周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

加賀香子はだよもん星人かわいい 「ゴールデンタイム」の狂騒じみた大学生活

とらドラ!」で有名な竹宮ゆゆこの「ゴールデンタイム」(外伝含め全11巻)は、ラノベでは珍しい大学生ものだ。

 


 晴れて大学に合格し上京してきた多田万里。大学デビュー、東京デビュー、一人暮らしデビュー、と初めてのことづくしで浮足立つ彼は、入学式当日、不意打ちにあう。 圧倒的なお嬢様オーラ! 完璧な人生のシナリオ! 得意なのは一人相撲! 下手人の名は加賀香子。薔薇の花束を万里に叩きつけた彼女は、万里の友達でもある幼馴染みの柳澤を追いかけて、同じ大学に入学してきたという。しかし、柳澤からは避けられ、周囲からも浮きまくる。そんな眩しくも危うい香子を支援することになった万里の青春は黄金色に輝くのか?

 

高校までと大学との違いはなんだろう? まずは、自由度の高さが挙げられる。受講する講義、バイト、サークル、ゼミ、そして人間関係……。何をするにしてもそれまでと比べると選択肢は無限といっていいほど広く、一人では途方に暮れてしまう。親元から離れての独り暮らしなら尚更だ。

 

そして、大学に入るとかえって幼く振る舞うようになる人が多いとも言われている。思春期の身を切るようなセンシティブな空気は巧妙に覆い隠され、一方では就職が目前に迫っているという最後のモラトリアムの中だからだろうか。男も女も、自ら進んでバカになろうとする*1。これが一般的かどうかは分からないけれど、わたしの実感には近いし、同じようなノリでも高校生でやられるよりしっくりくる。

 

自由であること、幼くあろうとすること。この二つが合わさると、ラノベさながらの乱痴気騒ぎが生まれる。泣くにしても笑うにしても、彼らの感情は常に乱高下してて、とても忙しい。そんな狂騒を、竹宮ゆゆこ常に酔っ払っているような、卑近で猥雑で、でも所々妙にブンガクしてる文章が、活き活きと描き出す。まずはその圧倒的な膂力による筆致に振り回されるだけで楽しい。

 


時々羽目を外しすぎて、飲酒やら、泥酔した末のチャリパクやらで、親に迷惑をかけることもある。そう、幼い行動はあくまでそのように振舞っているだけであって、年齢的にはいい加減大人なんだと自認する一方、いざとなれば親が出てくるという意味では、学生という身分は社会的にまだ子供だ。そこのところを素直に親に申し訳ないと思えるのも大学生ならでは、と言えるだろうか。「とらドラ!」でテーマのひとつであった親と子の断絶*2は、本作では見られない。主人公なんかは独り暮らしを始めたことで、ますます親のありがたみを実感するようになっている。主人公たちを食わない程度のお茶目なキャラづけも楽しい。

 

 

主人公の多田万里は、竹宮作品らしいめんどくささを抱えた青年だ。高校までの記憶をなくしていて、大学から新しい人生を送り始めたものの、過去の自分がいつ戻ってきて現在の自分にとって変わるか分からない、という恐怖につきまとわれながら生きている。多分、この記憶喪失っていうのは高校までと大学以降の断絶の謂いであって、別にホラーやファンタジーがやりたかったわけではない気がする。普段はそんな内面とは裏腹にキョロ充的なうるささで時に人を笑わせ、時にうざがられている*3。けれど一度「病気」が顔を出し身も世もなく取り乱し始めると、辛くてこっちが見ちゃいられなくなる。切り離したはずの過去、あのセンチメントな季節に自分が今もいることが再確認させられる。なんとなく往年の泣きゲー「ONE~輝く季節へ」の折原浩平を髣髴とさせるキャラだ。あっちは忘れられる方だったけど。

 

万里が浩平なら、ヒロインの香子はやっぱり長森瑞佳だろう。だよもん星人だし*4。当初は自由奔放な外面とは裏腹に生き辛さを抱えたヒロインとして描かれていたものの、万里の病状が悪化するにつれ、たとえやり方が間違っていたとしてもとにかく献身的な一面、というのが強調されていった。ブランドファッションでキメキメのイケイケ美女、というのは鈴木由美子の漫画「白鳥麗子でございます!」を連想した。出てくる度にファッション用語がつらつら並べ立てる辺りは「なんとなく、クリスタル」っぽい気も……これは単なる女性作家あるあるか。

 

  

万里たちの大切な友人である「二次元くん」は、本編ではわりかし社交性高いオタクだなあと思ってたんだけど、彼が主役の外伝では、こう、なんというか、オタクがリア充を無意味に見下してたらしっぺ返しを喰らう話はわりと好きなんですよねっていうか……。万里たちと交際する時の彼は、オタクが大学デビューするにあたりいっそぺらいオタクとしてキャラを作るとコアな部分を隠してオタク以外の人とも案外付き合える、ということなのかな。しかし脳内彼女*5がレイちゃんなオタクの佐藤くんってNHKにようこそっていうか滝本竜彦か!声は林原とか書くなや! 

 

 

大ヒット作の次は評価も売上も今ひとつ、というのは漫画でもラノベでもそう珍しいことではないけれど。そんな作品でも大ヒット作の方より好き、という人は確実にいて。わたしにとっては、このシリーズがそれに当たるのだった。贅沢言うなら、もっとイチャラブマシマシでお願いしたかった。万里単体では決して好きなキャラじゃないけど、香子とのバカップルぷりは読んでてニヤニヤしてしまうこの現象、なんでしょう。というかもっと直球にわたしもこんな彼女欲しかった。おうちデートして、彼女の作った*6カレー焼きそばが食べたかった。たらこパスタ? あんなもん独り身の食い物ですよ。

 

 

*1:案外、社会人になってもバカやって学生以上に人生楽しんでる人は多い

*2:実はわたしは「とらドラ!」を最後まで読んでいない。その理由のひとつがこれだったりする。親は親、子供は子供、という迷いない切り分けがなんだか辛かった

*3:当時の回想描写を読む限りこれは大学デビューとかではなく生まれつきらしい

*4:実は連想したのはこっちが先

*5:2号。1号はシャナっぽいやつ

*6:作ったとはゆってない