周回遅れの諸々

90年代育ちのオタクです

夢枕獏『空手道ビジネスマンクラス練馬支部』 趣味としての格闘技入門

夢枕獏といえば、エンタメ系の押しも押されぬ人気作家である。代表作は、男たちがひたすら殴り合う格闘小説「餓狼伝」、エロスとバイオレンスの伝奇小説「サイコダイバー」、安倍晴明を主人公とする「陰陽師」、エヴェレスト登山を描いた「神々の山嶺」など多岐にわたる。


夢枕は、一心不乱に何事かに打ち込んでいる男の心情を、多くの人が共感できるよう分かりやすく、しかもねちっこく描くことを得意としている。題材は作品によって格闘技だったり、登山だったり、釣りだったり。共通してるのは、作者自身がそれらに強い愛着を持っているということだ。



空海の秘宝を巡って化物どもと殴り合ったとか、そういう体験を実際にしてるわけでは、当然ないだろう。柔道や空手の段を持ってもいない。でも、例えば「男なら誰もが地上最強を夢見るが、年を取って現実が見えると多くの人が諦め、別の道を見つけて生きていく」などといった登場人物の心情は、彼の本心であるように思う。エッセイなどを読んでると、そう感じる。私小説っぽい、と言い換えてもいいか? 何かと比較されることが多い菊地秀行はもうちょっとこう、フィクションはフィクション、自分は自分と割り切ってるフシがある。


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単に作者が自作に寄り添う形で自分を演出するのがうまいってだけかもしれない。いずれにせよ、年をとっても、誰もが捨てきれない青臭さ。山に引き寄せられる体。何もかも打ち捨てて何処かに行きたいという、破滅願望にも似た何か。作者自身が持つそういった感情が、人を惹きつける。


『空手道ビジネスマンクラス練馬支部』は、空手に人生を賭けないサラリーマンが主人公の格闘小説である。作中のフルコンタクト(打撃を寸止めしない)空手流派「志誠館」は、実在する「大道塾」を取材したもので、「餓狼伝」にも登場する。

妻子持ちの中年男性・木原は、ある日、チンピラ風の男が、空手を使う男に倒されるのを目撃、後日、その一人に、因縁をつけられてしまう。その時の悔しさから、空手道場の年配向けコースである「ビジネスマンクラス」に入門した木原だが…。夢とは?真の強さとは?「強くなりたい」と願う、すべての人に贈る痛快格闘技小説。


本書は、故氷室冴子に構想段階でコンセプトを打ち明けたところ、絶対に書くべきだと言われたのに後押しされる形で生まれたものらしい。その縁もあってか、講談社文庫版は氏が解説を執筆している。


チンピラに因縁をつけられ、ボコられ、女の前で土下座させられたことをきっかけに、空手道場に入門する……。少年漫画ではありがちな導入だ。ただし、主人公がごく平凡なサラリーマンというと、話は違ってくる。

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「泣き虫弱虫諸葛孔明」完結! 虚実を自在に行き来する作家、酒見賢一

この小説ともエッセイともつかない本に興味が湧いたのは、おすすめのライトノベルを語る企画で、複数人がタイトルを挙げてたから。孔明を始めとする奇想天外な登場人物、アニメやプロレスなどのパロディを無造作にぶっこんでくる作風。別冊文藝春秋連載で、出自から言えばラノベとはなかなか縁遠い作品だけど、ラノベ読みとも親和性が高いので是非読んでほしい、と唱える人たちがいたのだった。


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三国志」には、いくつかのレイヤーが存在する。史実としての「三国志」。劉備らが築き上げた蜀漢の官僚・陳寿が綴った歴史書としての「三国志」。これに裴松之が注釈を加えた「三国志」。後の時代、羅貫中が執筆したエンタメ小説としての「三国志演義」。この「演技」に連なる吉川英治横山光輝などの「三国志」……。「三国志」を題材にする作者の多くは、その人なりの歴史観なり作品の狙いなりから、陳寿寄りか羅漢中寄りかといった基本姿勢を決めた上で、自分だけの作品世界を作り上げていこうとする*1


酒見三国志諸葛孔明を稀代の変人として描くというのがウリではあるものの、確固たる「三国志」観のようなものは感じられない。「赤壁」や「三顧の礼」などの見せ場に当たると作者自らが頻繁に出てきて無数の「三国志」のこちらではこうなってるがあちらではこうなってると取り上げ、本土中国の関羽の異常な人気、日本のBL同人などその受容史まで語り、ツッコミを入れ、茶化し、史実と虚構を何度も行き来し、最終的には「まあじゃあこの場では裴松之の説に従ってみましょうか。面白そうだから」てな感じで話を進めてしまう。


関羽に付き従う【周倉】は正史にはいない、存在自体が創作だと云われている登場人物だけど、本書ではどうしたかというと、「関羽にしか見えない特殊武将」に設定してしまった。


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*1:と思う

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私の名は安井健太郎「ラグナロク」。小説家になろうで復活したスニーカー文庫の看板、それが私だ

