周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

児童文学風ラノベのひとつの完成形 野村美月「ドレスな僕がやんごとなき方々の家庭教師様な件」

同著者の「吸血鬼」シリーズは打ち切りとなってしまったようだが、こちらは全8巻で円満に完結した。最終巻は丸々一冊後日談。あとがきにあった「このシリーズはむしろ番外編こそが本編」という頼もしいお言葉通り、主要登場人物は勿論、なつかしのあのキャラも登場する満足の行く内容になっている。

 

文学少女」シリーズで有名になる以前、著者はコメディータッチの作品を発表しては打ち切られる、というのを何度か繰り返している。わたしは「文学少女」から遡る形でこれらの作品を読んだのだけれど、ライトノベルというよりは青い鳥文庫辺りから出ていそうなライトな児童文学っぽい雰囲気、ぐいぐい上がり続けるテンション*1、振り落とされないようについていくのがなかなか大変だった。

  

  

 

このシリーズはいわゆる「悪い人」が出てこない、優しい世界を舞台にしたドタバタコメディーだ。「文学少女」「ヒカル」「吸血鬼」のラインと比べると、前述したブレイク以前の作風に近い。だが著者が大ヒットを経験したためか、要所要所で抑制の利いた、ライトノベルとしてもぐっとツボを心得た内容になっていた。定番のフォントいじりなんかも使い所が分かっていて、無理がない。近作下読み男子と投稿女子」において最近のラノベ事情を取り扱った野村美月の面目躍如、とは言えるだろうか。

 

 

何でもできる双子の姉にコンプレックスを持つ、ワケあり女装男子(浪人中)の主人公シャールを筆頭に、彼女(彼)に惚れてしまうナルシストの騎士や、騎士と主人公を取り合う生真面目すぎる王子、腐女子メイドなど類型的ながらベテランの手腕によりイキイキと描かれたキャラクターが数多く登場している。主人公が家庭教師として伺うことになるやんごとなきご家族はモンゴメリの「赤毛のアン」に影響を受けているようだが、わたしは映画「サウンドオブミュージック」を連想した。中でも終始作品を引っ張ってきたのはやはりメインヒロインの聖羅さんだろう。


 令嬢と庶民の歳の差カップルという点では、「羊くんならキスしてあげる!」のリベンジだろうか。9歳にして天才の名を欲しいままにするクールなお姫様だが、家庭教師であるシャールのことを好きになって、どんどんキャラクターが崩壊していく。シャールはあくまで聖羅さんのことを生徒として見ようとしていて*2、積極的な聖羅さんが歳相応にぐぬぬ……となる様子には毎度ニヤニヤさせられていた。人気作品には読者の間でいじられるキャラが必須、というのはわたしの持論だが、聖羅さんはそういう意味でも読者から愛されていた。「ヒカル」シリーズの朝ちゃんといい、この作者は読者と共犯関係的にキャラを立てていくのが本当にうまい。お約束のサービスシーンも随所に挿入されているが、作品全体の雰囲気がギリギリ微笑ましいものに収めてくれている。

 

 (多分次世代の公野櫻子的なところを狙ったんじゃないかと思われる「E☆2」の誌上企画)

 

作品世界の世界史年号当てクイズとか劇中でやっちゃう辺りから漂ってくる、学生時代から構想して延々と書き溜めていたから裏設定が溢れちゃう……!というような匂いも、思い入れが伝わってきておおむね好感が持てた。また、本編で心残りになっていた絡みを幕間の番外編で補完してくれるのも、嬉しかった。ただ、大事な場面で復習のようにあの時はああしたこの時はああだったという描写を入れてくる回数はやや多すぎだろうか。親切ではあるんだろうけど、もう少し読者を信頼してくれてもいいんですよ?

 

恐らく著者はこれから、ライトノベルの枠を越えて活躍していくことになる。その中で、今まで以上の傑作を発表することもあるかもしれない。ラノベとしての代表作が「文学少女」というのは多分そうそう変わらないだろう。それでもこのシリーズは、一部読者の一番のお気に入りとしてひっそりと心の片隅に居続けることになるはずだ。

 

 ※この感想は2015年10月に書いたのを加筆修正したものです。

 

 

*1:この辺りは「文学少女」の遠子先輩が担っている部分も共通しているといえばしているのだが

*2:でも時折できてなくて単なる甘々バカップルに