周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

「推し武道」ChamJamその他の百合事情

「推しが武道館いってくれたら死ぬ」はアイドル漫画で、かつ百合漫画だ。この二つの要素が食い合うでもなく、むしろうまいこと絡み合っていい感じになっている。

  • 武道館に行ってほしいファンと繋がりたいアイドル 舞菜とえりぴよ
  • ガチ恋勢を釣る自分もまたガチ恋勢でした 空音とれお
  • お互いがお互いのファン 眞妃とゆめ莉
  • 百合営業がガチ百合に 佳那とりょーちゃん
  • 推す側と推される側ではない関係 あーやとえりぴよ
  • あーや総受け説 あーやと、れおと空音と優佳
  • 武道館が決まったセンターと不人気メン メイちゃんとれお

武道館に行ってほしいファンと繋がりたいアイドル 舞菜とえりぴよ

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ちゃむのサーモンピンク担当:舞菜とえりぴよはアイドルとその熱心なファンという関係だ。


塩対応にもくじけない、えりぴよから舞菜への愛が一方的に重いように見えて、舞菜側もえりが風邪を引いた時に「えりぴよさんの病原菌ならもらってもいいんだけど……」と考えるなど、なかなかぶっ飛んだ想いを抱いている。


えりぴよがあくまでファンとして舞菜と向き合おうとしているのに対して、舞菜はえりぴよとアイドルとファン以上の関係になりたいとひそかに考えてる。ただでさえ舞菜はえりの前ではうまく話せないところにこれなので、二人の感情はすれ違うばかり。そこにエモさと笑いが生まれる。


原作第一話では舞菜は「可愛い女の子に囲まれてハーレム気分満喫したいからアイドルやってる」という設定だったけど、その後全く出てこないしアニメでも削られたところを見るとなかったことになったようだ。

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「魔術士オーフェンはぐれ旅」第四部 世界は何度でも上書きされる 

※以下の文章は当サークルの同人誌『秋田禎信1992-2018』に書いたものです。

プルートー教師の凄いのは、アタシも知ってるんです。《塔》の教師はみーんな先生のことハブにしてるくせに、本音じゃあ怖がってるんですよ。うちの両親なんかもそう」
「あの世代の魔術士にとって、彼は悪夢のようなものなのさ。仕方ないよ」
「ンー、じゃあ校長先生にとっても?」
「もちろん。でも悪夢ってのがどんなものかというと……そうだな。チャイルドマン・パウダーフィールド教師という人物を知ってるか?」
「? 誰ですかー、それ」
「そう。こんなもんだ」


TOブックスから刊行されている、「オーフェン」のいわゆる「新シリーズ」は全部で一〇冊。

  • キエサルヒマの終端』は旧シリーズ第二部のエピローグ
  • 約束の地で』はそれから約二十年後、舞台を「原大陸」に移した第四部の序章
  • 以下『原大陸開戦』『解放者の戦場』『魔術学校攻防』『鋏の託宣』『女神未来 上下』が第四部本編で、その後の『魔王編』『手下編』は本編を補う短編集


となっている。「第三部」は空白の二十年間を描くものだが、構想のみが存在し、形になっていない。……


オーフェン」は最初からシリーズ化を意図して書き始められた物語ではない。『我が呼び声に応えよ獣』第一稿を担当編集者に渡した時、初めて「【次】があるかもしれないから準備しといてね」と言われたという。それを知っていて読むと、「獣」のエピローグは続編への伏線として、後から付け足されたようにも思える。第二部が始まったばかりの頃のインタビューでは、「続けられる限り続けたい」と今の秋田からは絶対に出ない*1発言が飛び出している。少なくとも「終わる」ことだけは最初から決まっていた他の作品とはそこが違う。


オーフェン」世界はボルヘスの「幻獣辞典」や北欧神話などからモチーフを拝借しつつ、独自の設定でもって構築されている。



神々の行使する万能たる魔法と、彼らからドラゴン種族が盗み自分たちでも使えるようにした、不完全な魔術。ドラゴン種族が魔術を使うのではなく、魔術を操る者こそがドラゴン種族なのだという定義の反転。ドラゴン種族との混血によってもたらされた人間の魔術は、声が届く範囲のみに効力を発揮する。音声を媒介としているが、発する言葉に意味はなく、呪文はなんでもいい……。ドラゴンとか魔法とかいったもののパブリックイメージを少しだけ裏切る設定群は、多くの読者を魅了した。


だが、それらのほとんどは、『獣』の時点では存在しなかった。第二巻の『機械』で初めて、我々が知る、キエサルヒマ大陸の教科書に載っているような歴史や神話は整備され……そして、その巻でいきなりドラゴン種族と人間の確執、歴史的経緯については覆される。「誰もが誰かを裏切っている」。このシリーズを言い表す言葉だ。事実はいつも積み重なった嘘の下に埋まっている。この世界の歴史や世界の成り立ちについて、私たちの認識は何度も更新を余儀なくされる。


第一部完結編では、この作品における神々は、元々は全知全能にして零知零能、世界の運行を司る物理法則そのものだったのが、ドラゴン種族によって擬人化させられたただのバケモノであることが明かされる。神々は自分たちを【現出】させたドラゴン種族を許さず、今もこの大陸に襲来しようとしている。第二部終盤では、彼らを防ぐため大陸に張られた【キエサルヒマ結界】を巡る、大昔からの暗闘に決着が着く。

