周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

『ライトノベル史入門 ドラゴンマガジン創刊物語』 獅子王、ザ・スニーカー、NewTypeなどとの比較の中で

富士見書房*1が発行するライトノベル雑誌『ドラゴンマガジン』は1988年に創刊され、今年30周年を迎える。『スレイヤーズ』や『オーフェン』、『フルメタ』などが連載されてきた、ファンタジア文庫の旗艦雑誌である。



それを記念した特集の中で、『フルメタ』の作者・賀東招二は、こう語っている。

そのころテーブルトークRPGを趣味でやっていて、ドラゴンマガジンって聞くと、アメリカにそういう名前のRPG全般を扱っている雑誌があったんです。なので、あーそれの日本版なのかなっていうふうに勘違いしてました(笑)そういえば、築地さんもおなじこと言ってたかな?「あードラゴンマガジンの日本語版出たのかー」って、本屋で手に取ってパラパラ見たら全然違ってて、なんじゃこりゃって棚に戻したのは覚えてる。


賀東が述べているのは、米のTSR社が1976年から2007年にかけて発行した雑誌のことのようだ。……この話は、インタビュアーにも特にツッコまれることなく終わる。一方で、『ドラゴンマガジン創刊物語』においては、創刊責任者の小川洋がこんな裏話を披露している。

そうして作った企画内容を角川春樹さんに持って行ったら、「いいんじゃないか。雑誌名は『ファンタジア』がいいと思うんだ」って言われたんです。だから『月刊ファンタジア』という雑誌名で準備を進めつつ、今度はそれを角川歴彦さんに見てもらったら、「こんなんじゃダメだ、判型はA4版、雑誌名は『ドラゴン』がいい」と言われて、「えー、カッコ悪い」と思う面もあったんですけど、当時『D&D』をやっていた新和が『ドラゴンマガジン』という専門誌を出していたし、色々調べたんです。で、どうやら『ドラゴン』の版権は新和でなく学研が持っているようだと。だからそれをわざわざ買って、雑誌名を『ドラゴンマガジン』にしました。

後にお家騒動に発展してメディアワークスを生んだ角川兄弟の確執のことを思うと、色々想像させられるものがある


wikipediaによると、新和の『ドラゴンマガジン』は、先に賀東が挙げたTSR社の『ドラゴンマガジン』にあやかってつけられたものらしい。ただこの書き方だと資本関係などはないようだ。とはいえ、『ドラゴンマガジン』という雑誌は三つ存在し、しかもこれらは些細ながらつながりがあった。まあRPGに関連するものとしてはすぐ思いつきそうな誌名だし、興味ない人からすると「だから何?」ってなエピソードだけど、こういうのも研究者の大事な仕事だよなあと、この事実を掘り出してきた著者に感心する。

ドラマガの前にドラマガあり、ドラマガの後にもドラマガあり


本書は、『ドラマガ』の創刊に至る経緯、創刊後数年の推移、当時の若者の読書を巡る状況などを探るものである。著者は『ライトノベルよ、どこへいく』の山中智省。新聞・雑誌など数多の文献における「ライトノベル」という言葉のあり方を辿った良書だった。



関係者への豊富なインタビューが『ドラゴンマガジン創刊物語』の特徴で、


などの貴重な証言が収録されている。


この手の評論では、とにかく当時対象がいかに画期的だったかを語りがちだ。『ドラマガ』が生んだ最大のヒット作『スレイヤーズ』を取り上げる言葉も同じで、ラノベ評論を読むと、だいたい文芸の歴史の中でいきなり登場したような書き方をされている。神坂一の作風に多大な影響を与えた作家として、火浦功に言及されることは滅多にない。


しかし著者は、むしろ他誌との比較の中で、『ドラマガ』の新しさを見出そうとしている。そこで重要なのが、『ドラマガ』以前にも『ドラマガ』は存在した、という視点である。

獅子王野性時代ザ・スニーカー電撃hpニュータイプコンプティーク……

先行する『獅子王

例えば、先行する事例として、菊地秀行夢枕獏笹本祐一らを擁するソノラマ文庫の『獅子王』という雑誌が既に刊行されていた。ビジュアル世代の若者を取り込もうとするコンセプトは同じだけど、『獅子王』はそれでもやっぱり普段から活字を読んでいる人向けの雑誌で、『ドラマガ』はよりライトに若者を活字の世界に引き込むことを狙っていたと、当時関わった竹中清は語る。



営業の人間からは、「売れないから小説雑誌って言わないでくれ」とも頼まれたそうだ。だから書店でもアニメ雑誌やホビーコーナーに置かれていた。

文庫書き下ろしで進行する本編をサポートする雑誌


文芸誌の多くは、作家に締め切りを課し、単行本化するための原稿を定期的に集めるだけの機能しかなく、「ゲラ雑誌」と揶揄されることがある、と小川は指摘する。対して『ドラマガ』及びファンタジア文庫は、作品本体はファンタジア文庫書き下ろしで進行する。雑誌は大判のイラストを使った特集を組み、外伝もしくはコメディ色の強い短編で本編をサポートする、という展開が確立していった*2。結果、外伝のみのファンが生まれるというのは想定していたのかどうか。



