二宮ひかるの思い出と再会 「ナイーヴ」「ハネムーンサラダ」、それから……
妹の結婚式に参加してから約半年。先日は同期の式にも参加させてもらった。その度、チャペルで賛美歌を聞きながら「ハネムーン・サラダ」という漫画のことを思い出してたこともあって、最近は作者・二宮ひかるの作品をちょくちょく読み返している。氏の漫画は、*1わたしの結婚観に、とても強い影響を与えた。
二宮ひかるは、20年以上のキャリアを持つベテランだ。執筆の場は青年向け雑誌が多く、セックスが作品のテーマと分かちがたく絡んだ作品を主に発表している。
二宮漫画ベストヒロインは藤沢麻衣子 「ナイーヴ」
わたしが初めて読んだのは、今も代表作として名高い「ナイーヴ」。入社5年目、会社では「マジメ」で通っている田崎敦と、派遣として入ってきた藤沢麻衣子の、肉体関係から始まるオフィス・ラブ(死語)だ。
控え目で、少々「読めない」ところがあって、一方で人並みには世間ズレしてて、でもやっぱりちょっとフワフワしてて。いかにも庇護欲をそそられそうだけと、芯はしっかりしている。華奢ではあるけど、あくまで男性とは違い、柔らかい曲線で描かれた身体。そんな藤沢麻衣子というキャラクターに、まずは惹かれた。
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男でも女でも、好きな人にとって愛すべき、理想の存在でありたい、という想いはきっと変わらない。でも現実は必ずしもそうではないと分かっているから、誰もが悩んでいる。「ナイーヴ」はそういう漫画で、そんな作品を象徴する葛藤を抱える藤沢麻衣子は、私にとってまさに「愛すべき」女性キャラだった。
営業時間中に二人でラブホに入ってとか*2、休日出勤して誰もいないオフィスでとか、寝物語に裸でシーツにくるまってお固い仕事の話をしてとか、出張でやってきた地方都市を観光中の出会いとか。そういうシチュエーションが、学生時代の自分にはいちいちドツボにはまった。あと麻衣子は実家暮らしで、ラブホで休憩した後ヤり足りないからって田崎さんと一緒に深夜にこっそり忍び込んでいちゃいちゃする辺りのドキドキとか*3人んちのお風呂入るのって妙に緊張するよなー。とかとか。
初期の主な掲載誌であるヤングアニマルの、青年誌にしてもエロ多めだけど成年マークつくところまではいかない、という制限が二宮の漫画にとってはちょうどいい塩梅だった気がする。端々のちょっとしたリアリティにどきっとさせられた。
職場恋愛を描いたのが「ナイーヴ」なら、家庭……というか同居人との恋愛を描いたのが「ハネムーン・サラダ」だ。
社会に出てからの自分探し 「ハネムーン・サラダ」
転職したばかりの主人公・夏川実と、脱サラして小説家を目指している斉藤遙子と、DV男のところから逃げてきただめんずの斎藤一花の3人が、ひょんなことから同居することになる。当然、身体的な触れ合いがあったり、べろんべろんになって帰ってきた翌日、二日酔いの身を労ってくれる優しさにほだされたり、時には相手との生活時間のズレに悩まされたり……。
基本的に二宮の漫画に登場する大人たちの多くは青くさい。それも社会悪や世の中の理不尽に敢然と立ち向かう、職業的理想を追い求めるとかそういったものではなく、おおむね後ろ向きというかめんどくさい方向に。絵に描いたような「大人」などいない、という世界観が貫かれている。
ただ同時に二宮作品は、青春期のめんどくささを、青春の自由に転化する強さも兼ね備えている。それは大人社会の色んな制約を笑い飛ばす強さだ。「ハネサラ」の3人も例外ではない。彼らのうつろいやすい人生は、やがて結婚という、青くささはと真っ向から対立するイベントに収束していく。披露宴ではなくあくまで「結婚式」では、流石の彼らも大人として振る舞うのかそれとも……? という話。