お盆は死んだ人が帰ってくる。とは言うものの、まさかこの作品が帰ってくるとは思わなかったよね。



1998年。ラノベ業界のファンタジーブームは既に収束しつつあった。富士見は「フルメタル・パニック!」、電撃は「ブギーポップ」、コバルトは「マリア様がみてる」。各社、非FT作品が次々とブレイクし、「主流」が変わっていくのが実感できた。そんな中、第3回スニーカー大賞受賞という肩書を引っさげて登場したのが「ラグナロク」だった。

たぐいまれなる能力をもちながら、傭兵ギルドをぬけた変わり者、リロイ・シュヴァルツァー。そして彼の信頼すべき相棒である、喋る剣、ラグナロク。二人の行くところ、奇怪な武器をあやつる暗殺者から、けた違いの力をふるうモンスターまで、ありとあらゆる敵が襲いかかる。かつてないパワー、スピード、テクニックで、格闘ファンタジーに新たな地平を切りひらくミラクル・ノベル誕生。第3回スニーカー大賞受賞作。

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【我は放つ】「魔術士オーフェン」の呪文の元ネタ、RPG「ダイナソア」を知ろう【光の白刃】

「我は放つ光の白刃」など、「オーフェン」に登場する呪文は、日本ファルコムRPG「ダイナソア」のパクリ――。「オーフェン」ファンなら、一度は耳にしたことがある疑惑だ。

オーフェン」シリーズの呪文のカッコよさ


秋田禎信の「魔術士オーフェン」シリーズ(1994-)は、90年代後半に一世を風靡したファンタジーラノベ。累計で1000万部を売り上げ、神坂一の「スレイヤーズ」と共にファンタジア文庫の看板を担った。2003年に一度完結したけど、近年になっても別の出版社で新装版と新シリーズ*1が刊行されたり、原作準拠のコミカライズが始まったり。いまだになにかと動きが絶えないことからも、人気のほどが伺える。



本作で人間の魔術士が使う「音声魔術」は、術者の声が届く範囲にのみ効果を発揮する。呪文はあくまで媒介であり、逆にゆえばその内容はなんでもいい。けどあんまり支離滅裂なことを叫んで集中を失ってもまずいので、主人公のオーフェンは、我は~から始まる「魔術の効果を端的に表現」した呪文を唱えることを好んだ……というのが、作中の設定。中でも、「我は放つ光の白刃」――他の魔術士は同じ魔術でも「光よ」ときわめてシンプルな呪文を使ったりする――をオーフェンは多用していた。


なお、作中ではオーフェン氏のオリジナルとされてたこの呪文、シリーズが進んでいくと同じ「我は~」系の呪文を使う兄弟子コルゴンが登場し、主人公氏は彼のそれを真似たのではないか、ともファンの間では推測されている。


で、この我は~から始まる呪文群の元ネタとゆわれてるのが、1990年にPCゲームとして発売された「ダイナソア」というわけだ。


ダイナソア 〜リザレクション〜

*1:全10巻で完結済み

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俺が「げんしけん」世代のオタクだ

  • 例えば、大学に入って、アニ研とか漫研とか、明らかにオタクなサークルに入る覚悟がなくて。名前からはそうと分かりづらい、オタ活もそんなに本格的じゃないじゃないサークルをついつい選んでしまったり。
  • 例えば、男所帯のオタサークルに新歓でせっかく女の子が来てくれたのに、女慣れしてないので、内輪の自虐芸に走るなどしてうまく対応できなかったり。
  • 例えば、それまで楽しくうるさくオタク会話してたのに、向こうからやってくるDQNに気づいて、意気消沈して静まり返ったり。


ぬるオタサークル「現代視聴覚文化研究会」通称「げんしけん」のボンクラな青春を綴ったこの漫画の、そういうところが好きだった。オタクの感情の細かい機微をうまくすくいあげてる、と感じた。作者の、人間をこういう風に見てるんだなっていう視座とか、それをキャラクターとして落とし込む時の手つきとか、話し言葉とかが性に合うんですよね。とゆって「リアル」路線一辺倒じゃなくて、ファンタジーな部分とのさじ加減がちょうどよい。


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サークル会室の雑然とした書き込みに加え、学生時代、ちょうど舞台のモデルとなった辺りに住んでいたこともあって、彼らの一挙手一投足が、まるで我が事のように感じた。


PCは専らエロゲのための道具で、インターネットがほとんど話に絡んでこないのは、時代的に違和感があったけれど。逆に初期の主要キャラほとんどに格ゲーの持ちキャラが設定されてるのとかは、この頃って既にブーム去ってたように思うけど、みんなそんなに格ゲーやってるの? と思ってしまったり。


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作者の前作である「四年生」――将来を嘱望される弁護士志望の彼女と、対照的に全く就職活動してない駄目彼氏を描いた――を読んで、「あ、これ好きなやつだ」って思いはますます強くなった。続編である、なんとか内定を取れたのに単位計算間違えてて留年してしまった彼氏と、その彼女の話「五年生」は……ドロドロ過ぎてちょっと……。


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