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周回遅れの諸々

90年代にオタクとしての青春を過ごした人のブログです

「ブギーポップ」シリーズの今後 織機綺リターンズ VSスプーキー・E Part4

 「ブギーポップ」シリーズで有名な上遠野浩平の小説は、「ジョジョ」などのノベライズを除いて、全作品の世界が――その関わり方は大小様々であるが――繋がっているのが特徴だ。大半の作品はストーリーとしては単巻で完結しているけれど、作中における役割を一度終えたはずの登場人物が、別の作品で再び関わってくるということが頻繁に起こる。昔読んでいたけど今はもう追っかけてない、再開したいけど作品が多すぎて……という人は、口絵か序章/終章、あるいは幕間をぺらぺらめくってみるのもひとつの手ではある。大体、なつかしのキャラはその辺りに潜んでいることが多い。気がする。

 

d.hatena.ne.jp

 

先月発売された『彼方に竜がいるならば』は講談社で展開している「事件」シリーズの外伝的短編集だが、デビュー作「ブギーポップは笑わない」以来の登場*1となる木村明雄がなんだか大変なことになっていて驚いた。奥付に目を通したらその短編の初出が2003年で、二度驚いた。

 

 

木村くんはその短編の後はもう長いこと放置されているようだが、一方でブギーポップ霧間凪といった、設定の核心に迫る重要人物でもないのにわりと頻繁に主役を張っている人物がいる。カミールこと織機綺だ。

 

VSイマジネーター~夜明け~エンブリオ

 ブギーポップシリーズの2作目である『VSイマジネーター』(1998)で初登場した織機綺は、統和機構が作り出した合成人間である。ただし何ら特殊な能力を持たず身体的にも普通人と変わらない「出来損ない」の彼女は、スプーキーEという怪人に、「生殖実験」と称して不特定多数の男と交わるといった任務を強いられていた。性的に不能であるスプーキーEの嫉妬もあったのだろう。

 

出自から自分は無価値だと断じ、滅多に感情を露わにせず、やたらと強調された腰のくびれは貞本義行をキャラを髣髴とさせる。90年代のネクラな面を凝縮したような萌えキャラで、投げやりな毎日を送っていたが、彼氏となる谷口正樹や末真和子と出会うことによって救われる。またなんやかんやあってスプーキーEが死んだため、統和機構からも解放された……ように見えた。

 

 

夜明けのブギーポップ』(1999)では正樹が全寮制の学校に通いだして家を留守にしているため、彼の姉である霧間凪の嫁として甲斐甲斐しく家事などこなしている。料理学校に通っているため、腕は上々のようだ。その様子は誰から見ても幸せそのものだった。『エンブリオ浸蝕/炎上』(1999-2000)では統和機構とMPLSの闘いに巻き込まれた正樹が大怪我を負って眠れぬ夜が続いたものの、彼女自身はあくまで事態の外にいた。

 

 

  

ロスメビ~沈黙ピラミッド~ヴァルプルギス

作中では『VSイマジネーター』から半年が経過し、久々の主役として登板した『ロスト・メビウス』(2005)ではしかし、彼女が穏やかな日常を送れているのは、抵抗勢力を釣り上げるための餌として統和機構があえて放置していたからだ、ということが明かされる。またスプーキーEの死に関して、料理学校の同級生であり機構の合成人間でもある蒼衣秋良に目をつけられ、彼とともに事件に巻き込まれてしまう。

 

今ここにいない正樹の代わりに織機を身を挺して守り、一見決して迷わないように見えるという意味では彼女とは対極の蒼衣。謎の閉鎖空間の中で吊り橋効果によるロマンスが!? と期待したのだけれど、織機は、自分の生死などどうでもいいが自分が帰らなければ正樹を独りにしてしまう、だから生きて帰るという強迫観念――これを依存というのかは分からないが、かなり危うい描かれ方はされている*2――によって支えられており、結局そういった方面での発展はほとんどなかった。蒼衣のほうはちょっとそういう素振りがなくもなかったけれど……織機のほうは彼の、「心のどこかが決定的に凍りついてしまっている」点が以前に自分に似ていると気づき、全くの親切心から彼氏に引き合わせることでそれが改善されるのではないか、と思った程度だった。

 

 

沈黙ピラミッド』(2008)では、生前のスプーキーEが、彼女の未知の能力を開花させるかもしれない「合成促進剤」を所持していたが、「拒絶反応で死んだらそれ以上利用できないし、本当に能力に目覚めたりしたら腹が立つ」という理由で使用には至らなかったことが判明*3。彼女の今後がまだまだ平穏なものにならないだろうことが示唆される。

