周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

『小説 魔法使いの嫁 銀糸篇』 原作を知らなくても楽しめるファンタジー小説集

人外×少女の現代ファンタジー漫画、ヤマザキコレ魔法使いの嫁」の、小説アンソロジー。先行して発売された『金糸篇』とは執筆陣を替えての一冊。

東出祐一郎「ウォルシュ家攻防戦」

チセとエリアスはとある土地を訪れる。
そこは、すでに家屋はなく石の壁を少し残すのみとなっている「家」の跡。
かつて憑いていたという家事妖精に興味をもったチセにエリアスは、その土地の持つ記憶をみせる。
それは遠い遠い過去に存在したブラウニーたちの記憶だった。

変わるもの。変わらないもの。永い時を生きる「隣人」たちの持って生まれた業と人間との関わりを描く、ホラー風味の怪異譚。


なんだけど、タイトル通りの、ブラウニー達によるバトル――争い、諍い、とかではなくて「バトル」というのが相応しい、「――捻り潰す!」「できるものならな!」みたいなテンションの殴り合い――は、この小説の雰囲気にはそぐわない。「まほよめ」として以前に、この小説の中で浮いてる。「Fate/Apocrypha」の執筆を始め型月作品に関わってるようだけど、なるほど、文章の調子はきのこに似てる。


真園めぐみ「ナチュラル・カラーズ」

魔法機構の技師であるキリドは、魔法を使ったときの魔力量を測る「計測器」を作り出そうとしていた。
試作品にまでこぎつけた彼がデータ集めのために協力を仰いだのは「カラーズ」と呼ばれる魔法使い。
キリドとカラーズの奇妙な同居生活が始まった。


人生に行き詰まった少年が、世界の美しさに触れたことで活力を得る。まほよめは人外エリアスと人であるチセとの交流を綴った物語、ではあるのは勿論なんだけど、主人公のチセは人との交流を断ち切ったわけではない。むしろエリアスとのふれあいは巡り巡って他の人間との交流にも繋がっている。そんなことを思い出すやわらかな手ざわりの一作。作者は東京創元社の新人賞でデビューしてまだ間もない人。


吉田親司「戦場の赤子」

大英帝国ナチス・ドイツの戦闘機が空を舞う1940年。
日本人の魔法使い・G中佐と彼に付き従う霧島は、イギリス王立空軍の飛行場にいた。
観戦武官でありながらスピットファイアで出撃したG中佐は、ドイツ機にグレムリンが取り付いているのを目にする。
戦争に魔力を持ち込んだ者がいる……!


ベテラン仮想戦記作家による、WW2のIF。魔術文字を刻印したホーミングミサイルが飛び交い、ボイラーやエンジンを魔術で強化したことで氷上を滑るように軍艦が進み、巨大ゴーレムが波を裂く。海上のオカルト大決戦。ナチスといえばオカルト、オカルトといえばナチスですよね。オットコノだもんなー! しょうがないよなー! って感じで、原作とは全くかけ離れた雰囲気だけど、これはこれで。


相沢沙呼「ウォールド・アビーの階下で」

家女中のキャスリンが働いているのは、ロウフィールド伯爵一家が暮らす邸宅ウォールド・アビー。
ここには「ダイアナ」と呼ばれる妖精が住んでいて、家に繁栄をもたらすと言い伝えがあった。
この地で生まれた人々は全員がそれを信じているのだが、ある日「ダイアナ」が屋敷を出ていったという騒ぎがあり……

午前零時のサンドリヨン』『小説の神様』などでじわじわ人気を伸ばしつつある作家の短編。彼の出自であるミステリーとしての骨格をメイド、百合、階級社会の辛さ、それから創作についてといった数多のネタで肉付けしている、盛り沢山の内容。短編はあれもこれもと詰め込むよりもう少しスッキリしてる方が好みだけど、別に破綻してるわけでもなく。


ある日突然隣の家に引っ越してきた「隣人」はいつか去ることもあるし、逆に自分が家を出ていくこともあるだろう。はたしてチセの「隣人」付き合いはこの先どうなっていくのだろうか。


