周回遅れの諸々

90年代にオタクとしての青春を過ごした人のブログです

野球が全てのアラビア風ファンタジーハレム 石川博品『後宮楽園球場』

2013年、新潮社の日本ファンタジーノベル大賞が惜しまれつつも休止を発表した。

 

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本作を読んでその第1回大賞受賞作である酒見賢一後宮小説』を連想したのは、恐らくはそんなタイミングと、わたし自身の知見不足もあってのことだろう。だが後宮が舞台という点のみならず、確かな教養とたっぷりの稚気に支えられた、壮大かつ端正な法螺話、とまとめるとそれほど遠くない気もする。『後宮小説』は一見硬い文体でそれらしく虚構世界を構築するのに対し、本作は嘘であることを積極的に隠そうとはしていないのが最大の違いか。その意味でこれは一見奇抜ではあるが、自由に世界を構築していく楽しさというファンタジーの王道を貫いている作品だ。 

 

後宮小説(新潮文庫)

後宮小説(新潮文庫)

 

 

 1巻は、架空の国の歴史と文化と後宮の豪華絢爛な描写と官能と野球とトンデモ野球がごった煮になってそれでも何故か読ませる、という摩訶不思議な代物だった。毎日がお祭りのような、ごった煮感溢れる狂騒的な楽しさ……については、これまで多くの方が触れているので、わたしが書くことはあまりない。

 

大白日帝国―野球の巡業で身を立てていた白日人が興した国。その皇帝暗殺の野望を胸に秘める少年・海功は宮廷に入りこむため、少女に扮して後宮の一員となる。新入り宮女として勤務しはじめた彼が見たものは、帝国中から集められた美少女たちが、野球で皇帝の寵愛を争う熱狂の楽園、すなわちハレムリーグであった。野球少年の海功もハレムリーグに巻き込まれていき―!?

 

主人公香燻(カユク)に対して、復讐への執着の薄さを指摘する意見が稀に見られるが、作中で彼の心を引き裂くのは復讐心と野球や美女の快楽……であるように見えて、恐らく実際は過去と現在、肉親と仲間、後宮の内と外、男性社会と女性社会、あるいはNPBMLBといったものである。復讐心は多分、彼の兄が意図せず刷り込んだものに過ぎない。巻数を重ねれば、最終的に後宮に攻め込んできた伐功の巡業チームと香燻の後宮優勝チームが野球でケリをつけたりするのではないだろうか。

 

1巻では香燻の入団からワンシーズン終了、同僚である蒔羅、蜜芍とともに下位リーグから上位―リグのチームのへ移籍までが描かれた。2巻ではしかし、せっかく所属したチームは負けが込み、新人ゆえ出番もなく、鬱屈した日々を送っていた。そこに彗星のごとく新たな更衣(というか監督?)が現れ……というあらすじとなっている。

 

野球をしない後宮なんてあるだろうか(反語)。大白日帝国の都に再び球音が響く…昨 シーズンの活躍で昇格した香燻(カユク)・蒔羅(ジラ)・蜜芍(ミシャ)。しかし上位リーグの壁に跳ね返され出番がない。所属する浄鏡殿は連戦連敗のお荷 物殿舎《チーム》。香の君率いる常勝軍団・旃葉殿に百年間勝ち星なしという体たらく。「更衣がケチだから野球ができん」とばかりに不満たらたらの三人。そ こへ現れたのが「香の君は私が育てた!」と言い放つ謎の新人。彼女が後宮に波乱を巻きおこす。一方、皇帝は蜜芍に唾をつけて蜜芍もまんざらではない様子。 嫉妬の炎を燃やす香燻は、改めて皇帝暗殺を心に誓う。報復死球と鉄拳制裁と移籍報道が飛びかう後宮で、愛と欲望が交錯する。世界初・後宮野球ラノベ第二巻。

 

色んな要素が混在していた前巻に対して、この巻はおおむね野球しかやっていない。弱小球団が主人公たちの加入によって息を吹き返し、成長していくという見通しのいい筋で、息苦しいまでに麗々しかった文体も多少落ち着き、読みやすいものになっていた。

 

2巻の読みどころは、まず野球ネタパロディの豊富さ。ネタ元は古今東西、戦前のものから最新のものまで幅広く、1Pにつき1ネタ挿入されているんじゃないかという頻度で散りばめられていた。特にキャラクターの言動に対していちいちついてくるスポーツ新聞風の煽りが秀逸。シリーズ物としては起承転結の承に当たるであろうやや動きの少ないシーズンを、盛り上げてくれる。

 

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またこの国の歴史が野球と歩みを共にしてきたため、パロディでなくとも日常的に野球になぞらえた言い回しがぽんぽん出てくる*1

 

そして、新登場の更衣・阿丹(アデン)。頭がよくて、それを活かす行動力もあって、口八丁手八丁で物語をかき回しているだけのように見えて確固たる信念を持っているトリックスターという、著者が得意とするキャラクターが大活躍。時に搦め手で、時に直球勝負で万年Bクラスの貧乏チーム通称「猛牛軍団」(後に「真珠乙女隊」)を立て直し、やがて資金力にものを言わせて選手を補強しまくっている金満球団に立ち向かっていく。俗に作家は本人以上に頭のいいキャラクターを書けないなんて言いますが、それを感じさせないことに定評のある作者の本領発揮と言える。前巻のように念力で球を止めたりするトンデモ要素はないものの、あの手この手でルールの行間を果敢に突いていく(そして報いを受けたり受けなかったりする)姿勢は、この世界におけるルールブック=皇帝への反抗の意思のあらわれなんだろうか。

 

残念だったのは、プレイ中は地の文の饒舌な語りが鳴りを潜め、投げた打った走ったを見たままに描写するようになる(ワンプレーの結果が出た後はエモい語りが復活するという揺り戻しが来る)こと。試合がさくさく進むし、文章に緩急を生んではいるものの、時折淡泊すぎると感じることがないわけではなかった。。それでも、二塁から三塁へ、三塁から本塁へと完全にリズムに乗ったベースランニングの爽快さ、ホームインした直後に後ろから追いかけてきた味方走者が突っ込んでくる時のドタバタ感、誰もがそれと分かる放物線を描く本塁打が球場に生む一瞬の時間的空白、乱闘が育むチームの一体感などなど、これぞ!というようなシーンはたくさん描かれているのだけど……。

 

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さて、四つのベースに囲まれた枠を飛び出しさらにはフェンスを越えていくホームランに、香燻は、後宮を出て自由の身になりたいという宮女の願い*2を見たけれど、外は外で何やらきな臭いことになりつつある様子。市民の間で大流行している、ハレムリーグの美少女たちを描いた野球選手カードは、彼らにどんな感情をもたらすのか。野球ものとしてはこれまで読んだことがないほど乱闘が頻発している後宮で、本物の殺し合いが起こってしまうのか。ああ、3巻目が早く読みたい!……読めますよね?……読みたかったな―……(あきらめ気味

 

 

 ※この文章は2014年4月と2015年6月に書いた感想を加筆修正したものです。

*1:主人公が幼い頃祖父母や両親を殺されたことで抱いた復讐心を、「小さな子供が親の応援しているチームを自然と好きになるようなもの」で、従兄に刷り込まれたものだ、と評するなど。これにより主人公の弑逆の動機が変化していく

*2:あるいは下位の宮女から皇帝に見初められ一気に最上位に上り詰めるサクセスストーリー

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