この本編とは別に1話完結の短編を毎月連載という方式は作家に多大な労力をかけ、結果『スレイヤーズすぺしゃる』も『オーフェン無謀編』も段々前後編形式が多くなっていっちゃった、というのは賀東も指摘するところではある*3

SF冬の時代を他山の石とするファンタジーとしての多様性


創刊号には「FANTASY SENSATION」というキャッチコピーが打たれていた。『ドラマガ』は、SFが「これはSFでこれはSFでない」などと評論家が決めつけて堅苦しい作法を作り、ジャンル的な衰退を招いたことを他山の石としている。小川洋は、「いわゆる『D&D』や『ドラゴンクエスト』のようなファンタジーから、『アルスラーン戦記』みたいな疑似歴史小説としてのファンタジー幻想小説系のファンタジーまで」幅はあってもいいし、SF的な正しさみたいなものも、エーテル宇宙でもなんでも作品世界内で整合性が取れていればなんでもいいと思っていたという。これは実際、ファンタジア文庫を読んでいた読者としても納得できるところではある。



ただ、創刊号からオカルトファンタジー『雷の娘シェクティ』を連載していた嵩峰龍二などは、RPGの影響を受けた他の作品から自分の硬派な作品が浮いている! とあとがきで愚痴っていた。

角川のメディアミックス戦略を推進する『ニュータイプ』『コンプティーク


当時既にメディアミックスという手法は定着しつつあった。角川内部では『ニュータイプ』や『コンプティーク』といったビジュアル重視の雑誌が存在している。『ドラマガ』の誌面作りに携わった人たちが被ってることもあって参考にした部分というも確実にあった。では何が違うのかというと、これらがあくまで情報誌であったのに対して、『ドラマガ』は基本的にメディアミックスの「原作」を提供する側だった……。



また、自前の新人賞出身である神坂の『スレイヤーズ』がテレビで放映されることで、それを観た視聴者が新規に読者となり、やがて作家を志望し新人賞に応募するというサイクルができあがったという。外部から原作を供給してもらった『パトレイバー』『天地無用!』や生え抜き作家でない吉岡平『無責任』、劇場公開でどっちかというとファン向けの商売だった『風の大陸』と一線を画すのはそこだ。

文芸路線が残る『ザ・スニーカー


ドラマガの成功を受け……かどうか知らないが、1993年には角川書店から『ザ・スニーカー』という雑誌が創刊された。母体となるスニーカー文庫は、当時角川書店の書籍編集部と『ニュータイプ』編集部、『コンプティーク』編集部の連合軍が担っていたという。元々『野性時代』という「文芸雑誌」の増刊なので、『ザ・スニーカー』でも作家にフォーカスした特集が組まれることがあったという。



でも『ドラマガ』の中心はあくまで作品(世界)であり、登場するキャラクターだから、基本的に作家単位では売らなかった。これも小川が語っている*4マンガ系の編集と文芸系の編集、2つの流れがあったという講談社X文庫ティーンズハートを思い出す。

「あくまで小説が主でイラストは従」と語るあらいずみるい


スレイヤーズ』の担当イラストレーター・あらいずみるいが受けたインタビューは、ファンが知りたい逸話でいっぱいだ。彼によると「あくまで小説が主でイラストは従だった」という。『ドラマガ』でもまず神坂による文章があって、次にレイアウトがあって、自分は割り振られたスペースに収まるよう描くのに四苦八苦していたと*5。後々「電撃文庫みたいにカッコいい絵でもエッチな絵でもストレートに描いたほうが売れる」という発想が上層部から出たけれど、編集部の安田猛は売れるのは分かっていて、最後まで抵抗していたという。



イラストとというと、セル画風に仕上げることによって、あの人気作が実際にはまだアニメ化されてないのにアニメ化されたみたい! という喜びの声もあったとか。自分はイラストレーターの元々のタッチを殺してるようにしか見えなかったのと背景が書き込まれてないものが多かったので、苦手だったんですけどね。



……本書の、他誌との比較の中で独自性を見出すというコンセプトはともかく、資料の扱いについて不満はある。『ザ・スニ』の作家主義は巻頭特集のタイトルにどれくらい作家の名前が入っているか並べてみるだけでもより具体的になるだろうし、『獅子王』がどの程度「文芸」寄りだったかという材料も乏しい。富士見書房内で先行する「くりいむレモン」のノベライズなどを刊行していた富士見美少女文庫やドラゴンブックとの繋がりも不明瞭だ。それでも、こうして様々な角度から検証することによって、当時の『ドラマガ』がどんな雑誌だったか、立体的に浮かび上がってきている……と思う。