秋田禎信「愛は厄介な尻尾」

チセが澱みを浄化したあとの猫が集う町、ウルタール。
澱みという心配事もなくなり、平和で安寧な日々を過ごす猫たちだったが、町に引っ越してきた猫嫌いの少年の過激な発言に、一部の猫たちは悪魔の再来だと騒ぎ立てはじめ……

このアンソロジーの中で唯一の、原作の後日談。山奥で猫と一緒に暮らしてる作者によるねこねこねここねこねここねこねここねこねこねこ。愛について哲学する猫。猫が可愛いのは魔法だ。その可愛さを文章で切り取ることができる作者は魔法使いだ。なにゆってんだ。しかしこの猫大好き作家はウルタール編をどんな気持ちで読んだのだろうか。


大槻涼樹「アニェラのうた。」

イングランド東部ノリッチの孤児院で暮らす11歳の少女・アニェラは、同室のミランダ、ジョージィ、キャシーをはじめとする孤児たちとともに、貧しく厳しい日々を必死に生きていた。
そんな彼女の唯一の楽しみは、毎冬やってくる移動式遊園地。
今年もやっとその時期が訪れる──

「黒の断章」「終末の過ごし方」などのゲームシナリオを執筆した大槻涼樹の、珍しい小説作品……ということになるのかなこれは? アーカム・ホームという修道院を治めるシスター・アビゲイル……。分かる人には分かる宇宙的恐怖なアレです。ぶっちゃけクトゥルーです*1。全編を覆うどろっとした雰囲気がたまらない。まるで悪い夢を見ているよう。ヨーロッパが舞台で魔法やら魔術やら妖精を扱うなら絶対に避けて通れない基督教というでっかい存在が、原作より前面に出てた。


五代ゆう「稲妻ジャックと虹の卵 後篇」

ニューヨークで探偵を営む“取り替え子"の妖精・ジャックが依頼されたのは、盗まれた竜の卵の回収。
稲妻ジャックの名のとおり電光石火で依頼品を取り戻し、あとは依頼主の魔術師にブツを渡すだけ……だったはずが、幽霊や魔術師を巻き込んだ大騒動に……!


近年ではアトラスのゲーム「アバタル・チューナー」の原案およびノベライズ、「グイン・サーガ」続編小説などで人気のFT小説家による短編。内容は「『金糸篇』に載ってる前篇を読んでないのでノーコメント。せめて前巻のあらすじをつけてほしかった。


ヤマザキコレ「羽ばたかぬ星」

魔法使いや魔術師に布を売ることで生計を立てている、魔法使いのジョナサン。
10月のある日、彼は珍しい蚕の繭をツケの回収とともに手に入れる。
今日も野宿で夜を明かそうとするジョナサンの耳に、「はやく」という声が聞こえてきて――


トリを飾るのは原作者・ヤマザキコレ。生と死の境界線を垣間見る一夜。家畜は人に生かされ、人に殺される。それでも。無常なようでもあり、奇跡的でもあり。きっと日々の営みってこういうことなんだ。


終わりに

原作が伝統的な魔術やらオカルティズムを勉強した作者が独自の解釈でアレコレして世界を作り上げてるので、作中用語は原作知識がなくとも結構知ってるものが多く、オリジナルのファンタジー作品集みたいな気分で読めた。キャラクターも原作のそれはあんまり出てこないし。 舞台もバラバラだし。金糸篇はあらすじ読む限りもうちょっと原作キャラが出張ってくるみたい? あ、自分は一応原作単行本は7巻まで読了済みです。


多くの人に受け入れられた作品世界には、新人・ベテラン問わず様々な才能が集う。いくつかの幸運が重なって、それが今回のように作品として結実することもある。産み落とされた物語はまた読者を別の作家の世界に誘う。それはとってもうれしいなって。


 豪華版 魔法使いの嫁 金糸篇 (マッグガーデンノベルス)
 豪華版 魔法使いの嫁 銀糸篇 (マッグガーデンノベルス)

*1:原作の時点で既にクトゥルー要素は混入されている