周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

七月隆文「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」のヒットに見るラノベと一般文芸の境界

実写映画「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」が12月17日から公開される。原作は2014年に刊行された七月隆文の恋愛小説。10代、20代の女性にものすごく売れて、発行部数は100万部を突破したらしい。あの七月隆文が! 一般文芸で! 若い女性に受けて! 100万部! しかも100万部ってシリーズとかじゃなくて1巻でですよ。


この事実が私に与えた驚きは、「君の名は」*1興行収入100億とかそんなレベルじゃない。新海誠は「ほしのこえ」でブレイクし、以降も有名原作がついてるわけでも人気TVシリーズの続編でもないオリジナルの長編アニメーション映画を商業作として何本も発表してる時点で、「選ばれし者」だった。じゃあライトノベル作家としての七月隆文はどうだったんだろうか。

七月隆文の経歴


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リンク先でも書いたけど、七月隆文は1978年生まれ。京都精華大学美術学部(現マンガ学部)を卒業後、有名なアニメ脚本家であるあかほりさとる花田十輝らに師事。2001年に恋愛シミュレーションゲームときめきメモリアル2」のノベライズを電撃G's文庫から上梓し、「今田隆文」名義でデビューした。



初のオリジナル作品となった「Astral」(2003-)は幽霊が見える少年が主人公で、「キノの旅」「しにがみのバラッド」など当時流行だった、ちょっと叙情的な雰囲気の連作短編集となっている。この作品は「ぼく明日」と同じ宝島社文庫から、同じカスヤナガトのカバーデザインで、「君にさよならを言わない」と改題したリメイク版が発売されている。



ペンネームを七月隆文名義に変えた「白人萠乃(しろうともの)と世界の危機」(2005)は、師匠・あかほりさとるを彷彿とさせるハイテンションラブコメで、以降はこの系統の作品を主に刊行していくことになる。「ラブ☆ゆう」(2006-)はタイトルから想像される内容を裏切らないベタベタな内容で人気が出たけど、6巻で何故か刊行がストップしてしまう。「俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」として拉致られた件」(2011-2016)は庶民とお嬢様のカルチャーギャップをとことん誇張して描いたラブコメで、TVアニメ化もされた。


*1:キャラデザの田中将賀は七月の新作『天使は奇跡を希う』のカバーデザインを担当。ただオファーしたのは『君の名は』公開前らしい

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「だがしかし」 新ヒロイン・尾張ハジメはスキだらけ!

週刊少年サンデーに連載されている「だがしかし」は、田舎の駄菓子店の息子「鹿田ココノツ」通称ココナツを主人公に、毎回駄菓子の薀蓄を披露していくショート漫画だ。一見地味な題材のこの作品の華は、都会からやってきた、年齢不詳のグルグル目巨乳美女・枝垂ほたる。大手菓子メーカーの社長令嬢で、ココノツの父・ヨウさんをスカウトしに来た彼女は、駄菓子をこよなく愛している。実家を継ぐのを嫌がっているココナツに対してグイグイ迫ってきて、これでもかと駄菓子トークを披露する。


この漫画が人気になるに当たって、彼女のキャッチーな魅力が功績大だったのは間違いない。 え、幼なじみのサヤ師? うんうんサヤ師も可愛いね。



しかし、単行本6巻収録分で連載開始当初からずっと続いていた夏休みが終わり、人気の原動力となっていたほたるさんは姿を消してしまう。花火大会でココノツにひと夏の思い出を語り、ホームランバーの当たりを託したりしていたので、全くの突然に、というわけじゃない。でも、ともかく理由も言わずにほたるさんはいなくなってしまった。


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それから三ヶ月経って、季節は冬。ヨウさんが怪我をして入院したため、シカダ駄菓子を自ら切り盛りしなければならなくなったココノツは、商売敵のコンビニが近所にできたことで焦ったり、昼は学校に行かなきゃならないのでその間、店をどうしようか悩んだり。そんなココノツの前に現れたのが、新ヒロインの尾張(おわりはじめ)だ。


