思春期の頃、自分が読んでるor読むべきはこういうものだと規定されるのが嫌だった
あの頃、別に早く大人になりたかったわけじゃない。ただ、子供扱いされるのは間違いなく嫌だった。
いわゆる「YA」を含む児童文学と対象年齢がかぶってるライトノベルは、その点、もうちょい居心地が良かった。今読み返すと、「ああこれは年少者向けを意識して書いてる文章だな」っていうのも分かるんだけど、少なくとも狭義の児童文学ほどには露骨に「子供向け」を標榜してなかった。ファンタジアも電撃もスニーカーも「少年向け」「少女向け」の区別すらされてなかったんじゃないかな、公式には。今ほど「ライトノベルとはこういうものだ」っていうのが確立してなかったのも大きい。インターネットも普及してなかったしね。私は、私が読んでるものが世間的にどういったものであるか、しばらくはあまり意識せずに作品世界に没入することができた。「スレイヤーズ」を始めラノベなんて下半分メモ帳ばっかり、という類の揶揄を聞くことになるのはもうちょっと後のことだ。
これらの経験から、思春期以降の子供に本を読ませるためには、いかに「子供でも読みやすいから」「未来ある君たちに読んでほしいから」といったニュアンスを隠蔽するかが重要だと思ってる。
時は経て、2017年現在。毎クール何十本も新作が放映されるTVアニメには、必ずライトノベル原作が含まれている。で、その中には結構な確率で
今期では「幼女戦記」。2016年は「ガーリッシュナンバー」「Re:ゼロから始める異世界生活」「灰と幻想のグリムガル」。2015年は「落第騎士の英雄譚」「六花の勇者」「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続」。2014年は「魔弾の王と戦姫」「魔法科高校の劣等生」などなど。今後放映が控えてるものでは、「されど罪人は竜と踊る」も既にそういったムーヴが見られる。
これらを現在のラノベの文脈から外れてると主張するファンの言い分は、「ハードな展開」「設定が凝ってる」「主人公がセックスする」「萌えキャラがいない」といった定番から、「ページ数が多くて分厚いのでライトじゃない」なんてのも。これだけ「例外」とゆわれるものが存在し、それがアニメ化されるほど人気があるってことは、今のラノベって結構豊穣な文化と言えなくもないのでは? と思わなくもないのだけど、ファンにとっては自分の好きなものはあくまで「例外」であってほしいらしい。
でも、そういうこと言いたくなる気持ちも分からなくはないんですよね。秋田禎信は一般文芸ならもっと評価されるはず、とかゆってた私もきっと大して変わらない。今は世間一般の「ラノベ」に対するこれこれこういうものだというイメージが凝り固まってて、インターネットを通して否応なくそれを知ることになる。思春期の私が「お前の読んでる/読むべきはこういうものだ」と外側から規定されるのを嫌ったように、自分の読んでるものはそういうのとは違う、と言いたくなるのかもしれない*2。ラノベ、に限った話ではなく、フィクションって