これは本文で比較されたものではないけど、『ドラマガ』が「ガメル連邦」という形で読者間のコミュニティを作り彼らを雑誌に引き止めてたのに対し、1998年に創刊された『電撃hp*6のhpはホームページのことで、公式サイトにBBSを作って作者も含めた交流を図ってた、なんてのも興味深い。

ジュヴナイル的な考えに対する編集部と作家の考えの違い

「男子も結構読んでくれてたみたいだけどファンレターをくれるのはほとんど女の子」発言から、やっぱり女子の方に受けてた素振りはある、のかな、な『風の大陸』。男子向けとして創刊して最初の看板がどっちかというと女子に受ける。まあ結構ニアホモなところもあったし……



さて、『ドラマガ』の特質をビジュアル世代の若者に小説を読んでもらいたい、という狙いに見ているというのは既に述べた通り。しかし、注意しておきたいのは、実際に執筆する作家はそういう考えを必ずしも共有していたわけではない――という点だ。以下は竹河聖の証言。

「若い子用の作品を書くにはどうすればいいの?」って大学の推理小説研究会で一緒だった菊地秀行さんに聞いたら、「主人公の年齢を若くすりゃいいんだよ。あとは変える必要はない」と言われて。それに「美形のほうがいいんじゃないの」とも(笑)。「あっ、そうか」と思って、意図的に美少年や美少女を登場させたわけです。さらにそこに、いのまたさんの絵がうまくはまったんですよね。


若い読者に読ませるということは意識していた。ただ、それで何か殊更に特別な手法をとったわけではない*7青少年に悪影響を与えないようある程度は健全に、とかその程度だ。新城カズマへのインタビューでも、特にそういったものは感じられない。さて、これをどう見るべきか。単に編集者の考えが作家に浸透していなかったのか。元々作家と読者との距離が近いのがラノベの特徴であるし、そこに埋めるべき溝なんてなかった、と取るか*8


……私は、作家は作家で書きたいように書くけど*9、それをどう売っていくかは編集部が考える、ということのような気がした。この姿勢は、古典作品にキャラクターのイラストをつけて売るのと、きっとあまり変わらないのでしょう。

あれから君は……


創刊から20年が経った2008年に、『ドラマガ』は大幅なリニューアルを行った*10。月刊から隔月刊へ、A4サイズからB5へ。そして、何よりも大きいのは漫画が誌面から姿を消したことだ。きゆづきさとこの『ろーぷれぐるぐる』などそのままフェードアウトしていくには惜しい作品もあったのだけど……。



「ビジュアルストーリー・マガジン」として始まったこの奇天烈な雑誌は、今はおおむね「ライトノベル雑誌」ということで落ち着いている。他方では「小説家になろう」など、最初はイラストがついてないラノベ*11を読者が評価する、評価されたものを商業化する時にビジュアルがお出しされるという流れが一般化している。


長らくライトノベルのウリとされてきたビジュアル要素を取り巻く流れも変わりつつある。必然、ライトノベルのあり方そのものも変わっていくだろう。ドラゴンマガジンよ、ライトノベルよ、どこへ行く。


*1:ある時はKADOKAWAの子会社、ある時は一部門

*2:連載されるのが「外伝」なのでライトノベルにおいては雑誌の存在感が薄いというのはだから当然の結果なわけだ

*3:スレイヤーズ』の外伝連載は『すぺしゃる』が文庫30巻分で一旦終了した後、『すまっしゅ。』と名を変えて5巻分続いた。こちらは一話完結方式に戻っている

*4:私は作家買いする方なので、ドラマガにも作家単位の特集組んでほしかったけど

*5:風の大陸』のイラストを担当したいのまたむつみほどの大物だと、もう少し自由度が高かったっぽい

*6:電撃文庫magazine

*7:ティーンズハートで書いたときに(1987)、改行をなるべく多くするよう求められたけど「私は改行少なくはないけど多いわけではないので驚いた」ってゆってたのは、竹河せんせって夢枕獏ばりに改行改行改行というイメージがあったので、ええーって思いましたま、それだけティーンズハートが求める改行の頻度が多かったってことではあるかも。花井愛子せんせとか文節単位で区切ってたしな。なお改行を増やすよう求められるっていうのはファンタジア文庫も例外ではなく、小林めぐみが過去に改行少なくて読みにくいってゆわれたという証言があります

*8:1976年デビューの赤川次郎が「大御所」扱いされてるくらい、実際に執筆陣も若かった

*9:勿論編集者による介入はあるだろう

*10:このリニューアル直後から「47都道府県出身か現在住んでるイラストレーターに当地にちなんだ女の子を描いてもらう」っていう企画をずーっとやってて。隔月刊だから全県制覇するには約8年。最初は絶対途中でぽしゃるなーって思ってたんだけど、今号であと6県まで迫ってて、富士見のこと見直した

*11:作者やファンによるイラストがついてる場合もあるけど、商業化の際に一新されることが多い