安心の桜井弘明アニメ 「デ・ジ・キャラット」から「ミュークルドリーミー」へ
2020年春アニメで期待してるものといえば? はい、テレ東ニチアサの「ミュークルドリーミー」ですね。
「おねがいマイメロディ」(2005-)、「ジュエルペット」(2009-)、「リルリルフェアリル」(2016-)……。女児アニメのオルタナティブな可能性を追求してきた、伝統の「サンリオアニメ」枠が帰って来た! これはとてもうれしい。
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- ぬいぐるみみたいなマスコット、ではなく喋るぬいぐるみのみゅーちゃん
- 桜井アニメは楽しくてかしましくて悪い人が出てこなくて美味しい
- 圧倒的なテンポの中に埋もれる声優たち
- これまでも、これからも桜井弘明は変わらないか
ぬいぐるみみたいなマスコット、ではなく喋るぬいぐるみのみゅーちゃん
主役は喋るぬいぐるみのミュークル個体名みゅーちゃんと、この春中学生になった日向ゆめ。
ジャンルは……お悩み解決ものとでも言うのか。みゅーはパートナーと心を通じ合わせると同じ夢の中に入ることのできる「ユメシンクロ」という力を持っていた。二人はミラクルドリーミー王国の女王様に頼まれ、ストレスが溜まって闇堕ちした人の夢の中に侵入したり、自分の悩みを解決するため自らの夢の中に入ってなんかいい感じにする。
ストーリーは全く深刻な雰囲気にはならず、ツッコミ不在の――正確にはツッコミは入るんだけど怒涛の勢いが止まることはなく押し流される――アッパー系ギャグが延々繰り広げられる。
一話を観て印象的だったのはみゅーちゃん。「ぬいぐるみみたいなマスコットキャラ」っていうのはお約束だけど、このアニメのそれは「お月さまの光に照らされて、 耳の星もようが きらめいた不思議な夜から おしゃべりができるように」なった本物のぬいぐるみで、表情があまり動かない。体には縫い目が見えるし説明書もついてくる。
冒頭から妖精たちがぬいぐるみをチクチク縫ってる様子はなかなかのインパクト。空からゆめちゃんのところに落ちてきた時も直立不動の体勢だった*1。
サンリオキャラのぬいぐるみを買おうとすると、アニメデザインとの齟齬を感じる事が多かったんだけど、アニメ内でもぬいぐるみとして扱われてるなら違和感が少ないかもしれない。……
桜井アニメは楽しくてかしましくて悪い人が出てこなくて美味しい
このアニメの監督は桜井弘明。近年の仕事ではきららアニメの「まちカドまぞく」(2019)が有名だが、「ミュークル~」と同じサンリオ原作には「ジュエルペットハッピネス」(2013)という前例がある。だからサンリオアニメオタ的に不安はなかったし、一話では期待通りのものを観せてくれた。
桜井「監督」のキャリアは20年を超える*2。その作風は初期段階で既に完成されていた気がする。そしてそれはニチアサだから深夜アニメだからといった理由で変わることはない*3。
- 桜井アニメの特徴としては、とにかく映像がかしましい。ことあるごとに宙に漂う「zzzzz……」「!」「♬」「💢」といった漫符やオノマトペ。みんなほっかむりをかぶったような、子供の落書きみたいな書き割りのモブたち。なんかうにょーっとした謎生物。これらの散りばめられたオブジェクトが低予算でも画面をなんだか楽しげなものにしている。
- ちょっと所帯じみた細やかな生活描写も魅力。「ミュークル~」1話では、お母さんが作っておいてくれたオムレツのケチャップがラップを取るとべちゃっと潰れてたり、リアルな生活のあるあるをうまくすくい上げている。炊きたてごはんから漂う湯気など温かみのある食事シーンも高得点。ほかほかごはんにょ~。
- ベッタベタな少女漫画風味の恋愛模様をやってみせるところや、悪い人が出てこないのも安心して観られる要素だ。シリアスな展開に入ってもラストにはハッピーエンドが待ってると信じて観続けられる。
でも、やっぱり桜井アニメの最大の特徴はその圧倒的なテンポの良さだろう。説明台詞もギャグもとにかく高速で進行していく。Aというキャラが喋ってる時に並行してBが喋りだす「被せ」も当たり前。かと思えば見せ場ではいきなり徐行運転に。緩急のつけ方が極端この上ない。
情報量もめちゃ多く、ニチアサのトリとしてこれを観るとドッと疲れてもう休日が終わった気分になるので、結果的に外出自粛を促進してるともっぱらの評判だ。
アニメ演出家としての桜井は大地丙太郎とセットで語られることが多い*4。「まちカドまぞく」では三人揃い踏みしてたし、今回「ミュークル」のOPも大地が担当した。
