ほんの少しだけ優しいマーガレット・ミラー 『雪の墓標』『悪意の糸』
ロス・マクドナルドの妻としても有名なサスペンス小説家のマーガレット・ミラー(1915-1994)は、わたしが愛読している数少ない、というかほぼ唯一の海外作家だ。元々は「魔術士オーフェン」の秋田禎信が影響を受けたということで読みだしたのだけれど、文体が波長にあったのか、現在も新訳が刊行されればその都度チェックしている。
ミラーというと、人生に行き詰った駄目な人々に対して、これ見よがしに説教するでも穏やかに包み込むでもなく、ひたすら冷徹に観察し、卓越した描写力でありのままを文章にする作家、というのが世間の専らの評価だ。わたしの認識もそんなに変わらない。現代風に「イヤミス」と言ってしまうと、識者の方々に怒られるだろうか。探偵役の影が薄く、職業探偵もいるけど、失踪した人物を探して、彼女の足跡を辿っていったら、たまたま真相が明らかになる場に居合わせただというのが多いも肝だと思う。探偵による謎解きがメインではないのだ。
最新の邦訳作品である『雪の墓標』(原題:Vanish in an Instant)でも、我々の身近にいそうな、或いは我々自身がそうであるような駄目人間見本市といった感じの人物描写は変わらない。
1950年代、デトロイト近郊の田舎町で、クリスマス間近の雪降る夜、1人の男が殺された。男女関係のもつれとみられ、警察はある女を逮捕するが…。アメリカ探偵作家クラブ巨匠賞受賞作家ミラーが放つ、クリスマス狂詩曲。
しかし過去の邦訳作品より少しだけ、ほんの少しだけ著者が登場人物に優しく寄り添っているように感じた。多くの登場人物は自己中心的で、人間関係はギスギスしていて、決して幸せな生活を送っているとは言えない。しかしその中にほのかに他人を思いやる気持ちが見え隠れする。たとえそれが突破口に繋がらず悲しい結末に終わったとしても、ペシミスティックにはならず、一抹の希望を見出そうとする。この表紙の装丁を初めて見た時、「おっ、なんだかほっこりしたイラストに釣られて購入した人を崖から突き落とすやつかな?」とか考えてたことを反省したい。ミラー版の「賢者の贈り物」とでも言おうか、この季節*1にふさわしく、読むと心温まる……というよりむしろ自ら温かくなりたいと願うようになる、そんな一冊だった。
考えてみれば2014年、15年ぶりの邦訳新刊として発売された『悪意の糸』(原題:Do Evil in Return)も、患者の夫である弁護士との不倫に将来に不安を抱えているアラサー女医が、颯爽と現れた嫌味な刑事にヤな奴ヤな奴ヤな奴!とプリプリしながらも、皮肉の中に滲む誠実さにキュンと来ちゃったり、女性向けロマンスのかほりが漂っていて、既刊とはやや趣が異なる小説だった。未訳の作品の中にも、わたしのミラー観を覆してくれるようなものがまだまだ存在しているのかもしれない。
……かもしれないので、kindleに既読未読含めてミラーの著作が一挙に登録された時はテンションアゲアゲだったのだけど、全部原書だった(=o=;) この機会に原書に手を出す……?いや、でもなあ……
※この文章は2015年12月に書いた感想を加筆修正しものです
*1:読んだのは12月