周回遅れの諸々

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麻生俊平の近況(2016) 『ホワイト・ファング』『捜査班』、そして『和泉貴理子』

麻生俊平という作家を知っているだろうか。ライトノベル業界では珍しく社会派と評判の小説家だ。代表作の「ザンヤルマの剣士」(1993-1997)はオウム事件の直前に新興宗教のマインドコントロールを取り上げたり、終盤がエヴァの方の人類補完計画を髣髴とさせる展開だったり、何かと時代性に富んでいたことが話題になった。人気作家の乙一も影響を受けていることを公言していた。……だがその後「ミュートスノート戦記」「VS」などを経て、一部の作品を除き、ファンの評価か、あるいは売上がいまひとつ芳しくないまま、現在に至っている。

 

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多くのラノベ作家がそうであるように、彼もまた00年代後半から、ライトノベルレーベル外で作品を発表するようになった。


 「ホワイト・ファング」シリーズ全3巻(2008-2009)は、「トクマ・ノベルズEdge」という、一般文芸というにはちょっと苦しいけど文庫ラノベレーベルよりはやや上の年齢層を狙ったと思われるレーベルから刊行された。当時の業界が氏の作風に合っていないのではないかと危惧するファンは、新天地での活躍に期待した。だが出てきたのは、少なくとも1巻は何故か犬神明が女になってる以外は(ていうかそれも「月光魔術園」でやってるし)平井和正の「狼の紋章」ほぼそのままの伝奇アクションで、何故それまでは良くも悪くも「現代」を相手にしてきた作家が2008年に「悪徳学園」なのか、理解に苦しんだ。人間の暗黒面を追求する作風から、平井和正が好きだろうというのは分かるのだけど。

 

 

徳間文庫から刊行された「捜査班」(2009-2010)全2巻は警察小説。ラノベから越境した作家は数知れないけれど、本作ほど新しい舞台がしっくり来ているのも珍しい。全体の3分の1くらいの尺を割いてそうな聞き込みの描写、罪を犯した少年の、数年に及ぶ自首するかしないかで堂々巡りする葛藤。地味of地味な作品だが、元来そういう作風である著者としては水を得た魚のようにイキイキとして見えた。

 

 

「和泉貴理子警部補のユーウツ事件簿」は定額制の電子書籍配信サイトyomel.jpで2011年から発表されている連作短編だ。現在3話までが配信され、2話まではkindleでも読むことができる。

 

pc.yomel.jp



 内容は、フィクションの「探偵」に憧れる余りトレンチコートにソフト帽を常に着用し、箔がつくからという理由で警察をクビになった過去を作るために、刑事になった変わり者の新人と、語り手であり上司として彼を見守る堅物幼なじみメガネっ娘(というにはトウがたちすぎてるけど……)の刑事コンビによるライトミステリ。ピンと来た人も多いだろうが、基本的に重いものを得意とする氏の作風からは意外なことに結構好きな人が多いハードボイルドコメディ、「無理は承知で私立探偵」の実質的なリメイクだ。

 

ハードボイルドに憧れて「強大な権力や、権力と癒着した腐敗」の存在(と戦うこと)を切に望むっていうのは、一貫してそういう主人公をシリアスに描いてきた作者の、セルフパロディってことになるのかもしれない。

 

主人公はお堅い組織の変わり者というのがこの小説のアピールポイントなのに、麻生先生の生真面目な組織の描き方と面白キャラクターが正面衝突しているのはやや居心地悪い。それと常日頃から警察クビになりてーって言ってるのに基本仕事できる奴なので、「無理ハ」のたんてーさんほどかわいげはない(いちゃもんの常套句だけど)。

 

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 1話なら古代魚飼育、2話なら手作り石鹸と、ややマイナーな分野を取り上げ取材を怠らず描ききる姿勢は健在。麻生先生、今流行のショップ系ライトミステリとかいけるんじゃないかな、とは思った。……思ったまま、3話のkindle配信も4話以降が発表される兆しもない。

 

新刊は出ないインターネットに姿は見せないで近況を掴むのが困難な麻生俊平だが、それでも近年は多少マシになった。氏の知人で、あとがきにもよく名前が出ていた漫画家の「がぁさん」(@umiushi256) が、彼と会ったことを不定期にtwitterで呟いてくれるからだ。

 



 

でもなあ……生存報告もありがたいけれどやっぱりお仕事の報告が欲しいなあ……。今のところの最新情報は、2014年のファンタジア大賞フェアに合わせてデビュー作『ポート・タウン・ブルース』の電子版が配信されたことになるのかな。同期の、今は富士見で書いてない作家でも小林めぐみなんかは全作品電子化してる辺り、「ザンヤルマ」「ミュートスノート」がそうなってないのは何か理由があるのかもしれない。

 

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