周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

15年越しの決着がついた、とあるラノベの公式カップリング問題 「魔術士オーフェン」の場合

やおい方面にも人気があるアニメ「おそ松さん」のノベライズが集英社から刊行されるらしい。

 

 

担当する作家が商業BLを1冊だけ執筆したことがある(ざっと見た仕事量としてはTLのほうが圧倒的に多い)、そして過去にツイッターで当該作品の特定のカップリングを好む発言をしていたということから、一部の人たちが怒っているのを目にした。「公式」がBL作家を起用するのはよくないことだ。「公式」に関わる人がやおい思考を表に出すのはよくないことだ。「公式」に関わる人が特定のCPを贔屓する発言をしたのはよくないことだ。おおむねそのような論調で、他にも色々な意見が見られたが、いずれにせよ「公式」の言動がその手のファンダムに生む波紋というのは大きい。

 

魔術士オーフェン」の掛け算人気(1994-)

おそ松さん」とは全然関係ないが、「魔術士オーフェン」シリーズという、90年代後半に人気を博したFTラノベがある。世界設定が凝ってたとか、呪文がかっこよかったとか、主人公のバンダナ革ジャン指貫グロープというファッションが強烈だったとか、スレイヤーズの次のやつとか。人によって最初に思い浮かべる印象は様々だろうけれど、この作品も同人人気というかキャラクター同士の掛け算談義が、ノマカプもそうでないものも含めてなかなか盛況だった。比較的近い時期だと「十二国記」辺りには遠く及ばないけれども、まあ「ファンロード」の表紙になるくらいには。

 

F:ID:megyumi:20160131155808j:平野

 


 「オーフェン」シリーズの原作は単行本書き下ろしのシリアスな本編「はぐれ旅」、連載形式のコミカルな外伝「無謀編」、そして主人公の学生時代を描いた「プレ編」という3つの系統があった。「プレ編」は外伝単行本の末尾に毎巻書き下ろされるもので分量としては他の2作よりずっと少ないのだが、シリーズ単位ではこれが同人界隈で滅茶苦茶受けがよかった。多分「学パロ」なるものの人気の高さと無縁ではないし、「オーフェン」の少し後に爆発的な人気を誇った「ハリー・ポッター」とは魔法学園繋がりで結構なファンが被っているのではないか……といったことも思うのだけど、ここではひとまず置いておく。

 

キャラクターとしては特に主人公のオーフェンは「ファンタジア文庫の寅さん」なんて編集者が冗談交じりに言う程度には、毎巻旅先で女性といい感じに(……そうか?)なっては別れる、というパターンを序盤は踏襲していて。誰とくっつくか、というのは多くの読者の注目するところだった。勿論わたしもその一人だ。最近の……というほど既に最近でもないけど、ラノベに喩えるなら「禁書」みたいなものかも。

 

最有力候補は、我侭お嬢さまのC。件のファンロードの特集でのイラスト投稿数は圧倒的に多かった。次いで、おねーさん気取りのダメ婦警のC。二人はそれぞれ、本編と外伝というほぼパラレルな(一応作品内時系列的には後者が先)シリーズのメインヒロインで、片方しか読んでない人が結構少なくない状況も論争を加速させた気もする。時にその争いは、各陣営のヒロインの人格攻撃にまで発展した。他の対抗馬としては、主人公の義姉Aはストーリーを引っ張る最重要人物で主人公にとっても最愛の存在だが、カップリングとしては……? もう一人の義姉Tはカップリング云々より単体で人気だったという印象がある。

 

当時の人気投票⇩

『魔術士オーフェンファンブック』より2000年時点の記録 - SSMGの人の日記

 

……願望ではなく予想ということでは、日頃から「高校の時に付き合った彼女がまずかったのか、女に幻想を抱けなくなった」と公言し、作中でも恋愛めいた話を書こうとすると背中がかゆくなるという作者氏のこと(そういう作品だからこそ逆にカップリング談義が盛り上がったのだろうか)。ある日突然それまで全く影も形もなかった名無しの女性と結婚してたりするのではないか、という見方が実は一番多かったのではないかと思うのだが、それはさておき。

 

「エンサイクロペディア」の波紋(1999)

 

アニメ第一期の放映が終了する辺りの、作品人気の最盛期、「エンサイクロペディア魔術士オーフェン」という副読本が発売される。その中の著者インタビューで、インタビュアーがある質問をした。曰く「下世話な質問で申し訳ないのですがオーフェンって、どの女性とだとうまくいくんでしょうね」。……多分インタビュアーはほぼ確実に、その質問がファンダムに生む効果を分かっていて聞いたはずだ。著者はどうだろう。あとがきで「ファンの書いた同人誌が読みたい」なんて言っていた氏のこと、分かっていなかったとは考えづらいのだが……。はたして回答は、「オーフェンと結婚してうまくいくのは無能警官のCくらい。適度に変なことの後始末をやらされながら、時折ふっと寄りかからせて貰えるくらいの関係が彼にはちょうどいい」(要約)とのことだった。

