周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

なつかしの異世界転生・召喚:異世界トリップもののどん詰まり 『幻夢戦記レダ』から『覇壊の宴』へ 

異世界自衛隊が活躍する」
「『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』だ……」
「エルフが奴隷にされたりする」
「『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』だ……」
「政治、経済、軍事、その他社会的な風刺もたくさん盛り込まれてる」
「『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』だ……」
「主人公は異世界の支社に左遷された、しがないサラリーマン」
「『覇壊の宴』じゃねえか!」


ということで、連載第2回は日昌晶「覇壊の宴」(全2巻)を取り上げたい。


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上記した通り、自衛隊FTの人気作「ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」を、2000年時点で先取りしていた小説でもある。



あらすじはこうだ。原油を始め地下資源は枯渇寸前で、環境汚染も進んでいた地球。そこに降って湧いたように、「新世界」と呼ばれる異世界へのゲートが発見される。地球側の企業はこぞって人員を送り込み、原油、鉄鋼、ウランなどを採掘しまくった。また東京都を含む自治体は、大規模なごみ処理施設を異世界の各地に完成させもした。一方で、地球人類と酷似した知的生命体が築いていた中世ヨーロッパ風の文明は、観光地としても人気を博した。


……だが、それも長くは続かなかった。元々の政情不安に加え、地球側のやり口は現地住民との間に当然の軋轢を生んだ。地球側でも現地の文明を一顧だにしない侵略には批判が高まったのか、新世界への自動車などの輸出を規制する高度文明化抑制条項、二酸化炭素排出規制条項などが結ばれたが、抜け道はいくらでも存在する。国連は治安維持のためPKFを派遣したものの、これはかえって逆効果になっている節もあった。他にも地球側の原油価格が大幅に下落したことによる中東の過激派の流入絶滅危惧種のクジラやマグロを元々の生態系を無視して新世界の海に放流しようとする政府を批判する環境保護団体、長寿命からその身体を医薬品として売買されるエルフ、新世界からやってきて歌舞伎町で立ちんぼする亜人の女性などなど、問題は山積みである。


主人公鈴木和夫は、新世界の王国「デロナト」の言語検定準一級を取得していることだけが取り柄の、食品会社に勤めるサラリーマン。上司の愛人に手を出したことで、新世界にある社の有害廃棄物処理場に左遷されてしまう。国境を超えて有害廃棄物を移動及び処分させてはならない、でも異世界ならいいんでしょ! というグレーゾーンの商売で、社の本業ではないが莫大な利益をあげている。鈴木がいるのは、あくまで常駐社員を置かなければならないと法で定められているためで、社員は彼一人だけ。体のいい? リストラである。彼に目をつけたのが、ラースター王女。彼女は鈴木という現地邦人の保護を名目に、PKOで派遣されてきた自衛隊を他国との戦争に駆り出そうとする。当然、憲法九条を盾に一旦は断られるのだが……。


長々と説明したのは、この小説の最大の面白みは舞台設定と無数に散りばめられた小ネタにあるからだ。また鈴木くんは平凡なリーマンであるものの、この物語は群像劇の色が濃く、戦車の砲弾と魔法が飛び交い、血湧き肉踊る、楽しい楽しい戦記物だったりもする。地球側の技術を借りたラースターの切り札が、現地人には免疫のないインフルエンザウィルスを搭載したミサイルというのも気が利いている。一方では、地球側を接待するために、現地住民がランパブもどき(ただし接待されるのは女性でする方は男性)を開催したり、ゴルフ接待の代わりにドラゴン狩りを行ったり。

『三日でできる接待(上級)~対公務員編~』
本の表紙にはデカデカと書名が書かれていた。
「はあ……。『これぞMOF担(大蔵官僚接待担当)も御用達の決定版!』ですか」
鈴木は呆れながら表紙の帯を読むとパラパラとページをめくった。
「それでこの本にあったランパブという接待方法を再現してみたのですが、どうもしっくりいかないんですよ」
(略)
「だからランパブっていうのはランジェリー・パブの略なんです。女の子が裸に近いカッコでお酒を注いでくれるのが、いいところって言うのか、そのなんというか……」
「なっ! なんと破廉恥な! 私はてっきり武器を隠し持っていないことを示すためにと。やはりこちらの<ノーパンしゃぶしゃぶ>の方がよかったでしょうか?」


