周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

映画「夜は短し歩けよ乙女」 あなたの新生活にも「ご縁」がありますように

森見登美彦原作のアニメ映画「夜は短し歩けよ乙女」を、初日に観てきた。劇場は「極爆上映」「爆音上映」と名付けた音響に対するこだわりが有名な立川シネマシティ、の極爆爆音関係ないシネマワンの方*1。監督は、同作者の「四畳半神話大系」のTVアニメも作った湯浅政明で、今回は脚本なども含め「四畳半」のスタッフ再び、ということになってる。まあ同じ世界を舞台にしてて登場人物も結構かぶってるしね。なお私自身は一応森見作品は単行本化したやつは全部読んでるけど、湯浅政明は「四畳半」と「クレしん」くらいしかちゃんと観てません。

「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作!

※あらすじは原作のものです

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映像として


独特の色遣いで表現された世界を、極端にデフォルメされたキャラクターたちが所狭しと走り回る、ジェットコースターのような映画だった。監督がアニメ「クレヨンしんちゃん」(映画・TVA両方)に深く関わってる人なんで、あのキャラクターを360度グリグリ動かして目が回りそうになるところとか似てるかも。


原作は古都・京都を舞台にした摩訶不思議なファンタジーで、それが大学時代の「何でもアリ」な空気に妙にマッチした青春小説。この10年くらいの「京都+大学生物」ブームの端緒でもある。大仰な語り口の中に「笑い」や「可愛さ」を含ませた作風で人気を得た。



この映画が「原作に忠実」かっていうと必ずしもそうではないんだけど、「四畳半」同様、原作者と監督の強い個性のぶつかり合いが化学反応を起こして、「夜は短し~」でしかない作品になってたと思う。「四畳半」の灰色の雰囲気に比べると本作はポップでカラフルなイメージを増してて、そこがくどいと感じることもあったけど。詭弁踊りとか。あとこの作画の凄さをみろやおらああああとばかりにカメラを正面に固定して踊りをノーカット長尺で見させられるの苦手。

原作からの改変点:みんな異なる時間を生きている

原作からの最大の改変は、4つのエピソードが春夏秋冬1年にわたるものだったのを、たった一夜の出来事だったとしている点。なかなか無理矢理な設定のようにも思えるけど、でもこれ、真正面から受け取らず「先輩」の主観からは長い一夜のように感じられた、くらいの受け止め方がいいんじゃないかしら。


OBの結婚式で。その二次会を抜け出したバーで。居酒屋で。古本市で。文化祭で。大人の階段を駆け昇らんとしている乙女は、様々な人と出会う。「先輩、奇遇ですね」「いえ、偶然です」必然の出会いもあれば、偶然の出会いもある。ただ、「ご縁」があってその場に居合わせた人たち。たくさんの人にとって「何者でもない」最後の時間である、一方で年齢相応の行動力がついてきつつある大学生ってのは、あるいは色んな人と自由な立場で触れ合える、最良のチャンスかもしれない。実際、「大学では人脈を作れ」と教える大人は多い。


学生。人妻。悠々自適の老人。天狗。自由人。年齢も職業も性別も生き方も違う彼らは、それぞれ別の時間を生きている。実際に顔をつっつきあわせて場を共有していたとしても、時間が経つのが早く感じる人もいれば、遅く感じる人もいる。実時間は関係ない。「乙女」だけをひたすら追い続け、それ以外のことをしてこなかった「先輩」にとって、あの一年は紛れもなく長い長い一夜だったんだろう。……というのは、同作者の最新作『夜行』を読んでると、より理解しやすいかもしれない。氏の京都物、大学生物の総決算とも言える作品だ。


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それぞれに異なる時間を生きてる人たちが、一瞬でも場を共有する。その「ご縁」を大切にしましょう、なんて口はばったいことは言わない。どんなに大切にしようとしてもああすればよかったこうすればよかってっていう後悔は絶えないものだから。むしろ一期一会だとばかり思ってた出会いが意図せず一生ものの付き合いになる、なんてことの方が多いのでは。なんにせよ、友人の多寡は必ずしも人生の幸福には繋がらないけど、「ご縁」はあったほうが「オモチロイ」、とは言えるかもしれない。この春から新生活を始め、「乙女」のように大人の階段を今まさに登ろうとしてる人もいるだろう。どうか、彼らにたくさんの「ご縁」がありますように。

キャスティングについて


注目の「先輩」役星野源はハマり役ではあったとは思う。声優としての前作「ちえりとチェリー」では、ヒロインを父親のように見守るヒロインの友達の古びたウサギのぬいぐるみを演じてて、こっちは童貞こじらせた大学生と役柄としてはかけ離れてるんだけど。不器用さ、という意味ではお父さんも童貞も通じるものがあるかも


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「乙女」役花澤香菜は、まあこの人に後輩キャラを演じさせて可愛くないわけがなかった。でもこの可愛さって今のハナカナだからこその可愛さって気もする。昔は喋ってる間ずっと可愛かったんだけど、今作では場面場面でメリハリのきいた可愛さを発揮してたというか。そういえば声優としてのハナカナと森見先生、同じ2003年デビューなんだよね。


「学園祭事務局長」役神谷浩史は、あざといの一言だった。神谷浩史が主演した「さよなら絶望先生」では、森見登美彦の原作を「簡単なことをわざと小難しくゆってる」「これ読んだら面白いって言わなきゃいけないという雰囲気を感じる」と、「お前が言うな!」というツッコミ待ちの揶揄をかましてたっけ。「古本市の神」が「四畳半」の小津そっくりで声も同じ吉野裕行だったりというファンサービスも。スペシャルサンクスに「四畳半」の浅沼晋太郎坂本真綾が名前を連ねていたけど、本編にはいなかったはず……? しかし森見ヒロイン、花澤香菜坂本真綾能登麻美子って並べると声オタが金に物言わせて起用した妄想キャスティングみたいな感じですね。


デートムービー


原作者書き下ろしの来場者特典小説は、「先輩」が「乙女」を手紙でデートに誘うといった体の書簡体小説*2。この映画ってデートムービーなんだな~ということを強く感じさせられた。森見登美彦星野源も男女ともに人気あるしね……。でも、大丈夫! 劇場には星野源みたいな人も一人でたくさん観に来てたから!


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つばさ文庫版、オモチロイ


帰りに書店に寄ったら、児童向けの「角川つばさ文庫」から原作の新装版が出ていた。本文はそのままだけど、フリガナが振られ、挿絵がつき、ページ下には注釈が。注釈を入れること自体の是非はともかく、この脚注の入れ方はかわいいな~。大人も欲しい一冊だ。この児童書版もきっと、色んな「ご縁」を結んでいくんだろうな。


*1:こっちは久々だったけどシネマツーに比べると音響面などで物足りなさは残る。あんまし大迫力! って感じの作品ではなかったのが救い

*2:一週目は先輩からの、二週目は「乙女」からと、内容が変わるらしい