遙子にちょっかい出してくる、主人公の会社の社長もいい味出してた。後半はこの人の存在感がすごく強い。といってストーリーにでかい顔して割り込んでくるという感じでもなく。いい塩梅。
腹黒美形中年未婚だけど認知してる母娘アリ酒も煙草もやらないけど甘いものが好きホモ疑惑つきってあざとすぎませんか。
二宮ひかるの真価は中短編にあるか 「最低!!」「ベイビーリーフ」他
代表的な二作品の後は、それ以前のもの含め中短編集を読んだ。
で、多少時期は前後するかもしれないけど、この画集をひとつの総決算として? 二宮はそれまでの主戦場ヤングアニマルを離れ、他社での仕事を増やしていく。ヤンキンアワーズで「ベイビーリーフ」「シュガーはお年頃」、アフタヌーンで「犬姫様」、週刊漫画TIMESで「ダブルマリッジ」……。私が一度二宮作品から離れたのもこの頃。大人の思春期を描くのはめっちゃうまいし共感できるけど、青春真っ盛りの中高生そのものを描くと単なる傑作でしかないなこれ? というのはあったかも。
なお「ベイビーリーフ」は「ハネサラ」の実と瑤子の中学時代の話で、ああやっぱりその後裸になるのにディナーでたくさん飲み食いするのって気がひけるよなって共感したりとか、中学生の野暮ったいスカート丈――これめっちゃ好き――を堪能したりはした。
最後まで読むと「ハネサラ」がまた全然違った風にも読める。でもあとがきなどで「ハネサラ」には言及してないので、これはIF物なのかな?
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再会と「7年ごとの彼女」
……それから数年。作品に触れることこそなかったけど、折りに触れ氏の名前は耳にした。
二宮の場合は白泉社の「恋愛欲を刺激する」がテーマの雑誌「楽園」で描き始めたという時点で「あっなんか作風に合ったよさげな掲載誌じゃない?」と感じ、「ダブルマリッジ」で「ハネサラ」の「重婚」というモチーフ再びと聞いて再会を決意した。
実際に読んでみて。二宮の方は、以前と特別作風が変わったという印象はない。強いて言うなら、ファンタジー要素が強くなったかな? スターシステムを採用してるのか、どっかで見たことがある登場人物。既視感のあるモチーフ。でも少しずつ違う物語*7。読者の私の方はというと、セックスを性的な快楽より人と人との結びつきみたいな感じで見るようになったかな、と思う。こう書くとなんかすごい恋愛経験豊富過ぎて枯れた人間のようだけど、「ナイーヴ」と出会った頃からそのような意味では何一つ積み重ねてないのにね! なんだろうねこれ!
個々の作品では。「嘘吐き」*8は、好きな相手に肯定されてもなお嫌いな自分の一面ってあるよね、という話を10p程度にまとめてて、ベテランの短編の妙が味わえた。「ダブルマリッジ」「セカンドバージン」「神崎くんは独身」は、それぞれ同じ登場人物で少しずつ世界線が違う話。二作目、三作目の主人公「神崎くん」が特に好き。
……でも、やっぱり最高だったのは「セカンドバージン」に収録された「7年ごとの彼女」。7歳、14歳、21歳……と7年毎に何かと縁あって出会う男女。時に二人の関係は単なる同級生だったり、野球部の部員とマネージャーだったり彼氏彼女だったりするんだけど……という話で。やー「ハネサラ」の遥子が書いてた作中作といい、「みじかいお別れ」といい、こういうの弱いわーわたし。昔から「再会」ネタってめっちゃ好きだったんだけど、年経るにつれてその傾向が強まってる気がする。人生の中で、出会いと別れの切なさ、あっけなさ、そういうのを実感してきたからかしら。
何も友人知人や親族に限った話じゃない。
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