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ハジメちゃんは20歳。有名な大学を中退して色々資格取得のための勉強もしつつ、コンビニでバイトしだして、それも遅刻ばっかりなのと周囲になじめなくてクビになって。シカダ駄菓子で給料ナシで住み込みで働き出す。

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「この世界の片隅に」 笑い声と艶ごとと声優と百合と8月6日とサザエさん

2008年に刊行されたこうの史代の原作漫画を読んだのは、去年のこと。面白かったし、感銘を受けはしたけど、そこまで読み込んだわけではない。既に細部の内容は結構忘れている。映画化の話が具体的になった時も「まあいつか観に行くだろう」くらいの――そういう場合、往々にして観に行く機会を逃す――気持ちだった。同じ片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」も、実はこの映画の予習として三日目に初めて観た。「アリーテ姫」はもうしばらく前。



私の目を覚ましたのは、予告編だ。すずさんと周作の、防空壕でのキス。夏に「ちえりとチェリー」*1を渋谷ユーロスペースで観た時に流れていた予告編の、あの色っぽさにドキドキが止まらなくなって、できるだけ早く観にいくことに決めた。 そして、公開二日目にテアトル新宿に観に行って。はたして、そういう目的で観てもいい映画だなと思った。


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この映画は、戦時下、軍港のある広島県呉市に嫁に来た女性、北條すずの日常を描いたものだ。辛く苦しい生活ではあるけれど、何かと足りない食事や衣服、ありふれた自然、軍艦にすら、毎日を楽しむ術を彼女は見つけようとする。

  • すずさんが、そこにいた
  • 日常
  • 日常の片隅に感じるエロス
  • 弟の嫁と義姉
  • 20年08月06日
  • 笑顔の裏
  • 心残り

すずさんが、そこにいた


主演はNHK朝の連ドラ「あまちゃん*2でブレイクした、のん=能年玲奈の初めての声優としてのお仕事。これは冒頭から全く違和感なく、「ああ、すずさんがそこにいる」と受け入れさせられた。


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どんどん演技が上達していくとか聞く側が慣れるとか、そういうことを感じる暇すらなかった。アフレコ技術的に何かが凄いというのがあるわけではない。といってキャスティングの妙、という言葉でも片付けられない。「声優初挑戦」という浮ついたアオリが似合わない何かがある。登場人物全員が広島弁ということもあるのだろうか*3。日本人俳優の喋りは受けいられないけど、海外の俳優なら本来のイントネーションが分からないので大丈夫、というアレ。

日常


すずさんの幼少時代の思い出を描く冒頭から始まって、物語は終始テンポよく進む。こういう「自然」「日常」を特に描くものって一つ一つのシーン、一つ一つカットをじっくり映すものも結構あって、同じ「マイマイ新子」もそうだったんだけど、こちらはパキパキと日々の暮らしが綴られていく。画面全体がすずさんの描いた水彩画風のタッチになるところとか、色々映像的な見どころが多い映画ではあるんだけど、それらも特に長く映すでもなく、惜しげもなく次のカットに進む。それでいて、単調にはならない。


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尺の都合、というのは当然あるんだろうけど、そこにはここぞという見せ場になる場面もそうでない場面も等しく日常として扱いたい、という製作者の意思がある気がする。


また、戦時下でありながら、ぼーっとしてておっちょこちょいなすずさんのキャラクターが生む明るい笑いが随所に挿入されているこの作品には、これくらいのテンポが合ってるのかな、とも思った。私が観た回では、観客*4の笑い声がよく聞かれた。

*1:これもクラウドファンディングを採用して制作された

*2:当方未視聴。そういえばあの枠も方言推しですよね

*3:このため細谷佳正佐々木望大亀あすか新谷真弓田中真奈美喜安浩平と広島出身のキャストを揃えている。まつらいさんもジッサイ出てたかもなあ……

*4:アニオタっぽい人もカップルもいたけど、結構ご年配のお客が多かった印象

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「小中高校時代、学校や公共の図書館にラノベはあったか」アンケート結果

