周回遅れの諸々

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当時17歳の著者による和風ファンタジーの怪作が復刊 秋田禎信『ひとつ火の粉の雪の中』

第3回ファンタジア長編小説大賞準入選にして、応募当時17歳だった著者のデビュー作が、新潮文庫nexから復刊された。1992年刊行の旧版は、現在電子書籍として配信されている。

 

 

舞台は魑魅魍魎が跋扈する、中世日本に似た世界。偉丈夫の鬼斬りが、最強の力を持つ鬼の娘を連れて旅に出る。

 

著者の代表作である「オーフェン」は、ライトノベルという分野において、やたら理屈に凝りまくった世界設定をウリにすることに先鞭をつけた作品だった。一方、本作は仏教的な世界観に通じるその設定を大仰に開陳することはしない。代わりに、押韻を強く意識したテンポの良い文章や数え歌が、妖しく幻想的な世界の雰囲気を形作っている。夢枕獏っぽいという意見を聞いたが、なるほど確かに似てなくもない。アクションシーンは「臓物結界」「闇の春蟲」といった謎のセンスで単純にかっこいいものになっているし、いかなる時も表情を動かさない大男と天真爛漫な童女の、どこかずれた掛け合いも楽しい。そうやって作品世界を堪能する内、読者はいつの間にか、この《苦痛多き世界》との向き合い方という、今も昔も変わらずライトノベル(ジュヴナイル)の本流となっているテーマに向き合うことになる。

 


一つ、火の粉の雪の中
二つ、二人の血の泉
三つ、禊も血の中で
四つ、黄泉路の花畑……

 

ここからは、旧版と今回の版の比較をしていく。

 


本作に瑕疵があるとするなら、才気が迸りすぎているが故に説明が足りず、何が起こっているのか分からない場面が幾つかあるということだった。応募段階の原稿を読んだ審査員が分かりにくいと評し、勿論旧版を出版するに当たって改稿したらしいが、やはり分かり辛い。今回、細かい言い回しなどが結構な量修正されて、全体としてはより整った文章になっているのだが、根っこの難解な部分、具体的にはある謎かけについてのくだりは変わっていなかった。ただ、ファンとしてはこれを単なる若書きだとは評したくないし――「青くさい」と言えなくもない内容ではあるのだけれど、当時のラノベ作家志望者は本作を読んで著者の年齢を知ってうちのめされたものだった――、全面的に改稿しなかったということは著者はそれで良しとしたのだろうし、この独特の雰囲気は分かりづらさとトレードオフではあったかもしれないと思うと、悩ましいところだ。「火の粉」ですげえって思ったけど「オーフェン」で普通の作家になっちゃってがっかりした、という読者も少なくない。

 

2枚の扉絵を除いて挿絵がないという点は、若菜等によるビジュアルがぴたりとハマった旧版から、むしろ抽象的な印象を強めている*1

 

修正部分で最も目につきやすいのは、固有名詞の変更だろう。特に重要な登場人物である「真影」を「ヌイ」、その娘「十六夜」を「リユヌ」としたのは面喰らったが、元々この親子が別の国から渡ってきたという背景を考えると、エキゾチックでなかなか悪くない(ヌイ=フランス語で夜、リユヌ=月という意味らしい)。また著者の文章の特徴だと目されていたダッシュ(――)の多用も、その頻度を減らしている。

 

d.hatena.ne.jp

 

また、口絵が旧版では上の2点のようになっていたところを、新装版では下のようにアオリだけ抜き出していて(なおこのアオリ、本文にはないので旧版の編集者が考えたものです、多分)そういうのアリなんだと思った。

 

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問題は――これはどちらかというと読者であるわたしの問題という意味だがーー新たに書き下ろされた掌編だ。特に変わったものではない。むしろありふれた展開だとは言えるだろう。一度完全に終わったあの物語に付け足すとしたら、こうもなろうという気はする。しかし、それにしても、今になってこう来るとは!例えばこれが店舗特典として執筆されたSSなら、ひとつの可能性としてあっさり受け入れたと思うのだが……。ある意味、旧版から長い時間を経た読者へのサービスなんだろうか?それとも、何かの問いかけ?蛇足ではないのか?物語からの必然的な要請によるものなのか?今はまだ結論が出せない。しばらくは、悩みながら過ごすことになりそうだ。

 


ひとつ火の粉の雪の中 (新潮文庫nex)

ひとつ火の粉の雪の中 (新潮文庫nex)

 

 amazonで検索すると、旧版kindle版と新装版の情報が紐付けられてて、前者が検索結果に出てくるの、勿体無い……(「ひとつ火の粉 新潮」でも!)

 

※この文章は2014年12月に書いた感想を加筆修正したものです

*1:表紙イラストだけなら遠野志帆による今回のそれも負けず劣らず鮮烈で素晴らしい