大ベテランに今風美少女が書けないなんて誰が決めた 秋田禎信「巡ル結魂者」
「俺もさ、異世界だって考えてたからかな……騒ぎを起こして実験観察なんて、まともな人間の発想じゃないよ。やるべきじゃなかったよな」
異世界へ召喚された人間には、異邦人であるからこそ、出来ることがある。本作の主人公カズトも、その立場に加え、異常な頭の回転の早さ、人間力の高さをもって、ヒロインたちの抱える問題に、無闇に摩擦を起こすことのない最適解を下していく*1。ある人はこの面白さを、「ルイズが出木杉を召喚してしまったようです」と評した。けれど、異物のままでいるということは、人間関係に一線を引くということだ。その社会の中で生きて行くならば、どうやっても壁が立ちふさがる。
……そんな、異世界召喚ものではある意味古典的な、最近のラノベとしては「俺の青春ラブコメが間違っている。」などでも記憶に新しい人間関係の問題に取り組んだのが、この「巡ル結魂者」(全5巻)だ。
- 今時かつどこか懐かしいヒロインたち
- ハーレム物(ハーレム物とはゆってない)の主人公はどうあるべきか
- 豊富につめ込まれたパロディ
- 知能バトルではなくとんちバトル
- 本文とイラストとのキャッチボール
- 全5巻(刊行期間にして1年半)完結は短すぎる
今時かつどこか懐かしいヒロインたち
なんだかお堅い書き出しになってしまったけれど、この作品はおおむね楽しいエンタメ小説だ。異世界に召喚された主人公が、女子にしか使えない特殊能力「リンカ」の制御を学ぶ学校に、唯一男子として通うというのがそのあらすじ。
著者の秋田禎信は、かつて「魔術士オーフェン」でファンタジーラノベの天辺を「スレイヤーズ」と分かち合った、デビュー20年超のベテランだ。秋田の女キャラというと、往年の読者からは「妙に我が強くて面倒で生々しくて萌えない」と評判だ。このシリーズのヒロインたちにしても一癖も二癖もある連中ばかり。でも読み進めていくと、最初は滑っているとしか思えなかったハイテンションノリも適度に角を丸められ、紛れもなく秋田作品のキャラなのに、やけに可愛く見えてくる。いや、ほんとに
「左右のバストがパーフェクト同じ形」なのが自慢で、「Hey、カズトォー、触ってもいいけどサー、時間と場所を弁えなヨー!」とか言い出しそうな雰囲気の伝説の魔法使い・メイマスモゴリア通称メイゴリを筆頭に、
- メインヒロイン(笑)だけどここぞという時はちゃんとヒロインしている元ヤンのドラゴンリンカ・テイカ
- テイカに懐き主人公を警戒しているロリ担当アズラ
- 謎の粘液で自分もぬめぬめになりながら相手を攻撃する、テイカの幼なじみユーハ
- こういうキャラって脇にいるほうが映えるよねと思わせるツンデレ・キクル
- 血塗られた過去を持ち堅物を通り越して作中一の変人なのに、喪われた青春を求めて顔色ひとつ変えず「女子力」や「合コン」を欲する女教師トアコ、
- 学生運動のために留年し続けてそろそろ制服が辛くなってきたアラサー・紫サカマキとコスプレ軍団*2
など。特に目を引くのは、ツインテールドキャットリンカという能力を持つエコ。ベテラン作家が無理をして今風の美少女文化と寄り添おうとして、どぎついキャラができあがってしまうことがある。でもこの作品における「リンカ」とは、特殊な能力を持つ動物と繋がることでその能力を使える、ある意味モン娘とも呼べるもので*3。心身ともに猫と一体化した彼女のその仕草一つ一つを、根っからの猫好きの作者が描写することで、大島弓子もかくや、と思わせるほど嫌味なく可愛く描かれている。というかツインテールドキャットリンカっていう名前からしてかわいい。
著者の代表作「オーフェン」を知っている者からは「女コルゴン」と評判のトアコ先生
ハーレム物(ハーレム物とはゆってない)の主人公はどうあるべきか
