周回遅れの諸々

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『攻殻機動隊小説アンソロジー』 「原作」はどこから来てどこへ行く?

ハリウッド版の実写映画が公開! っつーことで、色んな関連本が出版されている「攻殻機動隊」。本作はその小説アンソロジーである。SF、純文学、ラノベ漫画原作者と色んな方面から集められた五人の作家がそれぞれの「攻殻」世界を描く。

円城塔「Shadow.net」


公安が試験中の、ドローンを用いた大規模監視システム。プライバシーの観点からマスキングをかけられた情報を、どうやって扱うのか。機械的な処理が法的に規制されている一方で、人間(サイボーグ含む)の「見る権利」は保障されている。事故で他人の顔の区別がつかなくなった「わたし」は、傷ついた脳を貸すことでドローンの目、システムの一環となる。

あるいはそれは、一度しか通信が望めないような者がすがる通信プロトコルだった。最後のマッチで上げる狼煙のように。一本しかない発煙筒の使い方のような。電源が切れる直前の無線に向けて語りかけるような種類の。


最先端技術にまつわる法的なアレコレから生まれる何か。時系列的には「人形使い」事件の後の話である。ある、はずだ。と、そんなところから疑っていかなくちゃいけない。30P足らずの短編の中で展開される圧倒的な情報量、行き着いた先の、そしてまだ見果てぬ景色。ロマンチシズム。つまりこれがハードSFってやつか*1。著者は芥川賞も受賞した、純文学とSFの人。


三雲岳斗「金目銀目 Heterochromia」


過去に草薙素子に命を救われた元SPの女は、もう一度彼女に会うため、また彼女と同じ義体を手に入れるため、凶行を繰り返す。事件を追うトグサとバトー。その行き着く先はどこか。

「概念が絶えず外部の情報の影響を受け続ける以上、オリジナルの彼女もまた不変ではいられない。草薙素子と同じ義体(カラダ)と、草薙素子と同じ強さと、草薙素子であろうとする意思を持つ私と、草薙素子のなにが違う?」


著者はライトノベルを中心にSF、ミステリなどのジャンルでエンタメを書いてる人だけど、つまんなかった。百合三倍段、成り立たず。しつこいくらい何度も何度も繰り返し映像化され「名場面」化した、光学迷彩を纏ってビルの屋上から飛び降りるあの「少佐」像、ひいてはこのアンソロジーへの批判、とか言って言えなくもないけど、この20年でその手のアレも散々誰かがやってそうで。


朝霧カフカ攻殻機動隊 sonft and white」


フリーの義体コンサルタント兼情報屋であるヒサラギヒデオは、太平洋上に浮かぶ島に招待される。電子端末やペーパーメディア同意書へのサイン、指定された義体制御プログラムのインストールにゴースト侵入鍵の提出。厳重な審査を経て足を踏むことができるそこは、入島者全員の神経素子を騙し、電脳空間ではなく物理現実の中で完全同期したフェイクの感覚を与えることができる、世界で一番SOFT(やわらかい)な場所だった。

「この島にはあんたを傷つけられるものは存在しないんだよ、ヒデ」笑顔でコーマが言う。「本当の意味で傷つけられるものはね。この島にはナイフどころか、小型の針金ピンひとつ置いてない。この島で最も殺傷力のある武器は、君が座っているその椅子だよ」


「S.A.C.」シリーズの「笑い男」「クゼ」にまつわる物語。この中では一番著者のキャリアが浅くて不安しかなかったんだけど、意外に楽しめる部分もあった。世界を*2自分のものにしてる、と感じた。ネットと繋がってないのに外部記憶装置なしで石川啄木を引っ張り出してくる米国人とか、いちいちその手の引用が多いのは、自作「文豪ストレイ・ドッグス」の読者へのサービスなのか、いやアレコレ言われますけど、私だってこれくらいはね? ということなのか。ただ、他の面子が短編として必要十分のことしか書いてないのと比べるとダラダラしてるのと、キャラクターの言動がなんというか「浮いてる」のが難点。