*1:と思っていたら今回のアニメ化で「終わらせようとしても終わらせられない」といった趣旨の発言が

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「魔術士オーフェンはぐれ旅」第一、二部 オーフェンという主人公のあり方

※以下の文章は当サークルの同人誌『秋田禎信1992-2018』に掲載したものです。


世の中の主人公は二種類に大別される。作品の顔として人気の高い主人公と、そうでない主人公だ。オーフェンは間違いなく前者に当たる。シリーズ開始からずっと、人気投票一位の座が揺らぐことはなかった。では、みんなオーフェンさんのどこに魅力を感じてたのか。


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この長い長い物語は、行方不明の姉を追って放浪の旅に出るところから始まる。それから五年。《牙の塔》の最エリート魔術士だったオーフェンは、すっかり荒んで街のチンピラと化していた。高利貸しで生計を立てる*1日々を送っていたある日、探し求めていた姉と偶然の再会を果たす。しかしそれは新たな旅の始まりに過ぎなかった。弟子のマジク、わがままお嬢様のクリーオウとともに大陸を彷徨う内、三人はあの世界の真実に触れることになる。

*1:生計を立てることが出来ているとは言ってない

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SF西部劇「ベティ・ザ・キッド」 あるいはロングストライドという最高の小悪党について

※以下の文章は私の同人誌「秋田禎信1992-2018」に掲載したものです。

砂漠には謎がある。
帽子の陰から砂丘を眺め、つぶやく。この砂漠には謎がある。ガンマンをただ殺すだけではなく、誘い出し、惑わす謎が。


容赦なく照りつける太陽の下、巨大な鉄の塊=メルカバと呼ばれる戦車が荒野を進む。搭乗しているのは幽霊男のウィリアム、先住民族シヤマニの血を引くフラニーと、彼女に懐く砂ペンギン。そして男装したガンマンのベティ。彼らが追うのはベティの父を殺した悪党・ロングストライド。一年前までただのお転婆娘に過ぎなかったベティは、今も射撃は下手なまま。復讐のため何度も賞金首と決闘を繰り返し、度胸と機転と偶然だけで切り抜け、名を上げてきた。はたして三人と一羽の旅路の行方は――。


もしあなたが全く秋田禎信の小説に触れたことがないなら、あるいは「オーフェン」旧シリーズが完結してしばらく離れていたなら、真っ先に勧めたい作品だ。上下巻という短い分量ながら、それを忘れさせる濃密さがある。

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「推し武道」オタク見本市

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「推しが武道館いってくれたら死ぬ」はオタクの見本市だ。
アイドルでなくドルオタが主役のこの漫画は「とりあえず細いのと太いの」にとどまらず、本当に色んなオタクが登場する。
この記事では彼らの生き様を紹介したい。

  • ギリギリアウトな厄介女オタのえりぴよさん
  • ドルオタの鑑のくまささん
  • 悩めるガチ恋勢(同担拒否)の基さん
  • オタク文化圏と無縁の玲奈ちゃん
  • 優佳に振り回されてるのが幸せそうなふみくんさん
  • ニコイチのあーやオタ(小菅と藤川)
  • いつの間にか他界した眞妃オタ(松尾)
  • 涙もろいゆめ莉オタ(永井さん)
  • 繋がり厨のイケメン
  • 最古参だけど他界したヨシムネさん
  • ステライツの女オタ
  • 二次元キャラに恋する美結
  • 「推し武道」にいないオタク

ギリギリアウトな厄介女オタのえりぴよさん

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主人公えりぴよは「ChamJam」の不人気メン:市井舞菜に熱烈な愛を捧げている。どれくらいの愛かというと、舞菜に貢ぐため一切の服を売り払っていつもジャージで過ごしているほどだ。


特典会での彼女の言動は時として度を超えている。きびだんご*1を舞菜に握らせて「一生に一度でいいから舞菜ちゃんの体温で温まったきびだんごが食べたくて…」などと供述。オタク仲間のくまささんには「女オタだから許されてるところあるだけ」と言われる有様。


ただし彼女は推しに対しても自分に対しても、全く盲目なわけではない。舞菜のダンスセンス皆無なことなど、欠点は人に言われずとも分かっている。あれだけ追いかけてればそりゃ自然とそうなる。それでもそんな舞菜を愛してると言う。自分に対する塩対応に凹むこともある。握手会でも彼女なりに色々面白いことを言おうとして空回って失敗して「さすがにキモかったか……?」とちょっと反省しかけたりする。でも試行錯誤*2自体はやめない。オタクとしてタフなのではなく回復力が高いだけ。だから彼女は舞菜のトップオタなのだろう。


2年前に出会った時舞菜は15歳でえりぴよは多分高校卒業したての18歳。デビュー間もないライブで初めて会った綺麗なお姉さんに好きだってゆわれたらそりゃ舞菜も重くなるよね。えりぴよに対してはだから、舞菜目線で読者から「私もこれくらい一心に愛されたい」というある種夢小説的な感情を向けられている気もする。

*1:舞台が岡山なので

*2:えりぴよの言動を舞菜はこう表現する

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