大地の代表作には「すごいよ! マサルさん」「こどものおもちゃ」「フルーツバスケット(一期)」「ギャグマンガ日和」などが挙げられる。監督作品だけを観る場合、ギャグにしろなんにしろどこか破滅的で彼が通った後にはぺんぺん草も残らないといった感じの大地に比べると、桜井のそれはハイテンションなのにほのぼのさを失わないところに味がある。気がする。「ミュークル」ではみゅーちゃんがほのぼの面を担っている。
圧倒的なテンポの中に埋もれる声優たち
桜井アニメのテンポに身を委ねるのは心地よい。集団製作が基本のTVアニメでこれだけ一個人の味が出てるのは驚く。台詞の隅々まで製作者の美意識で統一されたお芝居はまるでマスゲームを観ているようで……しかし、残念な点もある。声優一人一人の会話の間の取り方とか抑揚とか、そういったものが見えにくいのだ。
「『GA』は声優を役割の中へと消し去ろうとする志向のとりわけ強い作品だった」。これは桜井監督の「GA-芸術科アートデザインクラス-」を評した言葉だ*5。全く納得できる表現で、制作側の意図に関わらず、桜井アニメはそういうところある。商業展開で声優を第一に推す昨今の傾向とは相反する作りかも。「ミュークル~」も人気声優によるキャラソンCDの発売を予定している。
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だが同じ原稿では「堀江由衣その人が語るように、声優は「美しい歯車」たる。美しさは機能とは別のものである。美は機能を超えている。そのような両義性として声優は現れる。」とも述べられている。これもまた然り。多分きっと、私にはまだその「美」を見出すだけの目が備わっていないのだろう。
これまでも、これからも桜井弘明は変わらないか
私が最初に桜井弘明の名前を覚えたのは「デ・ジ・キャラット」(1999)だった。こげどんぼ*先生が生んだ「こうかつにしてうかつ」なネコミミメイド美少女でじこ。彼女の秋葉原ゲーマーズでの騒々しくも楽しい店員生活をアニメは伸び伸びとに描いた*6。
このアニメは別にオタクを題材とした作品ではないのだけど、あの頃地方民としてまんだらけとかまんがの森とかアニメイトとかそういう都会のオタクショップに対する憧れみたいなものがあって、「これがまだ見ぬアキバ、これがゲーマーズ……!」みたいな目で見ていた気はする。
それから……「魁!!クロマティ高校」(2003)ではドラム缶型ロボットのメカ沢のCVに若本規夫を当て、トラディショナルなロボットと渋い声のギャップが話題になった*7。
「ウィンターガーデン」(2006)は「デ・ジ・キャラット」のスピンオフ的な作品だがそれまでの桜井演出を封印した異色作である。
こげどんぼ*先生との縁は「デ・ジ・キャラット」にとどまらず、「ジュエルペットハッピネス」(2013)では作中に登場する漫画「ジュエルペットカフェ物語」の作画を担当。「ミュークル~」でも同様に「チアっちゃお!」という漫画を提供している。
「まちカドまぞく」(2019)原作は生活感に溢れてて、設定の情報量も案外多くてと桜井との相性抜群の原作だっただろう。桃とシャミ子にはでじことぴよこ・うさだとの関係を思い出すものがあった。
……特に印象に残ってるのはこの辺だろうか。こんな文章を書いときながらナンだけど、私は積極的に桜井作品を追っかけてたわけではない。元々スタッフの名前でアニメを視聴するのが続かない人間なのだ。彼を語る上で絶対に外せない要素を見逃しているということも十分ありうる。
だから私は、桜井アニメがずっと変わらない味を提供してくれるとは言わない。ただ、数年ぶりの店に入ってみたらやっぱり美味しかった、そんなことが長いアニオタ人生で何回かあった、そこには桜井弘明がいたとだけ書いて筆を置くことにする。
*1:これは多分意識がなかったからなんだろうけど
*2:アニメ業界に入ってからだと30年以上
*3:作品によって演出スタイルをガラッと変えることはもちろんある。「少女コゼット」「ウィンターガーデン」では下に書く演出スタイルはあえて封印されている
*4:桜井と大地とそして「機動戦艦ナデシコ」の佐藤竜雄は「赤ずきんチャチャ」(1994-)で名を馳せ、現在でもお互いの監督作品に絵コンテ演出で参加するなど交流が続いている
*5:谷部『声ヲタグランプリVol.4』声優アニメレビューより。筆者はよしこもり氏
*6:そういえば「ミュークル~」のテンポを「てーきゅう」に喩えてた人がいたけど、「デ・ジ・キャラット」は情報バラエティ番組「ワンダフル」内の5分アニメで、アース・スター枠の先輩と言えなくもない