 

 

それが呼び水になったかのように、ブギーポップの外伝的なストーリーである『ヴァルプルギスの後悔(2008-2011)では、世界の命運を左右するような能力を棚ボタ式に手に入れる。常に正樹や凪に守られ、無力で空っぽな自分を腑甲斐なく思っていた織機にとって、これは願ったり叶ったりのギフトのはずだった。だが、分不相応な力に振り回され、最愛の凪の力になりたかったはずが逆の結果になってしまい、結局は無力な自分を受け入れる。凪の役に立つというのは凪の守ってきた日常を守ることであって、共に戦うことじゃない。そのことに気づく。またその過程で自分も正樹も凪も見ないふりをしていたカミールとしての過去、あの陋劣で歪んだスプーキーEに似ているカミールを否応なく自覚させられたが、これは事件が解決し、不思議な力で関係者からその記憶が消えた後もしこりを残すことになる。

 

 

 

オルタナティブ・エゴの乱逆

そして、『VSイマジネーター』から作中で1年足らずの最新刊『オルタナティブ・エゴの乱逆』では、自分は何の能力もないから無価値であるという織機の自己認識自体に転倒が起こる。普通人が合成人間になる(される)時、能力を獲得できなければ人体の免疫機能によって死んでしまう。だがカミールは紛れもなく合成人間であり、そして現に生きている、彼女の存在は医療技術に激変をもたらすかもしれない、だから特別だ――という。その上で、統和機構の二つの派閥である「サークル」が織機を勧誘してくる。彼女にとって衝撃だったのは、正樹が両手を上げて賛成とまではいかずとも、積極的に反対もしなかったことだ。曰く、統和機構も悪いやつばかりじゃない、それに織機を――カミールを生んだシステムであることは間違いないのだから、いつまでもそこから目を逸らしていることはできないのかもしれない……と。

 

 

……結論を言ってしまうと、織機綺は二つのサークルを意図せずクラッシュした上で、統和機構に復帰する。『ヴァルプ』の時も似たようなことが起こったが*4、違うのは凪のためではなく自分のため――カミールという過去、スプーキーEにそっくりの自分と向き合うためであることだ。

 

機構からはお目付け役として、『沈ピラ』でニアミスしていた、「中途半端な能力しか持たないミソッカス」のスーパービルド、メロー・イエローが派遣されてくる。二人は料理を作ってあげるあげないの話などしていて、なんだか楽しげですらある。だがこういう選択をした以上それで終わるはずもなく、今後も織機と、そして正樹は厳しいディシプリンにぶち当たっていくのだろう。はたして機構に復帰した織機を待っているものは何か。中枢候補であり、昔彼女の自殺を押し留めたことのある恩人、末真和子とはどう関わっていくのか。そもそも彼女らが今後描かれることはあるのだろうか。著者は以前どこかで「書きたいキャラがあってストーリーが生まれるんじゃなくて、書きたいストーリーが先にあってそこに適当なキャラを配置していく(だから色んなシリーズに顔出すキャラがいるのはその結果にすぎない)」みたいなことを語ってた気がするが、織機の繰り返される受難もそういうことなのだろうか。

 

 上遠野作品では、ひとつの物語を乗り越えた登場人物が再登場して、二度、三度と新たな試練を課されることが珍しくない。現実ってそんなものだとはよく言われるし、フィクションでもシリーズ物なら分かるけれど、「ブギーポップ」は体裁上は単巻完結なので、進んでるのか退ってるのか分からない感じが際立つ。織機はその典型だ。いつまでもスプーキーEの影がつきまとうので((スプーキーEに対してはある程度ケリが付いたようにも思うので、、尚更その印象は強まっていく。正直、ストーリーの都合は置いといて、いい加減平穏無事に一生を過ごしてほしいという気持ちはある。だが一方で織機の受難を見て口角が自然と上がってしまうひどい自分もいて、悩ましいところだ。えーと、以上。

 

*1:厳密には『ペパーミントの魔術師』の幕間に登場している「アキオ」が彼ではないかと推測されている

*2:ブギーポップは「結構、いい感じになっている」と肯定的に評したが

*3:ただし生前のスプーキーEと、幼女型合成人間メロー・イエローとの会話の中でのことだったため、織機はそれを知らない

*4:というかこの巻、全体的にヴァルプの再話みたいなところがあるような……

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