周回遅れの諸々

90年代にオタクとしての青春を過ごした人のブログです

私の名は安井健太郎「ラグナロク」。小説家になろうで復活したスニーカー文庫の看板、それが私だ

お盆は死んだ人が帰ってくる。とは言うものの、まさかこの作品が帰ってくるとは思わなかったよね。



1998年。ラノベ業界のファンタジーブームは既に収束しつつあった。富士見は「フルメタル・パニック!」、電撃は「ブギーポップ」、コバルトは「マリア様がみてる」。各社、非FT作品が次々とブレイクし、「主流」が変わっていくのが実感できた。そんな中、第3回スニーカー大賞受賞という肩書を引っさげて登場したのが「ラグナロク」だった。

たぐいまれなる能力をもちながら、傭兵ギルドをぬけた変わり者、リロイ・シュヴァルツァー。そして彼の信頼すべき相棒である、喋る剣、ラグナロク。二人の行くところ、奇怪な武器をあやつる暗殺者から、けた違いの力をふるうモンスターまで、ありとあらゆる敵が襲いかかる。かつてないパワー、スピード、テクニックで、格闘ファンタジーに新たな地平を切りひらくミラクル・ノベル誕生。第3回スニーカー大賞受賞作。

ラグナロク」という物語の魅力


最初は、ありきたりなFTだなと思ってた。「ラグナロク」というめっちゃ検索しづらいタイトルを始め北欧神話を下敷きにした設定と壊滅的なネーミングセンス、ギルドを抜けた元SS級の傭兵、相棒はインテリジェンスソード*1ドラクエ以降のFTブームに慣れ親しんできた人間には、設定もあらすじも目新しいものが感じられなかったし、それは20年前の時点で既にそうだった。


じゃあなんで手に取ったかというと、デザイナー朝倉哲也の手になるスタイリッシュな装丁に惹かれたから。ラノベのブックデザインというと「ブギーポップ」から凝るようになった、というのが一般的だけど、本作もあの時期では図抜けてたと思う*2。この表紙デザインは、後に安井が講談社ラノベ文庫で出した「アークⅨ」*3でも踏襲されている。スタイリッシュと云えば、「セイバーマリオネット」などで知られるイラストレーターのことぶきつかさが描いたコミカライズは、それまでの氏のイメージを大きく塗り替えるシャープなものだった。



本編は必ずしもスタイリッシュというわけじゃない。むしろ主人公のリロイは直情径行、戦い方は野性的で全く洗練されていない。「ラグナロク」もイラストを参照すると斬るというより叩き潰す武器のように見える。でも、彼と相棒であるラグナロクとの掛け合いには著者が大好きな洋画から影響された小粋さが感じられた、気がする*4。外伝シリーズ「EX」の各話タイトルは、毎回映画の題名から取られているそうだ*5


怒涛の格闘描写は「ラグナロク」の最大の醍醐味だ。当時のアオリは「超格闘ファンタジー*6」「この男、どこまで強くなるのか――」。「小説家になろう」でも本作は「ファンタジー」ではなく「アクション(文芸)」として登録されてる。本編2巻はあまりに戦闘シーンが多くて脱落した読者も少なくないとか。でも結果的にあれだけの人気を得たということは、それ以上に好評の方が大きかったんだろう。……趣味の映画の中でも、安井が特に好きなのはアクションものだという。実際リロイが斬り、殴り、蹴り、屠るその描写はとても映像的だった。「暴走特急」さながらに列車の中で、ふわふわお空を進む飛空船の中で、場所と時を選ばずリロイは戦う。動きは明快、肉を裂く描写は痛々しく、そして何より疾い。映画同様著者が大好きな格ゲーっぽくもあるかも*7。どこがとゆわれると答えに窮する。短編「GUN CRAZY」は珍しくガンアクションオンリーの作品だが、そのスピード感を強く味わうことができた。


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リロイは悩まない。正確には悩みや悲しみを引きずらない。本人的には人として当たり前に悩みがあるつもりだし、むしろあいつは悩みがないと決めつけられてしまうのが悲劇的だとは言えるのだけど、それはそれとして、決して立ち止まらない。その様は、安井があとがきで熱く語っていたセガール作品のようだ。またとことん欲望に忠実でもあり、差し出された女はたとえ罠だと分かっていても抱いてしまう。1巻第1章で主人公がいきなり娼館に行くのには、純情な学生だった私はえらく驚かされた。また、気に入らないやつは容赦なくぶっ殺す。


葛藤が描かれるのは周囲のキャラクターの方。本作の登場人物の多くは大人で、人格として完成されているとは言えるけど、それは悩みがないこととイコールじゃない。むしろ、大人だからこそああでもないこうでもないと懊悩する場面は増えていくともゆえる。五千年前に作られた兵器のラグナロクですら、葛藤を抱えている。ギルド時代のリロイの元相棒で、彼についていけず、嫉妬し、裏切ったジェイスなんかはその最たるものだろう。ひたすらに自分を痛めつける道を選び、堕ちていく彼は実は屈指の人気キャラだったりする。


