周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

『血界戦線 グッド・アズ・グッド・マン』 濃密さを増したHL描写、ザップ大活躍、堕落王の気高さ

千年かけて練り上げた魔導によって、破壊も創造も思いのまま。退屈を厭い、世界崩壊レベルではた迷惑なゲームをヘルサレムズロットに仕掛ける怪人、堕落王フェムト。彼が持ち合わせてないのはただ一つ、「普通(グッド)」であること――。ある日、たわむれに「普通」に堕ちてみようと考えた彼は、ひとまず彼自身を増殖させてみることにした。


魔術士オーフェン」の秋田禎信が、「トライガン」の内藤泰弘の新たな代表作「血界戦線」をノベライズ! 90年代後半-00年代前半のオタクにはたまんねえ! と話題になったコラボの第2弾であります。


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秋田ザップ好きすぎ問題

第1弾『オンリー・ア・ペイパームーン』はレオを視点にザップ・レンフロの魅力をクズ度据え置きかっこよさ3割増しに描き、さすがチンピラ金貸し魔術士オーフェンさんで一世を風靡した秋田や! と読者からはおおむね好評価だった。今回フェムトが起こした騒動に挑むのはレオ、ザップ、ツェッドということで、斗流、ランチトリオ(というらしい)ファンにはおすすめ。というかザップ好きには垂涎。

  • 指向性対人地雷の弾幕を血刃で裂いたその空隙を通り抜け敵を拳骨で昏倒、でも爆発の余波で服はぼろぼろ、ほぼ全裸に
  • 落ちてくるビルの一棟を血刃でバラバラにして周囲に落としていき、自分たちの周囲にがなんとか息できるくらいの空間を作る
  • 指紋認証に対して、レオが「神々の義眼」で残った指紋を解析し、ザップが血法でトレースする。でも指紋認証自体はフェイクで扉を押したら開いた
  • レオによって右目の視界だけを入れ替え、ツェッドとの斗流ツープラトン


など、単独でふるう血法の自在ぶりから、レオやツェッドとの連携まで見事にこなしてみせた。前巻がザップというキャラクターを解剖したなら、今巻は戦闘者としての彼をフィーチャーしている。一読して感じたのは、なんというか、漫画の戦闘を活字にできてる気がするってことだ。


秋田禎信の描く戦闘というと人体構造と皮膚感覚を丹念に伝えてくる、そんなイメージがあった。でもザップさんのそれはどんな人体構造してんのか分かんないくらいスピード感に溢れ、ド派手で、変幻自在。同作者の『ハンターダーク』があくまで非人間という括りの中で人体構造を無視した動きをさせてたのに対し、本作はそういうのお構いなしのデタラメバトル全開。読んでると内藤せんせの絵が自動的に頭に思い浮かぶ



しかし、他にもスティーブンなんかは結構フィーチャーされてるし、チェインは少ない見せ場でああこういうキャラだよなってところを発揮してたけど、前巻から出番に偏りがあるのは否めないかなーと。作者はお気に入りだから出番増やすってタイプでもなさそうだし*1、単に書きやすいのかな。まあフェムトを描くってなった場合対比されるのが「普通」なレオで、レオの隣にいることが多いのって原作でもザップだし、と考えればまあ分からなくはないんだけれども……。


TVA第二期血界戦線&BEYOND」の円盤は、全巻購入特典として秋田のミニ小説がつくことが決定したそう。そっちでは流石に出番の多さについては考えるかな。


濃密さを増したHLの描写

文章は。前巻の改行多め。普通なら読点を置くようなところに。句点を置く。ぶつ切りで読みにくい部分は鳴りを潜め。リーダビリティーは高くなってる。


一方ヘルサレムズ・ロットのカオスな描写は、前巻以上。通行人一人一人がワンエピソードが構成できるくらい濃密なキャラクターでありながら、ここでは日常の一風景でしかない。秋田の筆は、きわめて淡々と彼らの奇妙奇天烈な生体を綴っていく。「こんなこともあった」と回想として語られる「ライブラの新たな構成員」なんて、原作ファンの人には穏やかならぬ思いを抱かせるネタなのに、その末路は実にHLらしく、納得の一言。



しかしライブラの人員の入れ替わりが激しいというのは容易に想像できるけど、毎回あんな風になってるんだろうか……

堕落王フェムトが厭う「普通」、彼を彼たらしめるもの

異常が日常、というのは稀代の変人・堕落王すらも例外ではない。フェムト増殖も一度は、今すぐ対処すべき事態ではないとライブラには看過されたくらいだ。より優先度の高い一刻を争う世界の危機が山積してると。もっともそれは、最初は単に自分をフェムトだと思い込む一般市民が大量発生してるだけだと思われていたからなんだけど……。では果たしてこのHLの中にあって堕落王を堕落王たらしめているものは何か。また彼が忌避する「普通」とは。増殖の影響で人助けするようになり、ライブラへの加入を望むようになったフェムトを面接したりすることで、レオはそんなことを考えるようになる。


著者の代表作「魔術士オーフェン」には、キースという執事が登場する。コメディータッチの連作短編「無謀編」に出てきた、一見フェムトと似たジョーカータイプのキャラクターで、今回のノベライズが発表された時も彼を連想するファンは多かった。「無謀編」キャラの一部は最終的にシリアスな長編「はぐれ旅」に合流するんだけど、キースをはその際、神様っぽい奴と戦って生死不明ということにされてしまう。神様と戦ったという嘘くささはいかにも彼らしく、キャラ格を維持した上で、今後の展開に邪魔そうな反則技を繰り出すキャラを穏当に(?)退場させている。彼の伝説はその後も語り継がれ、事あるごとにオーフェンたちを翻弄している。うまい処理だな、と思った。



キースは負けない。負けそうになると反則技も厭わない。本人の持つ能力とは別に、それは以降のシリーズ展開において邪魔で、だから退場させなくてはならなかった。でもフェムトは違う。ゲームに負けても盤面をひっくり返さない、自分で決めたルールを覆さない、負けを認めた上で何度でも新たなゲームを挑もうとする。あとがきで内藤センセと語らってるのがしごく自然な、メタ的な次元にも容易に顔を出しうるキャラでありながら*2、そういう気高さを持ったキャラクターとして、この小説では描かれてる。正確には、レオからはそういう人物として理解されている。



このノベライズが堕落王の格を落としたというファンもいる。まあ正直否定できない面もあるんだけど。でも秋田にとっては、これがリスペクトの形なんだろう。

*1:お気に入りの女性キャラを猫に喩える癖はある。チェインは人狼だっつーのに。比喩だとしてもそこは解釈違い

*2:つまりスレイヤーズのあとがきにおける「L様」みたいな。まあ血界の場合むしろ内藤先生がHLに入り込んでるような気も……