……「こんな展開のファンタジーは嫌だ!」の乱舞といった感じである。このあらすじで面白そう、と思った人は大体実際に読んでみても面白がることができるだろう。初読時の私も、面白く読めた。異世界と地球のファーストコンタクトからしばらく経った時代を描いてるということでは、賀東招二コップクラフトにも近いだろうか。ただ、なんというか、異世界トリップ物としては色々とどん詰まりだなとも感じた。



そもそも中世ヨーロッパ風の異世界、そして現代からそこにトリップするという構図が日本に輸入されて何十年になるんだろうか。最初は目新しいものだったかもしれないそれはいつしか読者に定着し、お約束と呼ばれるものになった。浅学な私の知る限りでも、1985年の菊地秀行幻夢戦記レダで、既にそのお約束は作中に取り入れられている。

陽子の顔は虹色にかがやいた。
「なんてこと――わたし、異次元の世界に来ちゃったのかしら。」
このへんは現代っ子らしくのみこみが早い。純文学作家の父親がこむずかしい本ばかり強制するのに反抗し、明るく楽しいSFを優先的によみあさっているのである。


こんなのもある。

「それとさ、この世界、どこかおかしくない?」
陽子は背中にべったりと張りついているリンガムに尋ねた。風のうなりに負けぬよう、声をはりあげる。
「なんじゃと。どこがじゃ?」
「なにからなにまでよ。森の生き物や樹木にしたって、まるでおとぎ話の世界だし、そのくせ、こんな機械がそろってる。あなたがわたしと同じ言葉をしゃべるのは学者だからいいとして、あのロボットたちまで話すのはどうして? 話さなければ意思が通じないという、まるでご都合主義を満足させるためじゃないの。」


30年前の作品だからネタバレをしてしまうと、この物語のオチは「<作家である父親が書いたファンタジー小説にヒロインが紛れ込んでしまった」というもので、「自分の娘に、こんな露出度の高い衣装(※本作はビキニ鎧普及に一役買った作品としても有名)を着せて!と父親がひっぱたかれる」というオマケまでついてくる。なおこの辺りの描写は原作であるアニメーションには全く見当たらない。完全に菊地先生のオリジナルである。



……と、そんなシーンがあったとはいえ、「レダ」は、筋書き自体は私たちが異世界召喚物と聞いて想像するものと大きく外れてはいない。


それから15年を経た「覇壊の宴」は? なるほど、異世界トリップのお約束と言われるものからは程遠い。巻末の解説で、担当編集者に自衛隊もののご先祖様として挙げられている戦国自衛隊も、当時の私は知らなかった。まず、見たことのない物語だったと言っていいだろう。にも関わらず、私はこの小説に斬新さをまるで感じなかった。



作中の「新世界」がほぼそのまま、現実の途上国が置かれていた/今も置かれている状況の引き写しである、というのも一因だ。そしてそれを自覚しているから、著者は地球側の国家や企業が「新世界」になだれこんでいく様子を「ゴールドラッシュ」なんて名付けたのだろう、きっと。中世ヨーロッパ「風」の世界に、観光客を見込んでゼネコンに作らせた、現実のヨーロッパの古城をモデルにした高級リゾートホテル、なんてほとんどファンタジー警察への当てつけである。


別にファンタジーは夢や希望がないと、なんて言うつもりはない。この小説はこの小説で面白い。でも……当時のライトノベルのファンタジーっていうのは、テンプレをいかに自分流に味つけするかで競っていた面があって。読み漁ってる内にそういうのに自分が慣れちゃったのかなあとは思う。テンプレをいじるというテンプレっていうか。ライトノベルの外では「指輪物語」や「ハリー・ポッター」など「本場」のファンタジーが社会現象となってたことも拍車をかけた。自分が読んでるものがどういったものか、まざまざと実感させられた。自分にとっては、その象徴、90年代のライトFTの臨界点が「覇壊の宴」だった。


それからしばらく、ライトノベルではファンタジーというジャンル自体が退潮気味だったこともあって、お約束をどうこうする作品というものには積極的に触れてこなかった。「覇壊の宴」を刊行したファンタジア文庫からはこの後、架空戦記ものの大家・佐藤大輔(と噂されている覆面作家豪屋大介)が執筆した、ライトFTを揶揄するネタが満載の「A君(17)の戦争」が出てくるんだけど、もうその作風遅くない? と当時は思ってしまった。



まあこの手のオワコン判定って、「お前がそう思うなら(ry」に尽きるんですけどね。でも、2017年現在、「なろう系」の隆盛で気がつけばまたそういう作品が世に溢れてるし自分もそれを楽しんでるんだから、分からないもんだなと思う。



※この文章は一年前、書評サイトシミルボンに掲載したものを加筆修正したものです。