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他のキャラクターではリロイの子種を付け狙う、五千年生きた両性具有の美女(?)ベストラ、普段は丁寧な口調だけど一人称視点で読者が内面を覗くと毒づいてばかりのザントなんかが印象深い。


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大人の男同士の一筋縄ではいかない関係が描かれ、アクションが豊富で、陰惨な場面も正面から描き、著者の洋物趣味がこれでもかと盛り込まれてて……。こんな作風は、同時期にアニメが放映されていた「カウボーイビバップ」や「トライガン」などと近しいものとして私には映った。そしてしばしばそういった作品の特徴として挙げられるように、「ラグナロク」もまた男性だけでなく多数の女性読者を獲得した。その人気は、スニーカー文庫を週ジャンに喩えるなら、ロードスがドラゴンボールハルヒがワンピース、本作がるろ剣くらい。ごめん適当言った。最盛期には、新聞の読書量調査で中学生女子に多く読まれた本としてランクインしたこともあったらしい。なぜかユニバーサルスタジオジャパンで作者&イラストレーターのTASAとお茶会、なんて企画も開催された。


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この路線は、スニーカー文庫の中で後の「トリニティ・ブラッド」や「されど罪人は竜と踊る」にも継承されていく。


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刊行途絶からの紆余曲折


さて、一躍レーベルの看板になった「ラグナロク」は、ドラマCD、副読本、コミカライズなども発売された。多少内容が過激とはいえ、アニメ化は時間の問題だっただろう。



しかし、加速する人気とは裏腹に、徐々に刊行ペースが落ちていく。よくあることとゆえばよくあることではあるけど、一時期は三ヶ月連続刊行など速筆をウリにしてたこともあり、落差は実際以上に大きく見えた。前巻から二年の間が空いた「ラグナロクEX MISFORTUNE」の帯には、「新生」の二文字が踊っている。


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結局、2006年11月に刊行されたこの巻以降に新刊が発売されることはなかった。この時点で既刊は20冊。その後ヤスケンが何をしていたかというと、スニーカー大賞の審査員を務めたり、「デビルメイククライ」小説版のストーリー協力をしたり*8、新連載を始めたものの打ち切られて単行本にならなかったり。ただ、「ラグナロク」続刊については音沙汰なく……。


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 休刊前の「ザ・スニーカー」の、「ラグナロク」とは全然関係ないコーナーでTASAが描いた、多分最新のリロイ。

安井健太郎、再起動


時を経て、2012年。twitterを始めたヤスケンによって、「スニーカー文庫からラグナロクが出ることはもうない」と宣言される。



翌2013年には、講談社ラノベ文庫で7年ぶりの新刊「アークⅨ」を刊行。忍術の使い手を主人公にした、当然アクション物。冲方丁が解説、秋田禎信がコメントを寄せ、1巻時点でOAD方式のアニメ化が決定しているなど、昔日の人気をしのばせる待遇ではあった。ていうか「ラグナロク」で果たせなかったアニメ化をこうもあさっさり、とえらくびっくりしたよね。最終巻のサブタイトルは「闇の種族(ダークワン)」。これによって、本シリーズが「ラグナロク」と同じ世界であることがはっきりした。


そして、デビュー20周年を来年に控えた今年。「小説家になろう」で「ラグナロク(リブート)」が連載スタートした。過去に「なろう」で連載を始めたプロは結構いるけど、今回ほどメジャーな作品を持ってきたのは初じゃなかろうか。実は既に商業版刊行が決まっていて、宣伝の一環だったりするのだろうか。しないかな。



レビュー欄では、「Re:ゼロから始まる異世界生活」の長月達平が「最初で最高の一冊」と絶賛している。


スニーカー文庫版とは展開が大きく変わっていく予定だそうだ。「ラグナロク」は正直、伏線の回収が巧みだとかうわあ~こう来たか~続きが気になる~~~という風な小説じゃない。少なくとも、旧版はそうだった。読者を引っ張っていたのは、圧倒的なアクションシーンのパワー、そしてアクが強いキャラクターの生き様だ。はたして、それは「なろう」でも通用するのか。あるいは、20年経ったヤスケンは、別の「ラグナロク」の姿を見せてくれるんだろうか。


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*1:立体映像によって擬似的に人間の姿をとることができる。この形態がとても人気だったのと便利なこともあって、後半はどんどん出番が増えていった気がする

*2:でも各章に剣のマークがついてるのはダサいと思う

*3:デザインも同じく朝倉が担当

*4:でも本人が「明るい話は身を絞るように書いてると言う通り、短編のギャグメインの話は苦手意識が強く出てて無理してる感があった

*5:各巻タイトルや表紙カバーに載っている英文は、うのちさとというちゃんとしたプロの翻訳家が担当していたそうだ

*6:リロイは素手でも銃でも闘うけど基本的には剣士なんで、「格闘」ファンタジーはどうなのとは当時から思ってた。格ゲーやK1のブームに乗りたかったんだろうか

*7:いつだかあとがきで「ソウルキャリバー」について熱く語ってた

*8:これも元々は本人が執筆予定だった

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