秋田禎信「自問自答」


素子は、気がつくと夕暮れ時の公園にいた。何の変哲もないありふれた公園。そこにはもう一人、自分と同型の義体の女がいた。二人はしばらくの間、奇妙な問答を交わす。

「地表がほんの少し電子化されたからって、爆弾があちこち荒らしたからって、こればっかりはマンモスがいた頃と同じ光かしらね」
素子は静かに言い返した。
「大気状態が違うはずだ。それにこの光景はデジタル処理されたものだし、義体に備わった受容体の性能は生物と根本的に違う。人間の記憶はこうまで精密じゃない」
「つっまんねー答え。スカポンだね」
その女は大仰に肩を竦めた。
「どうして素直に、うんそうだね、でも君の瞳のほうが永遠さ、って言えないわけ? 粋ってもんが分からないの?」
「人の夢に侵入してくるほうが無粋だろう」


三雲の項で書いた、「メディアミックスの中で生まれた何人もの少佐」問題を直球でやった短編。著者は1990年代に「魔術士オーフェン」というラノベで一世を風靡した人で、色んな意味で「強い女」「戦う女」ってのが大好きな作家なんだけど。そうするとまあ原作のメスゴリラレズ大好きだよね……ということがよく分かった。


 同じく士郎正宗原作、で秋田禎信が執筆を担当したアニメのノベライズ。

冲方丁「スプリンガー Springer」


スポーツ用品メーカーの社長が殺された。死因は大口径の弾丸による脳殻の破壊。同時に社の工場からは、出荷前のスポーツ用の女性型義体が四体消えていた。所轄の刑事は既に終わった事件の顛末を、内務調査局の人間に語って聞かせる。

事件か。捜査経過の資料は読んだんだろう? いや、入力はロボットに任せた。最近は警察にも何台もいるしな。うん? 「何体」って言い方が一般的? うーん、そっちの方がなんだか俺には抵抗があるよ。生々しい感じがして。「何人」って言い方もできないしな。「何匹」っていうのはもっと嫌な感じだな。馬鹿にした言い方に思えるだろう? でも実際は怖いような気持ちにさせられるんだ。勝手に殖える感じがしてさ。


多分このアンソロの中では一番既存のシリーズとの関連性が薄いエピソード。……と思ったら、なんか新劇場版の補完的な話とか? SF刑事ドラマという観点から見たらオーソドックスな作りになっている。義体が様々な電脳を受け入れるなら、その脳は人間のそれである必要があるのだろうか……?


 脚本・シリーズ構成を担当した「攻殻」アニメ。

終わりに


この小説の帯には「5人の作家の本能(ゴースト)がささやく新たな“攻殻”世界!!」とある。それぞれの作家が自分なりの「攻殻」世界を作り上げてるわけだけど、ではそれが何を元にしてるかというと士郎正宗の原作漫画だったり押井守のアニメだったり、そこからもう別々なので、結構混乱した。私は「攻殻」については原作漫画、押井板劇場版2作、「S.A.C.」の一作目くらいしか履修してないのでなおさら。とはいえそんなことは作家たちも百も承知だろう。その中でやはり原作漫画のみを聖典とするのか、全部別物と割り切るのか、「ガンダム」シリーズにおける「∀」のような全てを包括する何かを見出すのか。秋田の短篇はその辺りをわりと分かりやすく提示していると思った。


あえて順位つけるなら、円城>>>秋田、冲方、朝霧>>>三雲。トップとドベは揺るがないけど中三つはいいところもあるけど、うーん? ってところもあり甲乙つけがたい。


*1:正直理解が及んないのでポエムで誤魔化したやつ。まだ? あるいはこれからも?

*2:この場合の「世界」が原作やアニメ「攻殻」のそれなのかどうかは分からないけど