女ばかりの空間に放り込まれたカズトは常に冷静沈着。ヒロインの下着一式を目の前にしても動じないその姿は、「心の闇とかなぁい? 人と虫ケラの区別ついてる?」と言われてちゃうほどだ。彼女たちのアピールにも全く気づいていない、ように見えて、実は気づかないふりをしているだけ。それは、自分がいつ元の世界に戻るか知れないことを自覚しているからだ。……というこの気遣いは、対人関係においてとても失礼なことだ、といともあっさり一蹴される。趣味:人間観察系ラノベの主人公って見ててハラハラすること多いけど、カズトはまあ失敗もするもののすぐに修正してくるので、そういう意味で安心感はある。 「ラブいのよこせ……ラブいのよこせぇぇ……!」と鈍感キャラに念を送るカプ厨が蹴りたいと願うその背中を、作者が蹴ってくれる。
なおこの世界で主人公が登場するに当たっての、女性しか使えないはずの能力を何故か扱える唯一の男性がその希少性から祭り上げられヒロイズムを発揮した結果悲劇を生んだという前史が、既にこうヒヒョー的ではあった。
豊富につめ込まれたパロディ
「最近のラノベ」らしく、パロディというか仕込まれたネタも多い。
「自分をスケッチする際に世界を背景に収められるかということなんですよ」
「……」
これはこれでなにも言いようがなかった。額を押さえて航斗はつぶやいた。
「ろくろを回している……」
「ろくろ?」
「なんか格好いいことを言うためのポーズ」
「――鉄腕強打、颯爽と!」 鉄血ここに敵を衝く! 獣王の覇気勝利に燃えて、輝く御名よ――」
(略)
そのメイマスモゴリアの三方を取り囲むように。金色に輝く三体の巨人が、燃え上がる混紡を手に出現した。三体同時に咆哮をあげる。金毛の虎の頭部から。
それぞれが棍棒を振り上げる。
高らかにメイが叫んだ。
「イゲガアラバトァラストトフ四十四世! クスモオキカドゥアコモフ十六世! エンデカカカケコフ三十一世! 縦縞猛打精霊伝説の三連発!」
「ティンカトン斬殺議会!第一区のグゥエンスワリー!第二区のバーサンガンドラント!第三区のチャンドラ!」
最後のは元ネタはない。ありそうだけどまだ見つけてない
日常シーンでもバトルシーンでも関係なく、こういったノリが挿入される。ファンタジー世界にそぐわないネタを無造作にぶちこむというのは「オーフェン」でもやっていたけど、本作ではもうちょっと意図的にやっている気がした。つまり、なじみのないはずの異世界を、わたしたちのすぐそばまで引きずり下ろすパロディや世界語り、というか……どっちかというと「スレイヤーズ」に近いのだろうか。その手のことにやたら拘る人への挑発、っていうのもちょっと含まれてそう(エスパー)。
「ラジオなんてあるんですか、ここ。異世界のくせに」
トアコはまったく表情を変えることなく、間だけできょとんとしてみせた。
淡々とつぶやく。
「ラジオはそこにある。よく分からないが普通はないものなのか。ならばカズトの故郷にはないのか?なのに何故ラジオと分かる」
「ありますけど」
「お前の国にはあり、ここにもある。ない場所はどこなのだ」
「さあ」
「ではどうして、ないほうが普通という言い方をした」
「忘れて下さい」
「忘れよう」
知能バトルではなくとんちバトル
戦闘においては、前述したような現代的なんだかファンタジーなんだか分からないノリで、毎回あの世界に生きる者たちに関する怪しげな与太話が挿入される。新しい敵が登場するたびにひとつ世界が広がると言ってもいいほどだ。
「時空剣ブルースペードの契約印は、そんなにボッタクリでもオレオレ系でもないし、心配しなくてもいいんじゃない? 時空間の向こう側にいる第一構成族の殿様商売ブランドだから、契約者当人でないとなかなか話せないだろうけど」
そして、膨大な知識量で相手の能力を見極める、言わばライブラ持ちのメイゴリさんと、そこから的確に弱点を突いていくカズトが、瞬きする間もなく敵を倒していく。毎回が謎かけのようで、知能戦とか手に汗握る駆け引きとかいうには提出される解答はどこかとんちめいていて、肩透かしを食わされたようにも感じる。
