周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

「推し武道」ChamJamその他の百合事情

「推しが武道館いってくれたら死ぬ」はアイドル漫画で、かつ百合漫画だ。この二つの要素が食い合うでもなく、むしろうまいこと絡み合っていい感じになっている。

武道館に行ってほしいファンと繋がりたいアイドル 舞菜とえりぴよ

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ちゃむのサーモンピンク担当:舞菜とえりぴよはアイドルとその熱心なファンという関係だ。


塩対応にもくじけない、えりぴよから舞菜への愛が一方的に重いように見えて、舞菜側もえりが風邪を引いた時に「えりぴよさんの病原菌ならもらってもいいんだけど……」と考えるなど、なかなかぶっ飛んだ想いを抱いている。


えりぴよがあくまでファンとして舞菜と向き合おうとしているのに対して、舞菜はえりぴよとアイドルとファン以上の関係になりたいとひそかに考えてる。ただでさえ舞菜はえりの前ではうまく話せないところにこれなので、二人の感情はすれ違うばかり。そこにエモさと笑いが生まれる。


原作第一話では舞菜は「可愛い女の子に囲まれてハーレム気分満喫したいからアイドルやってる」という設定だったけど、その後全く出てこないしアニメでも削られたところを見るとなかったことになったようだ。

ガチ恋勢を釣る自分もまたガチ恋勢でした 空音とれお

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空音はガチ恋勢を釣るタイプだと言われている。ガチ恋勢とは何か。一人のアイドルと数多いるファンではなく、一対一の関係を求めるオタクのことだ、とまとめてしまっていいだろう。しかしそんな空音もまた「相手にとって自分でなくてはいけない」関係を求めてる。その相手こそが同僚のれお。路上ライブで見かけた彼女の姿が空音をアイドルの世界にいざなった。


応募した事務所にたまたまれおも所属していたのは単なる偶然だろう。でもその偶然に何かを感じてしまったのかもしれない。空音はいつもれおのことを見ている。同僚として、二人はアイドルと一人のファン*1以上の関係にはなった。


しかしれおはいつだって平等だ。オタクにはもちろんのこと、同僚に対してもそれは変わりなかった。彼女はいつだってみんなのアイドル:五十嵐れおでいる。でいて神対応で、いつもは釣る側の空音が釣られてしまう。そんな彼女を理想のアイドルと評し「でもそんなれおのことが好きなんだなあ」と言いながら、時折じめっとした感情が顔を覗かせるのだった。

お互いがお互いのファン 眞妃とゆめ莉

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唯一肉体関係までほのめかしているのがこのCP。隙あらば二人だけの雰囲気を作っていて、他のメンバーが気づかないのが不思議なくらいだ。舞菜のハーレム妄想に彼女らが入ってなかったのは、実は二人の関係に感づいてたのか、この時既にニコイチの構想があったのか……。


ゆめ莉のオタクは愛が重そうな人が多い。ダンスの技術はピカイチなのに控えめな性格でいまいち推されていない不遇さがそうさせるのだろう。眞妃もその一人だ。この子のことをもっと多くの人が知ってほしい。前列に来てほしい。その思いがゆめ莉のCD(投票券)をこっそり大量買いさせる。そのために人気投票で自分の順位が下がるのも厭わない。しかし当のゆめ莉は後列から前列の眞妃のことをずっと見ていたくて……


眞妃は元々スカウトされてこの世界に入った人間で、アイドルに興味なんてなかったし、オタクにも強い感情を抱いてない。そんな彼女がゆめ莉に関してだけはオタクと同じ気持ちを抱いているのが面白い。そのゆめ莉のオタクは人気投票で眞妃にお株を奪われた感がなくもなかったけど、アニメでは彼女のおかげで推しががんばりを再認識してくれてたのが救いか。


なおこのCPは外見的には悪いお姉さんがいたいけな女の子をたぶらかしてるように見えるけど、実際には二人は19と18。なので年齢差で言えばえりぴよと舞菜(20と17)、れおと空音(22と18)のほうがあやうい。

百合営業がガチ百合に 佳那とりょーちゃん

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女性声優やアイドルが人前でいちゃつく(ようにオタクからは見える)営みを百合営業と呼ぶ。そうすることで百合好きのオタクが喜ぶため。男の影を隠すため。純真なオタクは、彼女たちが楽屋裏でどんな態度を取ってるかも知らず簡単に騙される――。そうした冷笑的なニュアンスが多分に含まれた言葉だ。アイドル同士である以前に女同士の気安さに、男オタクはそれを指をくわえて見てるしかない。でも、ファンも女性だったらどうだろう。


香川の「ステライツ」*2は女性ファンが支えている。メンバーの一人佳奈は、人気の同僚:りょーちゃんと組んで百合営業を仕掛けている。これは全く打算的なものだったけど、りょーちゃんは元々佳奈に強い感情を持ってたので好きでそれを受け入れ、佳奈も段々とほだされていく。


佳奈はファンが喜ぶだろうと思ってそうした。男性でも女性でも好きな人らが仲のいいところを見せるのは嬉しいものだ。そうしたファン感情に応える気持ちと、佳奈の行う「百合営業」に明確な一線を引くことはできない。そういう意味では「百合営業」という名前が最近になってついただけで、タレントとしては昔から当たり前の振る舞いなんだろう。


