秋田禎信『血界戦線 オンリー・ア・ペイパームーン』 映像化も望まれる良ノベライズ
※この文章は、秋田禎信関連アドベントカレンダーの一日目の記事です。
内藤泰弘原作「血界戦線」のTVアニメ2期が、2017年に放送されることが決定した。ストーリーなど詳細はまだ明らかにされていないが、ノベライズでありながら一部の人から映像化を望まれているのが、「魔術士オーフェン」などで知られる秋田禎信による小説版血界戦線「オンリー・ア・ペイパームーン」だ。
元々秋田と内藤は趣味の洋物トイなどを通じて「血界」連載以前から交流があったのだけど、仕事で組んだのはこれが初となる。
「それで、どっちが私のパパ?」レオとザップの前に現れた少女。彼女の一言が、この世界の未来を賭けた戦いのはじまりだった。秘密結社ライブラの語られざる物語、ノベライズ!!
この小説ではレオナルドの視点を通して、未来からやってきたという自称ザップの娘・バレリーが引き起こす騒動が語られる。ザップという男はどういった人間であるのか、ひいてはレオとザップの関係は……といった辺りが話の肝。副題は「あなたが私を信じてくれるなら、紙で作られたお月さまでも関係ない」と謳ったジャズのスタンダードナンバー「It's Only a Paper Moon」と、それをフィーチャーした1970年代の映画「ペイパー・ムーン」からの二重のオマージュ。後者は詐欺師の中年と母親を亡くした9歳の女の子の旅を描くロードムービーだ。
It's Onlly A Paper Moon/Nat King Cole
「ライトノベル傑作短編アンソロジー」をちょっと本気出して編んでみた
一般にライトノベルは短編が少ないとされている。書き下ろし長編のシリーズ物がメインというのがその主な理由だろう。ドラゴンマガジンや電撃文庫magazineに掲載されるのも、シリーズ物の外伝短編が多い。でも、たまにミステリのアンソロジーとか読むと結構シリーズ物の1作品が収録されてたりするし、よほどそのシリーズの根幹を成す作品で他の奴も読んでないと分からないとかじゃなければ、別に問題ない気がする。ということで、自分がシリーズ、ノン・シリーズ物問わず好きな短編を挙げてみる*1。シリーズ物でも基本的に1話完結のやつを選んだつもり。
- 野村美月「鑑賞部の不埒な倫理」
- 田中ロミオ「人類は衰退しました 妖精さんの、ひょうりゅうせいかつ」
- 神坂一「スレイヤーズすぺしゃる 歌姫の伝説」
- 田中哲弥「ミッションスクール ポルターガイスト」
- 土橋真二郎「クリスマスM&A」
- 秋田禎信「魔術士オーフェン・無常編 天使の囁き」
- 秋山瑞人「イリヤの空、UFOの夏 無銭飲食列伝」
- 小林めぐみ「食卓にビールを☆メビウスの輪篇」
- 竹宮ゆゆこ「ゴールデンタイム列伝 AFRICA」
- ろくごまるに「封仙娘娘追宝録奮闘編 雷たちの饗宴」
- 賀東招二「蓬莱学園転校編 香住の中の10万人」
- 時雨沢恵一「キノの旅 殺す旅-Clearance-」
- 石川博品「平家さんって幽霊じゃね?」
- 安井健太郎「ラグナロクEX. GUN CRAZY」
- 古橋秀之「ある日、爆弾が落ちてきて 三時間目のまどか」
- 解説:上遠野浩平
野村美月「鑑賞部の不埒な倫理」
美術室の窓から見える音楽室でいつも練習している、吹奏楽部のあの人を好きなだけ眺めるたに。真田大輝と藍本ルチアは、今日も今日とて絵を描きもせず美術室に居座っていた。見ているだけで満足で、決して告白はしない。自らの決めたルールを遵守する二人の間には、次第に奇妙な友情が芽生えていき……。
野村美月にとって、恋愛とは理不尽を受け入れることである。この短編では、端的にそれが示されていて、端的だからこそ破壊力がある。『部活アンソロジー2「春」』に収録。後にこの短編を第1話とするシリーズ「SとSの不埒な同盟」なる長編も生まれた。
田中ロミオ「人類は衰退しました 妖精さんの、ひょうりゅうせいかつ」
現人類の文明が衰退し、摩訶不思議な力を持つ新たな人類「妖精さん」が台頭している世界。両者の仲を取り持つ調停官の「わたし」は、増えすぎた妖精さんと共に移民した新天地で一から国を作り始める。
文明の誕生から国家としての急速な発展、衰退から滅亡までをコミカルに描く。『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンドも絶賛したとかしないとか。F先生の「すこしふしぎ」な作品群が好きなら。『人類は衰退しました 4』に収録。
*1:中篇くらいの長さのやつも混じってるけど気にしちゃだめよ
上遠野浩平『パンゲアの零兆遊戯』 強靭な意志と固い信念が試されるジェンガ
上遠野浩平の新作は、ノン・シリーズ物のゲーム小説。講談社ミステリーランドの一作として刊行された『酸素は鏡に映らない』以来のハードカバー単行本となる*1。同じく祥伝社の、これはノベルスとして出ている「ソウルドロップ」シリーズと僅かながら繋がりがあるようだけど、そちらをちゃんと追っかけてない私でも楽しめた。今年初めに出た『
特別感受性保持者―Especially Sensitivity Totally Bringerの頭文字から“エスタブ”と呼ばれる超人たちによって争われ、その勝者の“予言”が世界経済の流れを決定すると言われる“パンゲア・ゲーム”。タワーの如く卓上に積み上げられた777個のピースを移動させ、誰が崩すかで勝敗を決する一見単純な遊戯だが、“未来視”ができる者たちが戦うとどうなるのか?この究極の戦いの場に、かつて前人未踏の連勝記録を打ち立てたあと消息を絶っていた伝説のプレイヤーが復帰、息詰まる死闘の幕がいま上がった!『ブギーポップは笑わない』の著者が贈る、究極の頭脳&心理戦!