……この世界で一般に普及している「リンク能力」に比べ何でもできるように見えるメイの魔法も、言葉によって律するものである以上、突き詰めれば言葉遊びによって容易に足元をすくわれる。その様はファンタジーの最前線というよりむしろ、システマチックな魔法が浸透する以前の寓話的なメルヘンに回帰したようだ。同作者の「シャンク」「パノ」でもその傾向はあったが、本作ではなんとか(商業作家としては当然だろうが)現代的なエンタメ性との両立を図っているように感じた。
一行飛ばすと世界のルールがひっくり返っているかのような、この戦闘時の文章はえらく情報が圧縮されていて、ある意味贅沢ではあるけれど、読みにくい。けれど一度ハマると癖になる、かもしれない。
本文とイラストとのキャッチボール
本文に書かれていない部分をイラストが描写して、さらにその描写を本文が逆輸入する、というのはラノベのシリーズ物の醍醐味だ。この作品でも本文で特に外見描写がなかったヒロインがイラストではメガネを着けてて、後の巻ではそれが本文にも反映されていたりする。けど、3巻で
「怪我ならゴロゴロで早く治るよ」
「ゴロゴロ?」
疑問を挟む航斗には答えず、エコはその手を自分の首に当てた。
触れてみて分かったが、確かに猫が鳴らすような、ごろごろいう音が伝わってくる。
数秒して。
「あれ。楽になった……のかな」
痛みがなくなったわけではないのだが、軽くなった気はする。
「もっと治るよ」
エコがさらに近寄ってきたので、さすがになんとなく後ずさる。
となっているところが、イラストでは
と解釈されていたのはさすがにびっくりした。一応この場面の説明をすると、イラストのエコは前述した通り猫のリンカで、喉を撫でると怪我が治るっていう*4特殊能力を持ってるので、怪我をした男=主人公は、猫とリンクしたわたしに触ってみ?と迫ってるという……確かに本文からしてラッキースケベなシーンではあるんだけど……。ひょっとして視点人物のカズトはお色気に動じないのがウリ?の主人公なので本文では描写していないだけで、実際はこういう風になってるんだろうか。でもその割に嫉妬担当ヒロインことテイカさんの反応が大人しいのよね。あるいは、カズトが後ずさってなかったらこうなってたっていう。
この手の指定って大抵編集者が行っているし、担当編集の庄司氏が過去に携わっていた「魔弾の王」もイラストの暴走は大概だった気がするので、実は狙ってやってるような気もする。ヒロインを可愛く描いた秋田もサービスシーンに関しては素っ気なかったので、ならばイラストが、というのもひとつの手ではあるし。イラストといえば、こういうこういう見切れ芸も楽しかったです↓
全5巻(刊行期間にして1年半)完結は短すぎる
本作は「オーフェン」新シリーズを除くと2006年に完結した「シャンク」以来のシリーズ物となる。著者が言うところの「ライブ感」を重視するあまり唐突で読みにくいところは確かにあった。けれど巻を重ねるごとに育っていくキャラへの愛着、厚塗りされる世界設定、イラストと本文のキャッチボールといったシリーズ物の醍醐味を堪能していただけに、もっとこの世界に浸っていたかった。
あとがきでは、キャラクターのその後が語られているのも、続きの読みたさを加速させる。トアコ先生が大学の新歓コンパに出たり、テイカさんが地元のヤンキーやカズトの妹*5にドラゴンの姉御!って慕われたりする“!?”後日談が読みたかった。というかそういえばあとがき読んで、秋田はまだまだあとがき作家として大丈夫だと思った。
近年の秋田は、執筆に拘束される時間と物語の終着点を重視し長いシリーズ物を避けているという。作者の創作における態度は受け入れるのがファンというものかもしれないいけれど……しょうがない、読みたいものは読みたいんだから。え? 打ち切り? なんですかそれ。
※この感想は2014年、2015年に書いたのを加筆修正したものです