……しかしファン全員がそれを快く思うとは限らない。りょーちゃん単推しのファンからは佳奈はぼちぼち嫌われている。佳奈が見せつけるような態度を取るからなおさらだ。彼女は「そういう人ははじめからわたしのことを好きになってくれる気がないでしょ」という。


ステライツの百合エピソードは専ら「尊い」ものとして語られる。佳奈と佳奈のことを嫌いなりょーちん単推しのやり合いも、一旦はギャグとして処理された。が、あの中では苦い顔をするだけだった別の女オタの一人は、後にガチ恋勢としての辛さを語るりょーちん担として再登場する。百合営業する側とそれを快く思わない単推しの間の溝は全く縮まらない。時折垣間見せるこうした諦観が「推し武道」の面白いところだ。

推す側と推される側ではない関係 あーやとえりぴよ

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推しが尊い。だからこそ特典会前はああでもないこうでもないと会話を練り、実際対面してみるとテンパって空回って、終了後は自分の挙動不審をどう感じられたか思い悩んで転げ回る。逆に推してないアイドルなら緊張しないしその気安さに甘えて優しくされたい時もある。でも推しではないので基本的に興味はない。えりぴよにとってのあーやはそういう存在として描かれる。


あーやから見たえりぴよは、後列組として鎬を削る舞菜のTOとして存在する。彼女は常々、隙あらば同僚のオタクを取ってしまうと公言していた。えりぴよとはバイト先のメイドカフェでの邂逅から始まって何かと縁があり、かなり気安い仲ではある。舞菜の「アイドルとファンではなく、えりぴよさんの友達になりたい」というひそかな願いをあーやは半ば実現してしまっている。アニメではえりくまはメイドカフェの常連ってことになってて、推し変待ったなし。これらの匂わせから、某所では、舞菜は嫉妬のあまりあやちゃんにきびだんごマウント*3を取るキャラとして定着してしまった。


でもあーやのほうはというと、6巻では女オタがたくさん(二名)ついてる舞菜のことを羨ましがってたり。キャンプの時は「えりぴよさん! わたしのチームなんだからわたしのことも見ろ―!」と叫んでた。空音に「私には重いオタクがついていない」と嘆いたこともあったが、えりぴよの「重さ」は誰もが知るところで、彼女があーやに推し変したらちゃむの勢力図が大きく変わることは間違いない。


……でも、そうはならなかった。実際そうなってみてもあーやは戸惑うだけじゃなかろうか。彼女はちゃむの中でも随一のアイドルオタであり、「推す」ことの尊さを知っているからだ。えりぴよとあーやがどうこうなることは絶対にない。スリーショットチェキの時も3人で写ることになって「は? なんでわたし? こわっ!」と不審がっていた。でも、だからこそ二人をセックスしないと出られない部屋に閉じ込めたいと読者は思ってしまうのだ。あやぴよ、最推しです。

あーや総受け説 あーやと、れおと空音と優佳

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もう少しあーやについて考える。彼女は自身センターを強く渇望しながら、がんばるれおのことが大好きで、彼女こそを約束されたセンターとして認め、(自分がセンターになれるとしたらそれはれおがアイドルをやめる時だ)と諦めながら、彼女が弱い姿を見せると「やめないでね、れお」と懇願する。


アイドルに強い憧れを持ってた自分と違い成り行きで入ってきた空音が人気が出たことに不満を持ちながらも、神対応なのは認めざるをえなくて、自分も釣られかけてしまう。


コミックスの自己紹介ではおバカコンビの片割れとして優佳を「仲のいい相手」に挙げてたのに、優佳のほうからは矢印が伸びてない。


あーやは野心家であり、同じグループの仲間であっても強い競争意識を持っている。それは裏返せばメンバー全員に巨大感情を向けていることの表れだ。そこに百合的なオイシさがある。そんなあーやのことが好きなんだなあ。

武道館が決まったセンターと不人気メン メイちゃんとれお

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この漫画で一番の美人といったら? はい、もちろんめいぷる♥どーるのメイちゃんです! そう答えてしまってもいいのではなかろうか。平尾アウリ作品は美男美女が所狭しとひしめいてる。こういう漫画で他を圧倒する美人を描くのは難しそうだけど、メイちゃんは武道館アイドルに相応しいオーラをまとっている。アニメでは、今まさにフェスに出撃しようとしてるちゃむの前に階段から降りてくる演出でラスボス感が盛られていた。


そんな強キャラが一体なんでああもれおを敵視するのか。メイちゃんはれおが以前所属していたグループのセンターとして登場した。原作では、フェスの前に自分のライブに偵察に来たくまささんを見つけ、それをれおにLINEで伝えている。本編の数年前、くまささんが生涯の推しに出会ったライブは、オタク仲間のマサムネさんの付添で訪れたのだった。マサムネさんはメイちゃん推しで、だから彼と同じ色のキンブレを振っていたという。それをれおはずっと忘れてないようだが、メイちゃんのほうも推し変されたようで気に食わなかったのだろうか。れおの回想を見てるとどうもそれだけではなさそうだ。


武道館公演も決定し大人気アイドルになった今、言ってみればうだつの上がらない地下アイドルのれおになぜ執着するのか。二人がいた前グループが解散した理由は何なのか。それが明かされる時、メイれおの道が啓かれる……と思うのだけど、きっとそれは終盤も終盤になるのだろう。


*1:というほどには空音はライブに通ってなかったようだけど

*2:眞妃の従姉妹が所属している

*3:「あやちゃんはえりぴよさんからきびだんごもらった?」「わたしはもらったよ」