周回遅れの諸々

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水木しげる風の有名文学要約本 ドリヤス工場『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。』

忙しい現代人のため、恥ずかしくて今さら人には聞けないあなたに、といった謳い文句ですっかり出版ジャンルとして定着した感のある有名作品要約本。web漫画サイト「トーチweb」で連載中の本作もそれに乗っかったものだが、ちょっと変わっているのは水木しげるの作風を模倣していることで知られる「ドリヤス工場」氏が描いていることだろう。同人オンリーで作品を発表していた頃からアニメやゲーム、ライトノベルなど様々な作品を水木風に仕立てあげ、読者を楽しませてきた氏の手腕が遺憾なく発揮されている。

  

トーチweb 有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。

ドリヤス工場


 

企画の性質上、短くまとめるために原作から削られた箇所は勿論多い。にも関わらず、接ぎ目を意識させられることはほとんどない。あくまで話運びは滑らかだ。コマとコマの間に漂う、省略?はてそんなことしましたか?と言わんばかりの飄々としてとぼけた雰囲気が、かえって独特の味になっている。そういえば水木先生も、どんなにトンチキな展開でも強引さを感じさせず抜け抜けと読ませてしまう才能の持ち主だ。水木パスティーシュとしては絵柄のコピーでなく、どちらかというとそういった話運び、間の取り方のほうを会得していることに感嘆する。


侘び寂びを感じさせる画風は、特に本邦の近代文学にはぴたりとハマっている。帯にある通りこの時代の、特に自然主義を志向した作品には、現在の観点からはなかなかロクでもない主人公が多いが、本作ではロクでもなさや陰々滅々とした苦悩はそのままなのに、軽みを帯び、より卑近な存在に感じられた。

 

難点としては当然の事ながら「モルグ街の殺人」「ドグラ・マグラ」といった推理小説原作についてもネタバレがあるので注意が必要だ。もっとも前者などはネタバレどうこうより、本書の中では珍しくあらすじを追うのに汲々としているように感じられるのが気になったが……。それと、同著者のアニメやライトノベルをモチーフにした同人作品に比べると、あの原作を水木テイストで!?という異化効果による笑いはやや薄めだろうか。

 

ただそれもあえて文句をつければ、という話だ。これまではマイナーメジャー感のあった著者だが、これを機に大きくブレイクすることを予感させる、そんな作品集だったことに間違いはない。諸々の原作を既に読んでいる人にもおすすめだ。

 

 

(この感想は2015年09月に書いたのを加筆修正したものです)