周回遅れの諸々

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「スレイヤーズ」がラノベにもたらした何か 秋田禎信、橘公司他『スレイヤーズ25周年あんそろじー』

ライトノベルの生ける伝説である神坂一スレイヤーズ」は、2000年に本編が完結した後も外伝のほうはしばらく続いていたが、それも2011年に発売された『スレイヤーズすまっしゅ。5 恋せよオトメ』で一旦終了してしまい、以降原作に目立った動きはない。本書は、そんな中刊行されたアンソロジーである。神坂と共に往年のファンタジア文庫を支えた秋田禎信から、「デート・ア・ライブ」で現在の看板となっている橘公司までの後輩5人に神坂本人を加え、6人の作家が各々にとっての「スレイヤーズ」を執筆している。

 

  

 

 

秋田禎信「ゼフィーリアの悪魔」

(デビュー:1992年、代表作:魔術士オーフェン


タイトルから「お?ひょっとして?」とみんなが想像する方ではないインバースさんが旅立つ前、地元の魔道士協会に通っていた頃のお話。原作では触れられていない部分を独自に想像してみようという意図は、他の短編と比べても強く感じる。もっとも秋田としては神坂本人にこの時代のリナを書いてほしくて、何度かアプローチも試みていたようだが……。

 

結果としては、いくらでも悪用できる技術がその気になれば比較的容易に手に入る世界における、力を持つことの責任とその制御、といった感じのいつもの秋田節。のみならず、リナの強さの源は強力な魔道を扱えること自体ではなくその実践と応用にある、というところをつついた、神坂作品としても王道の短編に仕上がっていた。終わり方は神坂先生ならもうひと捻りするかな。そこは作家性の違いか。多分今回参加した面子の中で、世代的にもプライベートで交流があるという意味でも唯一原作者本人をいじれるアドバンテージを利用して、神坂先生への愛が伝わってくる内輪ネタなんかもあるけど……呪力結界、14巻で登場してるから! 少なくとも本編では終盤まで忘れ去られてないから! そういった設定の齟齬は気になった。ゼフィーリアの人たちも意外に普通。視点人物であるリナと同窓の少年は、「スレイヤーズVSオーフェン」における地の文の語りで彼女を絶賛していたオーフェンを連想させる。というかリナが大好きな秋田本人だこれ。

 

 


 日日日「マリアンヌの肌」

(デビュー:2005、代表作:狂乱家族日記ささみさん@がんばらない


本編第2部において特に顕著な、グロくてエグくて悲しい、暗黒伝奇小説風味の「スレイヤーズ。語りが「スレイヤーズ」にしてはちょっと感傷的過ぎるけど、クールな外面とは裏腹にわりと情に脆いゼルガディスが主役ならそれもアリかな。こちらも前日譚。意外なキャラの登場、意外な呪文の見せ場がファンには嬉しい。本家の「ゼルガディス朧月草紙」と路線が多少かぶってるので、本編終了後を描いたあちらと差別化する意味で、もう少しゼルの言動、性格はリナと出会う前の「レゾの狂戦士」推しでもよかったのでは。

 

 

愛七ひろ「リナ=インバース討伐!」

(デビュー:2014年、代表作:デスマーチからはじまる異世界狂想曲


すぺしゃる/すまっしゅ。のパスティーシュ。当然ナーガも登場。あの必要不可欠な部分以外は削りに削った、テンポの良い文体を見事に再現している。すぺしゃる20巻「みっしょん・ぽしぶる」に収録されている同名タイトルの完全な続編、というかスレイヤーズすぺりおぉぉる的な何かなので、読んでいないと楽しめない……ということはないにしろ、所々???となるかも。なった。

 

 

初美陽一「呪術遺跡の偽愛戦争(ラブナロク)」

(デビュー:2011年、代表作:ライジン×ライジン)


ゼルガディスとリナが二人きりでダンジョン攻略に挑む、ラブコメ風味の何か。この組み合わせ自体は大好物なんだけど、アニメ寄りのキャラ造形だとしても、ちょっとこれは、うーん……

 

 

橘公司「冥王フィブリゾの世界滅ぼし会議」

(デビュー:2009年、代表作:デート・ア・ライブ


このアンソロジーの白眉。ルビーアイの五人の腹心が勢揃い!してあとがきのノリで喧々諤々議論をかわす。メタな小ネタが山盛りで、作品に精通していればいるほど楽しい。やや反則気味だけど、こういったものでも許容してしまうのが原作の懐の深さなのだろう。あの世界の設定はきちんと作りこまれたものではなくとも非常に魅力的なもので、しかしある種のファンタジーの神話にありがちな仰々しい態度とは全く無縁だ。話者であるリナによって非常に俗っぽいというか現代的な捉え方をされている。この短編はそれをよく心得ていると言える。

 

大前提としてちゃんとスレイヤーズしていて、ファンの、この文脈ならあのネタでしょう、という期待には応え、その上で時に想像の斜め上を行く。流石、スレイヤーズが大好きで、神坂先生に原稿を読んでもらうためにファンタジア大賞に応募し、デビュー作が解説で「リナの系譜を受け継ぐ最強ヒロインの物語」と評されるだけのことはあり、筆が乗りに乗っていた。

 

 

神坂一スレイヤーズいんたーみっしょん リナ=インバースの記憶」


お久しぶりの原作者の手になるスレイヤーズ。本編1部のなかよし四人組が登場。大トリとして、このアンソロジーの全作品とアニメを始めとする数多のメディアミックスを肯定し(あるいは葬りに?)に行く。短いながら作家としての円熟味を感じた短編。

 

以上、自分としては橘公司の短編が最大の収穫だった。最近はすっかりライトノベルから足が遠のいたという人も多いだろうが、往年のファンならば是非に。あれから25年、「スレイヤーズ」が与えた影響は今も業界にしっかり根付いているということが、現在の富士見の看板作家である橘の作品を読めば、理解できるはずだ。……ちょっと言い過ぎたかも。第2弾では志瑞祐、縄手秀幸、火浦功ろくごまるに辺りをお願いします。

 

あ、スレイヤーズに必須のあらいずみ☆るいの描き下ろしイラストは、表紙のそれしかないので注意。何やら病気していたらしいので、しょうがないのかな……。カラー口絵は、Nino、パルプピロシ深遊といったイラストレーターが担当していた。それ以外は既存のイラストの再利用。あとがきはきちんとあります。全員分。

 

投票結果 - スレイヤーズ25周年あんそろじー あなたのお気に入りは? ~神坂先生の作品は殿堂入りな方向で~

 

 

(この文章は2015年01月に書いた感想を加筆修正したものです)