアである荒岩が店の厨房に入って調理を始めても誰も咎めない。旅行先でもどこでも美味しいものに出逢えばそれを再現してみようとする。そうして習得した調理技術を家族や友人同僚、哀中の会(哀愁の中年の会)や老人料理教室でおすそ分けする。すると今度は習った側が彼らの友人知人家族に料理を振る舞うエピソードが生まれる。振る舞われた側も料理を始める。長年の連載でそうした流れが出来上がっている。
依然荒岩家が話の中心にいるとは言え、既に「クッキングパパ」は荒岩一味だけではなくなった。作中で料理をする彼彼女全員にゆるい繋がりがあり、主題はあくまで日常の諸々ではあるものの、「ホームドラマ」というにはちょっとものすごい相関の規模になってきている。長年連載を続けた先にしかたどり着けない空間がそこにはあった。
しかしいくらハードルが低いとは言え、残業の合間を縫って家に帰って料理、旅行に行っても料理、休みの日も料理ってバイタリティすごいよね。料理は体力、という言葉をこの漫画を読んでいてつくづく実感します。