この手のゲームを取り扱ったフィクションの醍醐味の一つは、それぞれのプレイヤーの人間性がむき出しになることだろう。そして、強靭な意思を持ち、固い信念を貫き通した奴が何よりも強い。しかし、本作ではピースをひとつ引き抜く度、その信念は本当にお前を強くしているのか? 慢心の元になってるだけじゃないのか? と問いかけてくる。
*1:ノベライズの『恥知らずのパープルヘイズ』もだけど
七月隆文「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」のヒットに見るラノベと一般文芸の境界
実写映画「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」が12月17日から公開される。原作は2014年に刊行された七月隆文の恋愛小説。10代、20代の女性にものすごく売れて、発行部数は100万部を突破したらしい。
この事実が私に与えた驚きは、「君の名は」*1が興行収入100億とかそんなレベルじゃない。新海誠は「ほしのこえ」でブレイクし、以降も有名原作がついてるわけでも人気TVシリーズの続編でもないオリジナルの長編アニメーション映画を商業作として何本も発表してる時点で、「選ばれし者」だった。じゃあライトノベル作家としての七月隆文はどうだったんだろうか。
七月隆文の経歴
リンク先でも書いたけど、七月隆文は1978年生まれ。京都精華大学美術学部(現マンガ学部)を卒業後、有名なアニメ脚本家である
初のオリジナル作品となった「
ペンネームを七月隆文名義に変えた「白人萠乃(しろうともの)と世界の危機」(2005)は、師匠・あかほりさとるを彷彿とさせるハイテンションラブコメで、以降はこの系統の作品を主に刊行していくことになる。「ラブ☆ゆう」(2006-)はタイトルから想像される内容を裏切らないベタベタな内容で人気が出たけど、6巻で何故か刊行がストップしてしまう。「
「だがしかし」 新ヒロイン・尾張ハジメはスキだらけ!
週刊少年サンデーに連載されている「だがしかし」は、田舎の駄菓子店の息子「鹿田ココノツ」通称ココナツを主人公に、毎回駄菓子の薀蓄を披露していくショート漫画だ。一見地味な題材のこの作品の華は、都会からやってきた、年齢不詳のグルグル目巨乳美女・枝垂ほたる。大手菓子メーカーの社長令嬢で、ココノツの父・ヨウさんをスカウトしに来た彼女は、駄菓子をこよなく愛している。実家を継ぐのを嫌がっているココナツに対してグイグイ迫ってきて、これでもかと駄菓子トークを披露する。
この漫画が人気になるに当たって、彼女のキャッチーな魅力が功績大だったのは間違いない。 え、幼なじみのサヤ師? うんうんサヤ師も可愛いね。
しかし、単行本6巻収録分で連載開始当初からずっと続いていた夏休みが終わり、人気の原動力となっていたほたるさんは姿を消してしまう。花火大会でココノツにひと夏の思い出を語り、ホームランバーの当たりを託したりしていたので、全くの突然に、というわけじゃない。でも、ともかく理由も言わずにほたるさんはいなくなってしまった。
それから三ヶ月経って、季節は冬。ヨウさんが怪我をして入院したため、シカダ駄菓子を自ら切り盛りしなければならなくなったココノツは、商売敵のコンビニが近所にできたことで焦ったり、昼は学校に行かなきゃならないのでその間、店をどうしようか悩んだり。そんなココノツの前に現れたのが、新ヒロインの
ハジメちゃんは20歳。有名な大学を中退して色々資格取得のための勉強もしつつ、コンビニでバイトしだして、それも遅刻ばっかりなのと周囲になじめなくてクビになって。シカダ駄菓子で給料ナシで住み込みで働き出す。
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