桂正和「電影少女」が性の目覚めでした
80年代後半~90年代前半に小学生だった私は、「週刊少年ジャンプ」に対してちょっと大人向けというイメージを持ってた。
不良物の「ろくでなしBLUES」、不気味な絵柄の「ジョジョ」、サスペンスホラーの「アウターゾーン」……。いずれも、まだ自分には早いような気がして、ドキドキしながらページをめくるか、怖くて読み飛ばしたりしてた。それ以外にも「幽遊白書」とか「スラムダンク」とか大メジャーな作品でも、一つ上の男を感じたり……。まあ小学生にとって中高生ってだけで大人~! って感じがするので、そんなもんかもしれない。
大人向けというと欠かせないのがエロ。エロといえばジャンプ連載作品で忘れがたい漫画が二つある。その一つが、桂正和の「電影少女」だ。
時代背景
恋愛に臆病な高校生・弄内洋太(もてうちようた)。片想いの相手が自分の親友を好きなことを知り落ち込む洋太は、その帰り道に奇妙なレンタルビデオ店“GOKURAKU”に入った。彼がそこで借りたビデオを再生すると突然、実物の女の子がテレビから飛び出してきた!!
連載開始は1989年。当時爆発的に普及し始めていたVHS対応のビデオデッキというガジェットが時代を感じさせる。一人暮らししてるのも、当時のトレンディドラマに出てきそうなリビング吹き抜けのデザイナーズハウスだった。後半登場する男性のダンサーはtrfにいそう。
……それ以外は、荒唐無稽かつありきたりなあらすじだ。これだけではちっとも惹かれない。当時の目で見ても、設定に新奇性があったわけではなかった。
女の子にかけるこだわり
桂のリアリティ溢れる絵のタッチは、しかしその荒唐無稽な導入を、ひょっとしたら高校に入学すれば、東京に行けば自分にも起こるかもしれない、そんな目と鼻の出来事として私達の前に描き出す。単行本2巻の折込部分では、次のように語っている。
読み切りのビデオガールの頃から、絵を壊すことを、始めました。自分のキャラクターのルックスにあきたからです。マンガの女の子より実際の女の子のほうがカワイイと感じてるボクは、できるだけ人間の顔に近づけたくなったんです。壊したばかりでぜんぜん満足いく顔が描けずに四苦八苦です。
ヒロインのあいちゃんが画面から飛び出してくるシーンは、まさに二次元から三次元の世界に飛び出してきたみたいだった……と言ったら言いすぎかもしれない。「リアル」なだけならば大友克洋がいる。リアルな女体というと、山本直樹なんかも思い浮かぶ。むしろ桂正和の描くキャラクターは、三次元の良さを抽出してうまく二次元に落とし込んでいるところに魅力があるように思う。特に女の子のお尻については、定評がある。
肉と骨と皮があって、そこにいるのはどうしようもなく二次元の存在なんだけど、偏執的に描き込まれた女の子からは、それが絵であっても体温、肌触りが伝わってくる。まだまだ「女性」を知らない小学生だった読者にとっては((今も知らない)、ある意味、三次元以上のリアリティが感じられた。
三次元の良さ、と言ったけれど、必要であれば三次元の「悪さ」を描くことに対しても桂は躊躇しない。終盤、あいちゃんが街の路地裏で野宿している場面では、都会におけるそういった場所の汚さ、何日もお風呂に入ってない人間の臭さが漂ってくるようだ。同じ恋愛物の「D.N.A2」はかなりギャグに寄せてるんだけど、それでも、緊張するとおならしてしまうヒロインなんていうのを「色物」としてではなく、そういう悩みを持った一人の女の子として描いてる。そこがジャンプの美少女漫画家として桂とともに名前が上がる、「ToLOVEる」の矢吹健太朗との違いだろう。
生真面目なストーリー、青臭いモノローグ
多分根っこのところで真面目なんだと思う。いや、作者の人柄なんて分からないけど、某県で有害指定を喰らったりエロばかりが取り上げられるのとは裏腹に、「電影少女」も「I`s」もストーリーは生真面目とすら言っていい。恋愛に臆病だった少年が親友のことを好きな女の子を好きになり、苦悩する。ラブコメ主人公としては基本スキルと言える優しさが時には単なる八方美人に過ぎず、他人を傷つけることを知る。絵本作家になるという夢を追って頑張る。恋愛を通した主人公の成長がちゃんと描かれてる。
親友の鳥山明は、「(ドライな作風の自分とは逆に)感動させたくてしょうがない」、というようなことを述べていた*1。正直退屈だ、と思うことも少なくなかったけれど……単行本の、恋愛に関する失恋話や恋の相談などを募集するコーナーでは、そんな物語に共感した読者の投稿が多数寄せられてた。
wikipediaには「心理描写のリアリティ追求は行動のリアリティにも繋がり、男女交際の当然の帰結としてベッドシーンなどの性描写へと繋がっていく」とある。心理描写が先か、性描写が先か。正直、そこはどっちでもいい。ただ女体に関する拘りと同じくらいこの漫画は独白に力が入ってたのは事実だ。時に青臭さでむせ返るくらいの登場人物の心の叫びが彼らを身近な存在に見せてくれた。だからこそ、性描写が生々しいものとして映る。台風の中、誰も来ない学校でヒロインのもえみが男たちに襲われるシーンは、胸が痛いのと目が離せないので引き裂かれる思いがした。
今でも折りに触れ読み返してみると、あの頃に戻ったかのように感情移入できる。あれから20年以上が経ってすっかり汚れてしまったけれど、当時ドキドキした物語は今も色褪せていなかった。
もう一つの性の目覚め、萩原一至「BASTARD!!」
……ここまで、リアリティを追求した女の子の描き方、生真面目なストーリー展開という二つの軸で「電影少女」を紹介してきた。ジャンプではこの漫画がスタートするちょっと前に、その対極と言える、二次元そのものの女の子が沢山登場する、おふざけが過ぎるエロい漫画が載っていた。最初にジャンプの「エロ」漫画で忘れがたい作品が二つある、と言った、そのもう一つ――そう、萩原一至の「BASTARD!!-暗黒の破壊神-」である。
私というオタクが「BASTARD!!」から受けた影響は、とてつもなく大きい。いつか本腰を入れて語らなきゃ、とは思っているのだけど、連載が中断して……もう何年だっけ? 物語が全く完結してないため、その糸口を見いだせず、ここまで来てしまった。原作者はもう漫画としては諦めて、小説で続きを、と思ってるようだけど……はたして連載30周年*2の今年、何らかの動きはあるんだろうか。もういい加減完結は半ば諦めてるし*3、恨みつらみを言うつもりもないけど、自分の中でケリをつける文章書くにしても何かきっかけがほしいんだよな……