ライトノベルと図書館の関連性が話題になる度、最近の図書館にはラノベが置いてるのか! という声が上がる。一方で、いや昔からラノベ置いてあったしなんなら自分で購入希望出して入れてもらったし、という反論も出てくる。実際そこのところどうなの、と思ったので、20代、30代、40代と回答者の現在の年代別にTwitterでアンケートを取ってみたら、予想以上にたくさんの方に回答してもらえた。





突発的な思いつきだったので、レギュレーションがゆるゆるなのは勘弁。少年向け少女向けと分けたのは、中高生の図書館利用率の男女比とか見てるとそこら辺で差が出そうだなあと思ったからなのだけど、それなら3つ目の選択肢を2分割しないとあんまし意味なかったかもね。twitterのアンケート機能の選択肢の最大数がもっとあれば……! 期間は11月15日13時過ぎから翌日の同じ時間まで、24時間。後から下記のような付け足しをしたけど、RT数を見る限り、多分実際の回答にはあんまり反映されてない。




結果としては、どの年代でもラノベが図書館に置いてあった人は、なかった人より圧倒的に多い、ということにはなった。

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あざの耕平「Dクラッカーズ」 おクスリキメてラリった挙句が熱血スタンドバトル

90年代後半から00年代前半のオタク文化というと、セカイ系だったり泣きゲーだったり少年犯罪だったり何かと根暗なイメージがある。実際に個々の作品を当たってみると案外そうでもなかったりするんだけど、逆にそんな時代だからこそ、健全な価値観の作品が「こんな時代なのに!」と評価されていた気もする。


あざの耕平Dクラッカーズ」も、ドラッグ・カルチャーという根暗な題材を扱いながら、シリーズ通して読むといたって健康的な価値観のラノベではあった。

通称・カプセルと呼ばれるそのドラッグには、不可思議な噂があった。曰く―飲めば、天使や悪魔が出てきて願い事を叶えてくれる、と。7年ぶりに日本に帰国した姫木梓を待っていたのは、陰を持つようになった幼なじみの物部景と、彼がカプセルを常用しているという事実。「僕は自分の意志でここにいる」記憶の中と同じ声で、でも記憶の中とは違う瞳で景は梓に囁く。「君は関わっちゃいけない」カプセルの真実の効力、それに秘められたキーワード。王国、悪魔、そして無慈悲な女王―。“鍵”がかみ合った時、梓の前に姿を表す世界とは…!?孤独な魂が疾走する、ネオ・アクション・サスペンス開幕。

  • ホラー色の強い龍皇杯参加作
  • かっこよすぎるくらいにかっこよく~シリーズ全体を通して
  • メインヒロインの可愛さ←大事
  • 他作品との比較
  • 海野千絵の倫理観
  • 完結後

ホラー色の強い龍皇杯参加作


本作の初出は1998年。「龍皇杯」という、読者が連載作を決める競作企画の一環として、月刊ドラゴンマガジンに掲載された短編だ*1。これは著者のデビュー作で、後のシリーズ全体から見ると学園ホラーとしての色が濃い。ラノベでこの種のものは珍しかったこともあって*2、結構新鮮に映ったのだけど、一方で読み切りとして完結してて、「連載したらこの後どう続けるんだろう……」と思いもした。


結局、この時連載決定したのは榊一郎の「スクラップド・プリンセス」だったのだけど。あざの初の単著である「ブートレガース」を経て、2000年、「Dクラ」はシリーズ化される。ファンタジア文庫の姉妹レーベル、富士見ミステリー文庫の創刊ラインナップの一つとして。


 禁酒法時代のアメリカを舞台にしたコメディ色の強いガンアクション。後年、緒方剛志イラストによる新装版が出たけど、私は旧版のほうが好きです。

*1:後に短編集に収録

*2:とはいえ当時は「リング」「パラサイトイブ」などで和製ホラーブームが訪れていて、ラノベに限らず角川全体がホラーを推していこうとしていた節はあった、と後に作家の小林めぐみは語っている

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