 

このインタビューを読んだ当時、わたしは主人公の嫁ということで言えば無能警官のC派だったし、そのヒロイン観に納得はしたものの、火に油を注ぐような質問を……! と思ったことも否定出来ない。当時のファンダムではどうだっただろうか。リアルタイムでそこにいたわけではないから断言できないが、今でも「ああいう発言をしたのにあの子とくっつくなんて!」という反応がちょくちょく出てくる辺り、その余波は大きかったことが伺える。

 

旧シリーズ完結時、公式に決着はつかず(2003)

 

 2003年に、旧シリーズは一旦完結。結局、主人公の嫁問題に公式で決着はつかないままだった。 有力候補の一人だった義姉Aが最終巻で消滅してしまったのが、進展? とは言えるだろうか。この時、未来時系列で主人公の娘を描いた短編「そこまで責任持てねえよ!」(ひどいタイトルだ……)が発表されたが、母親が誰であるかは触れられていない。むしろ娘のキャラクターは既存のヒロインの内、一見誰であってもいいように造形されていて、ファンは、それが著者からの回答であると受け取った。反面、想像の余地というものはとても大きく、その手の話題が盛り上がったことは想像に難くない。2chの当該作品を扱うスレには毎回「主人公の嫁談義禁止」なんて注意書きがつくようになった(その割にそれ以前のスレを読むと嫁談義で荒れた形跡があんまりなかったりして過剰防衛ではないかと思ったりも……)。

 

 突然の後日談連載開始、そして……(2008)

 

完結から5年後、ぼちぼちシリーズもあのカップリング論争も過去のものとなり始めていた頃、突如著者の個人サイトで、後日談の日刊連載が始まる。外伝のキャラも合流した本編の続編は、30巻以上積み重ね続けてきた設定の根幹を揺るがす世界語りもさることながら、ゲストヒロインのMが同僚と結婚し、義姉のTは主人公の先輩と子どもができていたことが判明し、無能警官のCは、亡父の会社の従業員(それまで影も形もなかった新キャラ)を「旦那」と呼ぶ。その手の話題が前面に出ることがなかった旧シリーズが嘘のような、爆弾を投下される日々が続き、ファンは幾度も眠れない夜を過ごした。

 

そして、その後日談が書籍化される際、完結から約20年後を描いた中編が描かれることになり。そこで、主人公が我侭お嬢さまのCと三人の子どもをもうけていることが判明して、公式CP論争は終止符を打たれた。

 

「あのキャラが嫁確定したから新シリーズは読めない」(2011-)

 

この後日談が発端となり、2011年からは「第4部」と称して新シリーズが展開された。そして、今でもぽつぽつ現れる続編の存在を知った読者から聞かれる言葉がある。「我侭お嬢さまのCが嫁確定したと聞いて新シリーズ怖くて読めない」というものだ。件の後日談「キエサルヒマの終端」を読めば、「あーまああいつが嫁でもしょうがねえか、と思えるくらいにはなるよ」……とは思うものの、その判断にはどうこう言う気はない。実のところ、著者の近作の中ではわたしの新シリーズの評価はそれほど高くないので、これ読むならあっちを……と行きたいというのもあるし。むしろ「オーフェン」シリーズはしばしば「最近のラノベ」批判者が殴り棒として使うような「古きよきラノベ」なんかではなく、よかれあしかれそういう熱情を喚起する作品だったんだよ、と積極的に喧伝していきたいまである(「最近のラノベ」アピール)。

 

d.hatena.ne.jp

 

時折、やはり旧シリーズ完結時エピローグとして「終端」が刊行されたほうが、こういう人も公式CP確定爆弾を知らずに直撃することができて幸せだったのでは……とは思う。あの後日談は、著者曰く「旧シリーズのエピローグとして構想はあったけれどここまで書くのは野暮だろうということでは書かなかった」ということだが、公開するまでに何か心境の変化があったのだろう。ただ構想として存在したとはいえ全部が全部現行の、主人公の嫁問題に終止符を打つ形で刊行されたかは疑問だし、あの時こうしていればというのはないものねだり且つ大きなお世話というものだろう。

 

……ところで、著者が執筆を担当した「血界戦線」ノベライズはその筋ではZさんが未来から来た娘(自称)の面倒を主人公Lと一緒に見るという展開から「公式同人誌」(褒め言葉)だと盛んにゆわれていて、まあゆってる人は著者がそこら辺を意識して書いたと本気では思っていないんだろうけれど、こういう話をした後だとなんだか怪しくなってくることですね? というかそういえばあれも集英社のJ-booksから刊行されてるから、まるっきり無関係というわけでもないのかおそ松さんと。